第10話 幼なじみの少女
山の上で黄昏れていたフウリ。
「おーい、フウリー!」
誰かに呼ばれる声がする。
そちらに目を向けると、森の中から手を振りながらこちらに歩いてくる少女の姿があった。
「あれは……エヒメ?」
エヒメは海の村に住む、同い年の幼なじみだ。
母親は生まれた時に亡くなったらしく、今は漁師の父親と二人暮らしをしている。彼女自身も素潜りで貝などを獲っているそうだ。
髪はオレンジに近い明るい茶色で、細身の体型はスタイルがよく見える。見た目に反して力もあり、男の子顔負けの働きぶりを見せることもある。
小さめの胸は本人も少し気にしているようだが、性格は明るく裏表がなく、親しい相手には冗談を言ったり砕けた態度も見せる。
フウリにとって、そんなエヒメは特別な存在で、他の誰にも話せないことを話せる大切な仲だ。
…ちょっとやばいな。
「アイン、他の人がいる時は話しかけないで。びっくりされる」
[問題ありません。私はマスターの脳内にテレパシーを使って話しかけています。他者が私の声を聞くことはありません]
「……あ、そうなの?」
[はい。ですので、マスターも声に出す必要はありません。思考で会話可能です]
そういえば、思考を読まれてるんだったな……。
「そういう大事なことは先に言ってよ」
[その件については、マスターからの質問がなかったため、説明の優先度が低いと判断しました]
いや、気づかなかった俺も俺だけど…。
けど、下手したらブツブツ独り言言ってるおかしな奴だと思われるとこだったぞ!?
[マスター]
「な、なにさ!?」
「何、一人でぶつぶつ言ってるの?」
「――っ!?」
はっとして振り向くと、エヒメがすぐ隣まで来ていた。完全に気を取られていたせいで気づかなかった。
[エヒメが来ました]
遅いよアインさん……。
明らかに様子のおかしい自分を、エヒメは不思議そうな表情で覗き込んでくる。
近い。顔が近い。
どこかで聞いたことがある。「精神は肉体に引っ張られる」って。
……普通にドキドキするんだけど。
「エヒメ……近いってば」
エヒメは首を傾げながらフウリの顔を覗き込む。
「……熱でもあるの?」
「いや、違うって。ちょっと考えごとをしてただけで……」
「ふーん? でも顔、赤いよ?」
エヒメの指先が、そっとフウリの額に触れた。
その一瞬――身体の奥で何かが弾けるような、不思議な感覚が走った。
……なに、今の感覚
[心拍数が上昇しています。興奮状態と推定]
やめて、アインさん……実況しないで。
「大丈夫だよ! それより、エヒメこそどうしたの?」
慌ててエヒメの肩を押して距離を取る。
「山の村に行ったら、フウリが今日は山に入ったって聞いたから、もしかしてここかなーって思って来てみたら、やっぱりサボってた!」
エヒメはにこっと笑う。その笑顔に、またドキッとする。
「たまには静かなところで考えごとしたい気分なんだよ。ほら、色々あるでしょ?」
「たまにねぇ。でも……ふーん、なにかあったんだ?」
そう言って、エヒメはフウリの隣に腰を下ろした。
昔からよく一緒に手伝いを抜け出してサボっていた二人。
彼女にはきっとお見通しなんだろう。
太陽は傾き始め、雲の切れ間から金色の光が山の稜線を照らしていた。
風が二人の間をすり抜ける。
沈黙が続いたあと、エヒメが少し言いにくそうに口を開いた。
「……ねぇ、この間のこと、怒ってる?」
「この間のこと?」
「私が、フウリには狩りをしてほしくないって言ったやつ……」
「ああ、あれか」
―――
それは前の新月の夜――
海の村で豊漁を祝う祭りがあった時のこと。
大人たちは広場の火を囲んで酒盛りをしていて、俺たちは料理を少しつまんでから、海辺を歩いていた。最初は他愛もない話をしていたけれど、エヒメが段々と静かになっていって――やがて、俺の袖を引いて立ち止まった。
「どうしたの、エヒメ?」
「……」
彼女はうつむいたままで、表情が見えなかった。
「エヒメ……?」
しばらく沈黙が続いた後、エヒメがぽつりと口を開いた。
「ねぇ、フウリ。私、フウリのことも、この島のみんなのことも……大好きなんだ」
「えっ……うん、俺もそうだよ」
山と海、それぞれ違う暮らしはあっても、村の人たちはみんな温かくて、思いやりのある人たちばかりだ。
「でもね……言えなくて」
声が少しだけ震えているように聞こえた。
「でも、フウリになら……フウリには、言いたいの」
エヒメの手が袖を握りしめる。その手にぎゅっと力が入るのがわかった。
「うん……」
内容はわからないけれど、話を聞くべきだと思った。
「……あのね。……お願い、フウリ。狩りをしないで…。フウリには、生き物を傷つけてほしくないの!」
「えっ……」
顔を上げたエヒメの目からは涙が溢れている。
驚きで言葉を失っているうちに、彼女は感情を抑えきれなくなったのか、ぽつりとこぼす。
「……ごめんっ。今日はもう、帰るっ!」
そのまま踵を返すと、返事も待たずに走り去っていった――。
―――
――そういえば、あれからまだ一言も話してないんだったな…。
--------------
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
エヒメ
「フウリと、こうしてまた話せて嬉しいの。もしこの物語が少しでも心に残ったら…また続きを読みにきてくれたら嬉しいな。★やフォローしてくれると、もっとがんばれる気がするから」
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