第7話「合理主義者、計算された敗北」
「ずいぶんと愉快な戦いだな。だが、“本物の合理性”はそんな話に動じない」
現れたのは、無表情で白衣を着た理系男子。
無駄のない身振り、計算された口調――感情が存在しないような雰囲気だった。
名札にはこうある。
神原 真(かんばら・まこと)
偏差値:68
大学:東京国立工科大学(トウコク)
所属:理学部 数理情報専攻
「自己紹介は以上。無駄の削減のため、挨拶も割愛する」
「いやせめて“よろしく”ぐらい言えよ……」
「論理的に必要ない。では、開始する」
【スキル発動:《論理展開(ロジック・コンプレッション)》】
空間が一変。真っ白な空間に数式とグラフが浮かび上がる。
まるで論文の中に放り込まれたような空間だ。
「このフィールドでは、すべての発言が数値化され、“合理性”のスコアとして処理される。君の無駄な言動はすべて減点対象だ」
「まさかの減点方式!? なんだこの就活に地獄味を加えた空間は……!」
神原は冷静に説明を続ける。
「“正しさ”とは“再現可能性”と“整合性”で定義される。君の言葉にそのいずれもなければ、存在価値はゼロと見なされる」
(なんだこのバトル……冗談通じる気がしねぇ……)
神原は手を挙げると、静かに問う。
「では、質問する。“君はなぜこのバトルに参加している?”」
「え? なんとなく……」
【減点:-30】【評価:目的不明】【ステータス低下】
「“なんとなく”は存在しない。定量的根拠のない選択は、非合理。次に――」
「お、おい、待て待て! なら逆に聞くけどさ、あんたは何のために出てんだよ?」
神原の目が細くなる。
「観察だ。“非合理の構造”を観測し、レポートにまとめる」
「……偏差値バトルを? 論文に?」
「当然だ。“学歴コンプレックスによる非合理行動”は興味深いサンプルだ」
「へぇ~……でも、あんたが言う“偏差値”って、そもそも何の基準なんだよ?」
「……過去の試験データを基に、集団内の分布を正規化した数値。平均値を50として、個人の位置を表す相対指標だ」
「……相対? つまり“周りとの比較”?」
「そうだ。教育評価における代表的な――」
「じゃあ、あんたの68ってさ、“お前の力”っていうより、“たまたま周りが弱かった”って可能性あるんじゃね?」
「…………なに?」
俺の思いつきに、神原の数式が一瞬揺れた。
「だってそうだろ? 偏差値って“平均より上か下か”の数字なんだよな?
てことは、あんたの68も、“たまたまその年、周囲の平均が低かっただけ”って可能性、あるじゃん?」
「それは……理屈としては、あり得るが……」
神原が言い淀む。その瞬間、空間に小さなノイズが走った。
(おお、俺ちょっと今、優勢!?)
「いや~、偏差値って奥深いんだな~。てっきり“個人の絶対能力”かと思ってたわ。
まさか“周りが弱かったら高く出る”とか、ちょっとズルじゃね?」
「違う。“偏差値”は信頼できる統計手法であり、短期的な誤差は――」
神原の数式が整いはじめる。
(おっと、持ち直してきた……)
「そして君のような無理解者が偏差値を否定しようとする行為そのものが、教育制度の根幹に対する反抗であり――」
「やべ、また押されてる!!」
俺は苦し紛れに言った。
「……でもさ。“非合理”だって、生き残るときあるじゃん?」
「……何?」
「たとえば、“偏差値37の俺”が、“偏差値68のあんた”に勝ったら、
それって――“合理性じゃ測れないこともある”って証明になんね?」
神原のスキルが停止する。
「……それは、仮定だ」
「今、仮定じゃなくなるかもよ?」
その瞬間、周囲の数式が一気に崩れた。
“風間 輝”の名前の横に、【勝利条件:成立】と浮かぶ。
「なぜ……僕の構造が崩れる……」
「それは、“合理性だけじゃ説明できないこと”も、この世にはあるからだよ。
たとえば“Fランが粘ったら勝つ”とかさ!」
バシュウゥゥッ!!
《神原 真、失格》
《偏差値:68 → 脱落》
《敗北理由:偏差値そのものの相対性を突かれ、合理性の根拠が崩壊》
勝った。
いや、“相手の土台が崩れた”って感じだったけど。
「風間 輝、7連勝」
観客の空気が明らかに変わった。
「今の、ちょっとカッコよくなかった?」「Fランなのに……やるな」「論破……というか事故では?」
俺は息をついてつぶやいた。
「へぇ……偏差値って、そういう仕組みだったんだな……」
だがその直後――
フィールドの空気が重く、黒く変化する。
「……おめでとう、勝利者くん。次は、少し私情を挟ませてもらうよ」
現れたのは、学歴も偏差値も表示されていない、謎の参加者。
彼の名札には、ただ一言。
「学歴破壊者」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます