第八話「おやつをかくした魔女」

今宵もまた、青の丘に星が灯りますわ。

小さな雲の切れ間から顔をのぞかせた星たちは、まるで何かの秘密を知っているかのように、ちらちらと瞬いております。

セレーナ・イリア・F・クリスティアは、そっと頬に指を当てて囁きました。


「星の夜にだけ開く、魔女の戸棚があるとしたら――中には、いったい何が入っていると思いますか? 今宵は、そんな魔女と星のおやつのお話をいたしましょうか」


* * *


昔むかし、森の奥深くに、“おやつをかくす魔女”が住んでおりました。


その魔女は町に下りてくることは滅多になく、誰にも顔を見せぬまま、月に一度、満天の星が見える夜にだけ戸棚を開くのだと噂されておりました。


魔女の名はセレヴィア。彼女がつくるおやつは、ひとくちで笑顔になれるといわれ、星の夜に空を見上げて願うと、どこからともなく甘い匂いがするのだとか。


ある夜、村の少女ティナは空腹のまま眠りにつけず、窓辺から空を見上げてそっとつぶやきました。


「魔女さま、おやつを、ちょっとだけ……」


そのとき、不思議な風がふっと部屋に入り、何かが枕元に転がりました。

それは、小さな焼き菓子。星のかけらのような形をしておりました。


驚いたティナは次の夜、森の入り口まで足を運びました。すると、霧の中から声が聞こえました。


「お願いは、星の夜にだけ叶えるの。秘密にできるなら、ひとつだけよ」


それからティナは何度か、おやつを受け取りました。

チョコの羽根、キャラメルの月、シュガーの星屑。すべては夜にしか現れず、翌朝には跡形もなく消えておりました。


けれど、あるとき、ティナは友達に話してしまいました。


「ほんとに魔女がいるのよ、夜にだけ!」


その夜、星は雲に隠れ、魔女は現れませんでした。


それから三日、五日、一週間……星の夜は訪れても、甘い匂いは漂ってきませんでした。


ティナは泣きながら、空に向かって叫びました。


「ごめんなさい、誰にも言わないから。わたし、ほんとうに、だいじにしてたの」


すると、静かに霧が晴れ、森の奥からひと筋の光が道を照らしました。


そこには、小さな籠が置かれており、中には包み紙で丁寧にくるまれた“星のクッキー”が入っていたのです。


包み紙にはこう書かれていました。


「わたしのことを忘れないでくれて、ありがとう。次は――だれかを笑顔にする番よ」


それからというもの、ティナは夜ごと、こっそりと小さなおやつを用意しては、星を見上げて誰かの幸せを願うようになりました。


星はすべてを見ておりました。魔女のことも、秘密も、やさしい気持ちも。


* * *


セレーナは調律器を撫でながら、ゆっくりと語りを閉じました。


「誰かの秘密を守ることは、ときに魔法のような力を生むのですわ。とくに星の夜には――」


ミレーヌは目を輝かせながら、「ねえ、セレーナおねえさま……今日、星、出てますわよね?」とささやきました。


クレアはそっとノートに「星の夜にだけ開く心の戸棚」と記しました。


エリオットは鼻を鳴らして言いました。「甘いもん食べたいだけなんじゃないの、それ」


けれど、窓の外に浮かぶ星は、そんな会話を微笑ましく見守っているようでございました。


■ 登場人物


【語りを聞いていた人物】

・セレーナ・イリア・F・クリスティア:語り部。星の夜に語る、魔女と秘密のお話。

・ミレーヌ:甘いものと星が大好きな少女。夢と現実のあわいに心を躍らせる。

・クレア:物語を記録しながら、心の機微をノートに書き留める観察者。

・エリオット:おやつへの本音も漏らしつつ、物語の裏を探る少年。

・他、孤児院の子どもたち数名(描写省略)


【物語内の登場人物】

・ティナ:星の夜に願いをかけた少女。魔女との秘密のやりとりを大切にする。

・セレヴィア:おやつをかくす魔女。星の夜にだけ現れる、不思議でやさしい存在。

・村の友達:ティナがつい秘密を漏らしてしまった相手(詳細な描写なし)。

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