第16話 影に生き、義に燃ゆ ――犬江 親兵衛

 闇夜、尾張の城下。

 屋根から屋根へと飛ぶ一条の影――それが、若き忍び犬江 親兵衛であった。


 年の頃、十六か十七。だがその眼差しは歳月の濁りを知らぬまま、冷たく研ぎ澄まされていた。


 「……的中」


 彼が放った手裏剣は、敵の喉元を正確に穿つ。血の音さえ、風にかき消された。


 だが親兵衛に、殺意はなかった。


 「守る」ために、闇を駆けている――



---


 孤児、拾われし日


 戦災に焼けた村の瓦礫の中で、泣くことも忘れていた彼を拾ったのは、明智光秀であった。


 「……名は?」


 「ない。……名なんて、要らぬ」


 光秀は、少年に布を掛けた。


 「ならば、『犬江 親兵衛』と名乗れ。犬士となる子に相応しい名だ」


 その日から彼の命は、**「光秀の密命」**に捧げられた。



---


 忍の掟と、義の誓い


 伊賀の抜け忍たちに囲まれた夜。

 仲間を逃がすため、親兵衛は一人、影のごとく敵中に立った。


 「――命を賭しても、仲間は死なせぬ」


 その瞬間、胸に仕込んだ霊玉が光を放ち、親兵衛の影が爆ぜた。

 **「義」**の霊玉が発動したのだ。


 影の中に分身を生み出し、敵の動きを封じる――「影裂えいれつ」。


 義を守るための力、それが今、覚醒した。



---


 光秀の影として


 戦場に出ず、名を上げず、

 ただひたすらに味方の背後を守り、脅威を取り除く。


 それが、親兵衛の「義」。


 「殿(光秀)が、いつかこの国の在り様を変える。そのための礎になる」


 研ナオコから託された“哀の札”を、密かに懐に収めながら、親兵衛はつぶやいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る