第3話 春の月見舟(空墨十五年 三月)

その1

 外はまだまだ肌寒いが、室内はうっすら暖かい。


 水鶴は左の頬に熱を感じている。月凛の足の上に寝ているのだった。白い寝間着を纏った月凛は、ろうそくの火に照らされて艶めかしく見える。江若様が惹かれるのも当然だ、と水鶴は思う。


「もう少しで、あなたが来てから二年になるのね。時が経つのは早いものだわ」

「最初は不安でしたけど、月凛様がいてくれてよかった。今、とても満たされているんです」

「いけないことをして、ね」

「確かにわたしはよろめいてしまいました。そうさせるほど月凛様は素敵なお方なのです」

「あなたの夫は泰江若なのよ」

「わかっております。でも、わたしにとっては月凛様が一番です」

「もう……困った子ね。女を好きになるなんて」

「月凛様だって、最近は積極的ではありませんか。わたしたちは同じ存在なのです」

「それは認めるけど……」


 上の部屋では、江若と白扇が寝床をともにしているはずだった。今、二人を邪魔するものはない。


 水鶴は右手を伸ばし、月凛の寝間着の切れ目から手を入れる。右の内腿を指で撫でると、月凛がピクリと反応する。肌が熱を帯びているのは、部屋が暑いからではない。


「月凛様の肌は本当に美しい……」


 水鶴は寝間着をどかして、月凛の両足を外気に晒す。月凛は嫌がらないが、落ち着かないように座り直した。


 水鶴は右の指で内腿を撫でながら、左足に舌を這わせる。月凛が息を吸う音が大きく聞こえる。水鶴は休まずに月凛に触れ続ける。


「駄目、そんなことをしては……」


 その程度で止まるはずがない。音を立てるのは下品だ。水鶴はあくまでも静かに、ゆっくりと月凛の肌を責める。やがて相手は耐えきれなくなり、「んっ」と甘い声を漏らす。腿で隠された秘所はすぐそこにある。けれど、水鶴は慌てない。夜は長い。時間をかけて、月凛に自ら足をひらかせるのだ。そのとき初めて、水鶴は本当の意味で満たされる。


「やめなさいっ」

「あっ」


 月凛が身を引いて、水鶴の頭から足が抜かれた。――と、気づけば水鶴の上に月凛が覆いかぶさっている。


「いつも勝手に始めるんだから……許さないわ」

「では、どうするのですか?」

「こうするのよ」


 水鶴は月凛の唇で自分の唇を封じられる。月凛は体重をかけて水鶴にのしかかってくる。唇がつぶれ、胸がつぶれる。


 水鶴は月凛の背中に腕を回し、強く引き寄せる。嫌がる人ではない。二人は離れることなく重なりあっている。


 ……幸せだ。


 水鶴は、たまらない幸福を享受している。体が熱くなり、心も燃えるようだ。


「水鶴、一つ言いたいことがあるわ」

「なんでしょう」

「あなた、あの孫式という小間使いに抱きついてからかっているそうね。私にこんなことをしておきながら、どういうつもり? 答えによってはもっとひどいことをするわ」

「孫式が好きなのです」

「ひどいことに期待しているでしょう。その答えは嘘ね。認めないわ」


 当然のように見抜かれている。水鶴は唇を尖らせた。


「月凛様は誰にでもお優しいから……孫式があなたに惚れたらと思うと不安なのです。だからああしてからかって、わたしに気を引きつけておきたくて……」

「そんな気持ちはまったくないけど、気のあるふりをしているわけね」

「わたしは月凛様を取られたくないのです。仕方ないのです」

「ふうん」


 月凛は少し冷めたような返事をした。ここで引き下がらないのが銀水鶴という女だ。むしろ不満げな表情を浮かべる。


「月凛様、せっかくの時間なのに男の名前など出さないでくださいませ。今はわたしのことだけ見てほしいのです」

「ふふ、本当にわがままな子。迎え入れた時はこんなことになるなんて思いもしなかった」

「それだけ月凛様は魅力的なのです」

「そう。だったら、もっととろけさせてあげる」


 再び唇を押しつけられ、消えかけた炎が強くなる。水鶴は月凛の目をまっすぐ見つめる。


 ……東江楼あってこその時間。わたしはこの居場所を守りたい。


 水鶴は月凛の頭を押さえて、相手の口に舌を押し込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る