第一章 恋人たちの誓いは潰えて

第1話 不幸の始まり

 はじめまして! 文月ふづき柚実ゆずみです。今日は友達の麻木あさぎことと一緒にフリーマーケットに来ています。……なんて、たまには少女漫画の主人公気分で挨拶してみる。あるよね? 私だけ? ほら、どこか遠くの誰かとか、もしかしたら神様なんかがこの人生を見てるかもしれないし――見てたら応援してほしいもんね!

 土曜日の朝。会場になっている公民館は秋晴れの下、訪れた人々を当然に受け入れている。とはいっても施設自体はエントランスが休憩所として解放されているだけで、ブースが広がるのはピロティっていうのかな、エントランス周りから中庭まで繋がる吹き抜け空間だ。秋風も楽しめる毎年恒例のフリーマーケット、なんだって。よく行くたい焼き屋のおばあちゃんがそうやって教えてくれたんだよね。そういうわけで琴も私も初参加! 新しいものが並ぶショッピングモールもわくわくするけど、もうずっとあったものを誰かの手から譲り受けるっていうのもドキドキする気がする。まだ知らない世界に踏み出すみたいな―――それってちょっと、琴に出会ったときと似てるかも。

 私と琴は高校一年生で、同じクラス。知り合ったのもそのときが初めてだったんだけど、春から一人暮らししてるんだって言うから超びっくりして! 一人で暮らすのって寂しいことなんじゃないかなってそれまでの私は思ってたんだけど、自由だ!って晴れやかに笑ったり、掃除めんどい!って素直に嘆く琴を見てたら……上手く言えないけど、自立ってこういうことなのかもしれないって思ったんだよね。尊敬かな? とにかく、私の親友はすごいってこと!


「買いたいものありそ?」


 途中でテイクアウトしてきたカフェオレを啜る琴は、このあたりのものには全然興味がなさそうだ。アパレルっぽいものがないからかな。私はたぶんどこでもわくわくしちゃうから、「向こうの方行く?」と促してみる。


「オッケー!」

「ちょ、速い琴さんッ」

「えっ、待ってあそこの服気になる行ってくるね〜!」


 説明しよう。私たちは腕を練結していたので琴が動けば私もひっぱられる状態だったのである。そして! そのべったりモードは別に通常時の形態ではないのである……! 本当になんの躊躇もなく組んでいた腕をぱっと解いて走り去ってしまうこの物悲しさといったら。仕方がないので私も近くのブースを眺めてみることにするけど、実を言うと一人でするお買い物はあんまり得意じゃなかったり。立ち止まったら買わなきゃいけないかな、とか気になっちゃったりするし、買わなかったらごめんね!って思うし……。


「なんか違ったわ」

「嘘でしょおかえり」


 ……琴のさっぱり感を見習いたい!

 

 そんな感じでしばらく。ようやく運命の出会いを果たしたのか「これは……時間がかかるわ…………」と静かに一つのブースの前でしゃがみ込んでしまった琴を置いて私は旅に出ることにした。だってたぶん十分くらい経ってたよ? 曰く、吟味する瞬間は心と心の対話だから――とのことなので集中しきって会話もない。「自由時間だよ行っといで」と外界に追いやられてしまうのが私たちの世の常なんだよね。は〜、「女の子の買い物は長い」って、琴といると実感するよ。私も女の子なのにな?

 見渡す限りに人がいて、流行りのおもちゃでもあるのか子供たちが群がっているブースや、なんだか値切りに熱心なおじさんと参ったように笑うお兄さん、その隣でお姉さんたちが平和に金銭のやりとりをしていて、また別のところでは異色のものが並んでいるからか永遠に暇そうなお爺さんがいたりする。ときどき柱に寄りかかりつつ、私も運命感じてみたいなあと夢見る乙女になったりしてみるけど、残念ながらどこにいてもそこはかとない居心地の悪さを感じてなかなか出店ブースの前では立ち止まれない。うう、私に自立は早いのか……。


「こんにちは。」


 人生の挫折らしきものを味わう背に、ふいに声がかかる。振り向くと一人の女の人と目が合った。

 私より少し年上くらいかな。民族系の服を着ててちょっと異世界っぽいところが素敵だなって思ったんだけど、同じようなデザインを基調にまとめられたブースにはアクセサリー類が広げられている。

 た……高いのかな。どうしよう、挨拶されちゃった。


「こんにちは……。えーと、ここ、アクセサリー売ってるんですか?」

「はい、ひとつ買っていきませんか?」


 ポーカーフェイスなのか私のやや弱気な声かけにも動じることはなく、綺麗な腕ですっと品物を指し示す。その手首もブレスレットに飾られており、銅色の装飾がしゃらりと光を反射した。めちゃくちゃ綺麗だ。こんなの私に似合うのかな、とも思うけど、新しい私になるならまずは挑戦かな?と、折角だから見てみることにする。――そうしてすぐに、出会いは訪れた。


「あ……」


 なぜだか妙に気に入ってしまったそれは、金色のチェーンに一つだけ赤い石が付けられている、そういうブレスレットだった。似合うかどうかなんて関係ないというか、私にぴったり似合ってくれるに違いないという根拠のない信頼でいつのまにか心は満たされている。こんなこと、はじめてだった。考えるよりも先に「これ、いくらですか」と口から飛び出たのに私もびっくりしたし、それに返された彼女の言葉にはもっとびっくりした。


「ただでいいですよ。」


 え?

 そんなはずなくない?と固まってしまう私に、相手はなんだか奇妙な微笑みを、先ほどのクールな面差しにのせる。


「た……ただ?」

「はい、ただです」

「そんなことあります?」

「はい、特別ですよ」


 どうして、なんて思う間もなく、その不器用な表情で添えられた「特別」という単語に私はえも言われぬような、熱くてくすぐったい気持ちが膨らむように湧いてきた。なんだろう、照れちゃったのかな。

 それを隠すみたいに「えぇ、ラッキー! ありがとうございます!」と沢山喜んで頭を下げて、早足でその場を離れようとしたところをもう一度呼び止められた。彼女は先ほどと変わらない微笑みのままで私にこう言い含める。「不幸に気をつけなさい。」

 急なお告げに私は首を傾げ、「はあ」とかいう間抜けな返事しかできなかった。もしかしてスピリチュアルなかんじの人なのかな。そんな人に無償でアクセサリーを譲られるのってなんか……。(不吉?)手にしたばかりのブレスレットを見下ろすけれど、それはやっぱり随分親しげに私の手のひらに収まっていた。


「柚実っ」

「わっ! びっくりした!」

「ビビりすぎだって」


 私の背中にタックルしてきた琴はきゃらきゃらと笑っている。その手には小さな紙袋が二つほど握られていて、厳選に厳選を重ねた上の苦渋の選択だったんだな、と彼女の戦果を思った。

 なんも買ってないの?となんだか拗ねたように聞いてくるので、そんなことないって!と手を開いて見せ、「これね、あそこの人が――」と説明しながら先ほどのブースを振り返る。

 ……しかしそこには、もう何も無かった。


「えっ、帰るの早!?」

「何? てか、めっちゃいいじゃんそのブレス!」

「でしょ! 付けて〜」


 左腕を差し出しておねだりすると、「全くしょうがないわねこの子はぁ! ほらこれ持って!」と母ちゃん仕様で応じてくれてありがたい。不器用すぎてこういうのつけられないんだよね、私。

 ブレスレットはやっぱり不思議と肌に馴染んで、琴も褒めてくれる。嬉しいな、こんなことなら私ももっと早くからおしゃれに真剣になればよかったかも。手首に光る色に自然と心がほころんでにまにましてしまうのを、「かわいいかわいい」と頭撫でてくれる親友までいるので今日は本当にいい夢が見られそうだ。


「琴は何買ったの?」

「えへぇ、あたしはねえ」

「わかった『じゅんチャン』関係だ」


 言い当ててもご機嫌で「正解!」と花を咲かせる琴。『じゅんチャン』っていうのは、琴の彼氏の浜田純一という別クラスの男子のことだ。夏に付き合い始めて、それはもう、あの季節の太陽の光よりも熱々なんだよね……。


「聞いてくれる〜!? さっきのお店ってペアアクセとか売っててぇ♡」

「うんうん、聞いてあげるから端っこ行こうね」


 これは、時間がかかるわ……と察した私はぐいぐい背中を押して移動を促すものの、琴はもう、体重を私に預けっぱなしで滔々と恋バナを始めてしまうのだった。

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