第8話「崩壊の偏差値ゼロ、学歴破壊者の咆哮」

「風間 輝、7連勝」


観客がどよめく中、次の対戦者がステージに現れた。


その男は、黒いローブをまとい、顔を深くフードで隠していた。

まるで儀式の執行者のように、音もなく舞台の中央へと歩み出る。


胸元の名札には、こう記されていた。


学歴破壊者


風間は一歩下がってつぶやく。


「名前が思想のやつ、ついに来たか……」


「おめでとう、風間 輝。だが次は、少し私情を挟ませてもらうよ」


男の声は静かだったが、その奥にあるのは澱のように深い執念。


「私は、学歴という幻に人生を壊された者だ。

進学先で失敗し、夢は潰え、就職も、恋も、家族の期待もすべて潰えた。

書類の一行。面接の一瞬。それだけで、私は否定された」


「……やべぇ、過去盛りすぎじゃね?」


男は手を掲げる。


「今から、この空間に“新たなルール”を施行する」



【スキル発動:《無差別否定領域(アンチエデュケーション・ゾーン)》】


闇の波動が会場を包み、天井に黒い文字が浮かび上がる。



《このフィールドでは、学歴を“意識”した者は即座に敗北とする》



観客:「えっ、意識ってどうやって判定すんの……?」

「なんか一気に抽象的になったぞ……」


風間:「そっちのが難易度高いだろ!?」


「そう。学歴とは、発言でも記述でもない。

心の奥にこびりついた“優劣”という呪いだ。

お前がそれに触れた瞬間、破滅が始まる」


「なんでそんな中二っぽく言うの!?」



静まり返った空間の中、風間は小さく笑う。


「でもさ、そのルール……むしろ俺向きなんじゃない?」


「……何?」


「俺、自分の偏差値がいくつかも正確に覚えてないから。

ていうか、“偏差値”って、定期的に振り返るやついる?あれ?」


男はわずかに口を歪める。


「くだらん……お前は、学歴の“恐ろしさ”を知らないだけだ」


「そうかもな。じゃあ、ここから俺が語るのは、

“何も意識してない”からこそ言える、俺のしょうもない話だ」



風間が語り始める。


「最近さ、部屋に落ちてたホコリの塊に名前つけたんだ。

“ケンジ”って。で、朝起きたらケンジが2匹に増えてて、

“あ、ケンジって集合体だったんだ”って発見して、

なぜか感動して泣いた」


「…………」


「あと、コンビニのレジで“温めますか?”って聞かれた商品が

冷凍みかんだったことがあってさ……対応してくれた店員さんが、

“これは……レンチンでいいんですかね?”って5分くらい悩んでて、

俺、ずっと耐えてたけど最終的に笑い泣きした」


「…………やめろ」


「やめないよ? 話したいから話してんだよ?」


「お前のその、“何も考えてなさそうな感じ”が、

……壊れるんだよ、俺の中のバランスが!!」


「へぇ。じゃあ俺、もしかして学歴じゃなくて、

“バランス破壊者”だったのかもな」


「貴様ああああああッ!!」


男の周囲に黒いオーラが噴き出す。



【内部判定:対象の思考に“優劣”の意識確認】

【“自分が勝たねば”という焦燥】

【“相手より上か下か”を測る思考フロー、検出】


【スキル暴走開始――崩壊処理実行】



男の身体に亀裂が走る。


「……なぜ……なぜだ……俺はただ、“学歴”という地獄に抗おうと……」


風間は、静かに言った。


「お前、抗ってるんじゃなくて、

“ずっと、学歴に囚われ続けてる”だけじゃね?」


「……くっ……ああああああ!!」


男の身体が、闇の波動に飲まれて爆散するように消えていった。



【勝者:風間 輝】

【敗北理由:学歴への意識が精神崩壊を引き起こしたため】



観客:「……今の、勝ったの風間……だよな?」

「でもなんか……喋ってただけだったぞ……?」

「いや、“ケンジ”のくだりはちょっと感動した」


風間は肩を回しながら言った。


「学歴のこと考えないって、俺にとっては息するのと同じだからな」


司会:「……風間 輝、8連勝」



そのとき。

次の挑戦者が現れる。


颯爽と現れたその青年を見た風間の表情が凍る。


「……黒瀬……」


「よぉ、輝。中三以来か。忘れたとは言わせないぜ」


名札には――


黒瀬 鷹也/東都大学 首席/偏差値74


その名を、風間は確かに覚えていた。

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