閑話 笹宮まどかの初恋~その3~

 私は彼に何をしてあげられるんだろう?

 どうすれば力になれるんだろう?

 気が付けば,いつもそんなことを考えていました。

 相変わらず教室では,彼と話をする機会はもててはいません。

 毎週,土曜日の午後に彼のお店に行ってますが,仕事中に彼に話しかけるのは憚られます。

 注文の合間に,少し世間話をするだけで,気持ちが満たされていました。

 今はそれだけで十分なのかもしれません。


 お店の店員さんともお話しできるようになりました。

 マスターさんと奥様の陽子さん。

 傍目で見ても仲睦まじそうに見えるご夫婦です。

 お二人には楢崎君の学校での様子をよく聞かれます。

 お二人とも楢崎君を大切に思ってらっしゃるようで,私まで嬉しくなりました。

 ただのバイトの学生に,どうしてそこまでという疑問もありましたが。


 いつも楢崎君と一緒にバイトしている女性は間宮亜美さん。

 大学2年生だそうです。

 彼女には,いつも楢崎君との仲を冷やかされます。

 『適当にあしらっていいからね?』と,楢崎君には言われましたが,そもそも仲も何も,楢崎君とお話しできるのはこのお店でだけです。

 あと,間宮さんは楢崎君と距離が近いので少し嫌です。

 何が嫌って・・・やめておきましょう。


 ただ,楢崎君を助ける手立ては,まだ見つかりません。

 正直,八方塞がりでした。


 そんな折,家庭科の授業の時間。

 調理実習のお話がありました。

 家庭科の担当は宗宮智子先生。

 見た目はお若いのですが,私の母と歳はそんなに離れていないらしいです。

 2年生の担任なので,あまり関わりがありませんが,好きな先生の一人です。

 なんとなく,本当になんとなくですが,楢崎君に雰囲気が似てる気がします。

 今回の調理実習はクレープ作り。

 4人以上6名以内で班を作ること。

 できるだけ男女混合になるようにすること。

 条件は以上です。

 でもこれを聞いたとき,私は・・・。

 『これだ!』

 直感的に閃いてしまいました。

 調理実習までの短い期間でもいい。

 私が自然に彼のそばにいる状態を作り出す。

 そうすれば学校でも彼と仲良く出来る!


 でも。

 私が動くことで,彼の今の日常を壊してしまうんじゃないだろうか?

 この行動は,本当に彼の助けになれるんだろうか?

 すぐにネガティブな感情が,頭の中を駆け巡ります

 とりあえず真里花と一緒に班を作ることは約束しています。

 他の男子は下心が見え見えで嫌なので,仁美ちゃんを誘って彼氏の大川君を仲間にすればいいのでは。

 二人とも誰彼構わす偏見なく友達を作るタイプなので,きっと楢崎君を受け入れてくれるだろうと信じたい。

 真里花は・・・別の心配があるけど,そうなったときに考えましょう。

 後は・・・。

 私の勇気。


 教室の後ろの方を見ると,思った通り一人でぼーっとしている人がいます。

 彼のいつもの姿です。

 後で余裕のある班に適当に入れてもらうつもりなんでしょう。


 でもね。

 私はあなたの力なりたい。

 あなたににとってはただの気まぐれだったかもしれないけど,あの日の出来事は私の世界を変えてれたんです。

 だから。


 考えるより先に身体が動いていました。


「な,楢崎君,一緒に班を組まない?」

 気が付けば,彼の間に立って私はそう言っていました。

 彼は凄く戸惑っています。

 それはそうでしょう。

 みんながいる教室で,直接話しかけるのは初めてでしたから。

 彼の視線が泳ぎます。

 どうやら真里花達の様子を見てるようです。

 私もチラリと視線を送ると,3人とも楢崎君以上に戸惑っています。

 一言も相談せずに動いちゃったからでしょうね。

 後悔の念が沸きかけて来たとき,彼がぽつりと言いました。

「・・・いいの?」

 彼はちょっと困った顔をしながら了承してくれた。

「良かった!じゃあ,お願いします!」

 普段出さないような大声を出してしまいました。

 教室中が何事と騒ぎ出すのを肌で感じます。

 ああ,『穴があったら入りたい』てこういうことなんですね・・・。

「あ,ああ,よろしくね・・・」

 苦笑しながらそう言ってくれた彼の言葉を聞いて,嬉しさより羞恥心の方が倍増してしまいました。


 正直,その後の話し合いの内容は記憶が曖昧でした。

 ただ,予想以上に仁美ちゃんと大川君の,彼との距離の詰め方がすごかったです。

 特に大川君なんて,終わる頃には名前呼び。

 まるで十年来の親友のようです。

 私だってまだ,名前で呼んだことないのに・・・。

 あと,真里花の反応が良かった,ううん,良すぎました。

 楢崎君がお菓子作りが上手と聞いて,普段見せないような笑顔になっています。

 そうでした・・・。

 真理恵は小さい頃から手作りお菓子が大好きな子でした・・・。


 楢崎君が一人暮らしをしていることも知ることが出来ました。

 出身は韮川町・・・温泉の有名な所だと記憶しています。

 ただ,その話は彼はあんまり聞いて欲しくなさそうでした。

 私はもっとあなたのことが知りたい。

 でも,まだ私達の関係では,そこまで踏み込んではいけないんでしょうね。

 少し,悲しくなりました。

 

 話の流れで楢崎君が一人で買い出しに行くことになりました。

 このチャンスを逃しちゃいけません。

 私は意を決して買い出しの同行を申し出ました。

 真里花の助けもあり,強引に話をまとめました。

 真里花がぽつりと『まどかってこんな積極的な子だったかしら・・・?』と呟いた気もするけど,それもどうでもいいことです。

 ただ,次の真里花の一言が,落雷を受けたように衝撃的でした。

「・・・ま,まどか。楢崎君と連絡先交換した方がいいんじゃない?」

 この子,天才?

 何という素晴らしい提案!


 結局5人でLINEグループを作ることになりました。

 それはちょっぴり残念だったけど,楢崎君に友達が増えるのは悪いことじゃないはずです。

 真里花が下手な演技で,最初に彼のIDを登録してくれるように仕向けてくれました。

 さすが親友。

 彼はそのことに気付いてないみたいです。

 可愛い。


 後で知ったことですが,彼が家庭や仕事関係以外で初めて,本当の友達として登録したのが私達だったと聞いて,涙が出そうになりました。

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