第3話 カフェオレとクレープ(前編)

 学校では笹宮さんと話をしたことがない。

 しないというより出来ないの方が正しい。

 彼女の周りはいつも友達の女子で溢れかえっているし,他の男子と話をしている様子もないので,僕なんかと親しげに話をしようもんなら,どれだけ騒ぎになるか分からないしね。

 でも,あれから笹宮さんは毎週,土曜日の午後にお店に来てくれている。

 常連と言うほどでもないが,うちのお店が気に入ってれたなら嬉しい。

 そんなことをぼんやり考えていた5月の終わりのある日。

 小さな,いや僕にとっては大きな事件?が起こった。


「な,楢崎君。一緒に班を組まない?」

 それは家庭科の授業の時だった。

 家庭科教師,宗宮智子先生は,公表はしていないが,実は僕の親戚だ。

 正確には母の従姉妹である。

 彼女の勧めでこの学校に入学したし,なんなら一人暮らしの僕の後見人でもある。

 お互い,いろいろ事情が複雑なので,プライベートでもなるべく関わらないようにしているが。

 でも,放課後たまに調理室を借りたいと話したとき,とても嬉しそうに承諾してきた。

 その智子先生の教科でもあるので,選択授業で家庭科を選んだんだけど・・・。

 僕は,最初の調理実習で班決めからあぶれていた。

 それもそのはず,僕には友達がいない。

 どうしようかと悩んでいたとき,突然笹宮さんが僕に声を掛けてきた。

「え?」

 彼女の後ろを見ると二人の女子,君島・・・仁美さんと桜さん,桜真里花だっけ?と男子が一人,大川拓也君。

 確か君島さんの彼氏・・・とか聞いたような気がする。

 その3人が戸惑いの表情を見せていた。

 うん,気持ちは痛いほど分かるけど。

「・・・いいの?」

「だ,だって,今回の調理実習クレープだし,楢崎君なら大丈夫・・・ですよね?」

「まあ,何度も作ったことあるし,大丈夫だよ?」

「良かった!じゃあ,お願いします!」

 普段出さないような彼女の大声に,教室中が何事と騒ぎ出す。

「あ,ああ,よろしくね・・・」


「よろしく楢崎君」

「う,うん」

 班別に分かれての話し合い。

 いかにも体育系男子のイケメン,大川君から声を掛けられる。

 確かサッカー部だっけ?

「俺,料理はからっきしでさあ。頼りにしてるよ!」

「う,うん」

 ヤバい。

 陽キャオーラバリバリだ。

「まどかから聞いたけど,楢崎君,お菓子作り上手なんだってね?」

 ちょっとギャルっぽい,それでいて落ち着きのある君島さんが話しかけてくる。

 この人も大概陽キャだな。

「えーっと,本当に,得意なの?」

 おずおずと桜さんが聞いてくる。

 黒髪ロングの大和撫子だ。

「まあ,得意?って言うか,趣味みたいなもんだから・・・」

「そうなの!」

 桜さんが喜びの声を上げる。

 お菓子,好きなのかな?

 一方で笹宮さんは顔を真っ赤にしながらずっと俯いていた。

 教室で大声を出して注目を浴びたのがよほど恥ずかしかったらしい。

「じゃあ材料を挙げていって,買い出しをしようか。楢崎君,何を揃えればいいかな?」

 大川君の進行で話し合いが進んでいく。

「生地の材料は教科書の通りでいいと思うよ。バターがあると更にいいかな?中の具材は生クリームと旬の果物でいいと思う」

「旬の果物って?」

 君島さんが聞いてくるので僕は持ってる知識を総動員する。

「イチゴの季節は終わったけど,最近はハウス栽培が盛んだからそんなに高くないと思う。バナナは年中安いし,旬と言えばブルーベリーかな?」

「あたし,チョコバナナ大好き!」

 君島さんが元気よく言う。

「私は・・・,イチゴ,大好きです」

 桜さんが遠慮がちに言う。

「俺はブルーベリーだな!目にいいって言うし!」

「それは都市伝説に近い話だよ?」

「え?そうなんだ?」

「昔,イギリス空軍で目にいい食べ物の研究をしたときに少し効果があったみたいだけど,尾ひれがついて目にいいって話になったらしいよ。まあ,目にいい成分も入ってるんだけど」

「凄えな。楢崎,詳しいな!」

 すでに呼び捨てになってる。

 陽キャの距離感,半端ないな。

「僕も聞きかじりの知識だけどね」

「いや,でも,ほんと凄えよ!今まで話したことなかったけど,楢崎の話,凄え面白い!」

「拓也,いきなり呼び捨てになってるよ・・・」

 そこは突っ込むんだ。

「あはは,いいよ。好きに呼んで」

「じゃあ,楢崎!いや下の名前なんだっけ?」

「聡二,だけど・・・」

「じゃあ,聡二!俺のことは拓也って呼んでくれ!」

「あはは。じゃあ,拓也。よろしく」

「おう!これからは友達だ!」

 いきなり友達が出来た。

 急展開にも程がある。


「ごめんね楢崎君。こいつ昔から距離感なくって・・・」

「いいよ。僕もこっちに来て初めて友達出来て嬉しいから」

「こっちに来て?」

 桜さんがその言葉に引っかかる。

「うん。僕,斐川町の出身でね。高校に進学してからずっと一人暮らしなんだ」

「斐川町って温泉で有名な?」

「まあね・・・」

 あまり身の上話はしたくないので少し言葉を濁してしまう。

 そんなやり取りを,対面に座る笹宮さんは驚いた顔で聞いていた。

「とりあえず,イチゴとブルーベリー,チョコバナナでいい?」

「ああ」

「笹宮さんは何かリクエストある?」

「・・・ゴ」

「え?」

「・・・リンゴ」

「リンゴね。生よりも煮込んだ方がクリームに合うかな?」

「いいの?」

「・・・いいよ?」

 笹宮さんが満面の笑みを浮かべる。

 ちょっと,いやかなりドキッとしてしまった。


「う,うん。じゃあ,買い出しは・・・五人分なら僕一人でいいかな?」

「え,そんな悪いよ!」

「力には自信あるから荷物持ちぐらいはできるぜ?」

「大丈夫,たいした量じゃないし。それに一人暮らしだから冷蔵庫も余裕あるから」

「そう?」

 みんな申し訳なさそうな顔をする。

「いいから。僕部活も入ってないし,バイトの日以外は暇だから」

「・・・じゃあ,頼むな」

「承りました!」

 みんなが笑う。

 とりあえず話はまとまって良かった。


「あ,あの・・・」

「?」

 笹宮さんが小さく手を挙げている。

「どうしたの?笹宮さん」

「・・・わ,私も一緒に買い出し行っていいですか?」

 大川,改め拓也と君島さんは首をかしげる。

 桜さんはハッと何かに気付いた顔をする。

「そ,そうね!まどか,一緒に行ってあげなさい!」

「う,うん・・・」

「無理しなくても・・・」

「大丈夫です!」

 笹宮さん,今日は感情の緩急が激しすぎるな。

「・・・じゃあ,お願いするね?実習は来週の金曜日だから,前の日の木曜の放課後でいいかな?僕もバイトないし都合がいいし」

「うん。私も,大丈夫・・・です」

 その言葉を最後に場がしんと静まりかえる。


「・・・ま,まどか。楢崎君と連絡先交換した方がいいんじゃないかしら?」

「へ?」

 突然の桜さんの提案に,笹宮さんは驚いて固まる。

「じゃあ,5人でLINEグループ作らない?」

「うん?」

「いいな。そうしようぜ聡二!」

「あ,ああいいけど・・・」

「まあ,こっちの4人はID登録し合ってるからな,聡二のID教えてくれよ。後は俺がグループ作っておく!」

「うん?まあ,いいよ。お願いするね」

 僕はアプリを起動してQRコードを表示する。

「やっぱり最初はまどかかな~」

 桜さんが棒読みで言う。

 何だってんだろう?

「あ,うん・・・」

 おずおずと笹宮さんがスマホを差し出し,僕のQRコードを読み取った。

「・・・」

 何か泣きそうになってる。

 ひょっとして,嫌々だったのかな?


「おっし,次は俺な!」

「その次あたし!」

「じゃあ最後は私ですね」

「いや,友達繋がりで登録できるんじゃ・・・」

「馬鹿!こういうのは直接がいいんだよ!」

「そうなんだ?」


 この街に来て,この学校に入学して。

 僕のLINEの友達欄に,家族と仕事関係以外の,本当の友達が,初めて登録された。

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