全神経接続モデル

吉本飛行隊は、東京に戻っていた。

隊員達は、クレムリン爆撃で沸いている日本で休暇を取っていた。

吉本中尉だけは、『東京はクレムリンよりつまらない』と考えていた。


その彼に、『ハワイ攻撃部隊に来てほしい』との依頼があり、一人、補助エンジンを付けた赤燕で向かった。

吉本飛行隊の母艦空母『隼鷹』は、ロシア攻撃のため北極海に回され、今は日本の母港でメンテナンスされている。

その為、新たなハワイ攻撃部隊の母艦として、隼鷹型空母の二号艦『隼鷲じゅんしゅう』が、長期戦に備え、大型補給艦や『ヤマト型砲艦』と共に、ハワイとミッドウェイの中間点に来ていた。


吉本がハワイ攻撃部隊の空母『隼鷲』に降り立つと、係員が駆けつけて来た。

「一息つかれたら、会議室においでください。攻撃隊の皆さんはクレムリン攻撃の話を聞きたがっているようです」

「話すような内容はないぞ。ただ荷物を運んだだけだ」

「いえ、それでもかまいません。攻撃隊の多くは生身のパイロットを見てませんので」

『生身のパイロット?』

吉本は聞き違いかと思い、尋ねようとしたが、係員はさっさといってしまった。


仕方ないので、着替えるため、与えられた部屋に向かった。

途中、格納庫の横を通った際、見慣れた赤燕がいた。

後ろ半分しか見えないが、なにか違和感がある。

今回の攻撃部隊の赤燕は新モデルとは聞いていたが、後ろからでは違いが分からなかった。


前に回って、この赤燕の違いが分かった。

『キャノピーがない』

普通は、戦闘機の前方上部にはキャノピーに覆われたコクピットがある。

涙滴形とは言え、機体より出っ張っている。

今、吉本が見ている赤燕は、透明のキャノピーがなく、コクピットがあるべき部分が少し膨らんでいる形であった。


『無人機?』吉本はそう考えたが、会議室で攻撃隊が待っている。

『身のパイロットを見ていない』と言っていたのを思い出した。

『彼らは、この無人機のオペレーター?』

行けば分かると、会議室に向かった。


会議室に入ると、一瞬、野戦病院の治療室に来たかと思った。

立っているのは世話役のみ、隊員は全員が車いすである。マスクで顔が判らない人もいる。


機械的な声がした。

「吉本中尉、驚かないでください。これが、攻撃部隊のメンバーです」

吉本は何かを言おうと口を開きかけたが、出すべき言葉が思いつかなかった。

吉本の混乱を推し量ったのか、相手から声がした。


「吉本中尉。モスクワへの航路の途中、全感覚没入イマーシブ型ゲームを体験なさったでしょ」

たしかに、暇だったのでゲームをした。

あのユーザーインターフェイスUIを利用すれば、飛行訓練シミュレータとして相当のことができると思っていた。

「あの拡張版です。我々は全神経接続フルナーブジョイントFNJと呼んでいますが、この技術で脳神経と赤燕を繋いでいます。手足も目も口もいりません」


「身体障害者……失礼」

「かまいませんよ。我々全員は身体障害者です。中にはパイロットになるため、器官を取り外した者もいます」

「体力的に……」

「はい、本来は問題です。しかし手足が無ければ、心臓への負担は少なくて済みます。

周囲認識も目で見てません。センサーが中心です。360度全方位を瞬時に認識できます。操縦も手足を使った間接的なものではありません。私たちは鳥になった感覚で飛んでいます。

しかも、ほぼ寝た状態です。吉本さんのシートも倒れていますよね。無論、対G用ですが。寝てしまえば、もっと耐えられます。吉本さんより旋回半径は小さいですよ」

「しかし……」

「無論、障害者だから成れるわけではありません。肉体的にも精神的にも健常者以上のチェックをして、志願したものだけです」

吉本は、何を言えば良いか分からなかった。


別の声がした。

「インメルマンターンで、しょんべんをちびっていた小心者が納得できないみたいだな」

吉本は凍り付いた。


吉本は今でこそ、荒っぽい、そして危険な機動を得意としている。

しかし、練習生の時、乗っていた指導教官が連続宙返りのインメルマンターンをした際、その恐怖で、悲鳴こそ上げなかったが漏らしてしまった。

そのことを知っているのは、自分と指導教官であった秋津少佐だけだった。

そして、その後、秋津少佐は吉本の目標になった。

しかし、秋津少佐は事故で亡くなったと聞いていた。


吉本は自然に、その人の名を言った。

「秋津少佐……」

マスクで顔が判らない人物が出て来た。

よく見ると、上半身のみで、両手もなかった。

「この攻撃隊の隊長の秋津だ。」


見た目からは誰だか判らない。

判らなくても、吉本の目からは涙が出て来た。

「下だけでなく、今度は上から漏らすか」

その表現方法で、吉本は、目の前に目標としていた人物が目の前にいることを確信した。

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