第2話 ツッコミ女神が求める童貞の胸臆

「あの~、そろそろ起きてください」


 何処からか女性の声が聞こえる。

 そんな声に反射的に答える。


「母ちゃん……、俺まだ眠い……」

「誰が母ちゃんですかっ!」


 なにやら綺麗な声をしている割に、いいツッコミが返ってきた。

 若干意識がぼんやりしていた俺は一気に目が覚めた。


「知らない天井だ……」

「天井ないですけど……」


 定番のボケに、呆れ交じりのツッコミが返ってくる。

 その言葉を発した存在がスッと、俺の視界に入ってくる。

 それは表現するなら光の玉だろうか……。

 ぴかぴかとまばゆく輝いているように見えるのに、不思議と視線を逸らそうと思えなかった。


 光の玉との距離感が掴みづらいが、注意しながら身体を起こす。

 そのまま両足でしっかりと立ち、光の玉へ視線を向ける。


「なかなか寒いボケをしていたつもりなのですが、ツッコミをいれてくれてありがとうございます」


 言葉と共に、ペコリと丁寧にお辞儀をする。

 続いて、俺は質問する。


「それで……、ここってどこなんですかね? ただただ真っ白で、自分が立てていることにも驚いているんですけど……」

 

 目を覚ました場所は、地面も空もどこまでも真っ白でどうやって立っているのかも分からなくなる、そんな空間だった。

 ほんの少し困惑している俺に、目の前にいる光の玉は呆れを隠さずに言った。


「はあー。あなたはなかなかマイペースな人間ですね。こっちが疲れるようなボケが来るとは思いませんでした」

「いやぁ、それほどでも~」

「褒めてないですよ……」


 テレテレと呆けると、今度は冷たいツッコミが返ってきた。

 光の玉のくせに、俺のことをジトっとした目で見ている気がする。

 でも、まあ、気のせいか……。


「それで、ここはどこなんですかね?」

「死後の世界、ですね」

「死後の、世界……。ああ、俺は死んだんですね~」


 聞こえた言葉ををしみじみと口に出す。

 なにをどう考えたのか、光の玉は俺を気遣ったように言う。


「そうです。あなたは死にました……。死んだという事実はかなりショックだと思います。いまはまだ時間がありますので、心の整理を――」

「いえ、大丈夫です」

「いや、ドライっ! なんでそんなにドライな口調なのっ! あのですね~、何かあるでしょう? 未練なり何かしらあると思うんですよ。だって、あなたは30年という時間を過ごしたわけですよ? やり残したこととかあると思うんですよ」

「やり残したこと……」

「そうです、そうです。思い出してください……。まだ時間のあるうちに、自分の中の鬱屈としたものを吐き出しましょう」


 光の玉は子供に言い聞かせるように、丁寧な口調で俺を促してくる。

 言われるままに、やり残したことを思い出していると、自然と口から言葉が漏れた。


「エロゲ……」

「そうです、そうです。やり残したのはエロゲ……、ってバカッ!! なんで最初に出てくる未練がエロゲなんですかっ!! 他にもあるでしょう!? 親兄弟のことだったり、恋人のことだったりっ!!」

「恋人? ……ハッ」

「いま鼻で笑いました? ま、まあ、恋人は良いとして家族のことはどうですか?」

「家族ですか……。言われてみれば、しばらく会っていなかったような……」

「そうでしょう、そうでしょう。思い出せば、何かしらあるものですよ? いまなら、家族の皆さんの夢に姿を見せることはできますが、なにかありますか?」

「なにか……、なにか……」


 なにか大事なことを忘れているような気がした俺は、必死にそれを思い出そうとする。

 

「パソコン……」

「ぱそこん?」

「そうだ!! パソコンのデータを消去するように頼まないといけないっ!!」

「ええっ?! そんなこと頼むんですか?!」

「大事なことですよっ!! パソコンの中には俺のエロゲやAVのデータが残ってるんですよっ!? 家族に俺の趣味がバレてしまうッ!!」

「そんなものバレてしまえっ!!!!」

「な、なんてこと言うんですかっ!! 死んでまで身内に恥を晒したくないんですよ!!」

「あ~、そういう理由ですか~。まあ~? 確かに~、自分の趣味がバレるのは良くないですよね~」

「なんか軽く流してません?」

「そんなことないですよ~」


 光の玉の声から察するに、おそらく女性だと思うのだが、なぜか俺は自然と話せている。

 そのことに疑問を持っていると、光の玉が話し出した。


「自然と話せるのは当たり前ですよ? ここでは精神的に弱っている人でも、普通に話せるように心がある程度安定するんです」

「へ? あれ、いま考えていることが口から出てましたかね?」

「いえ、私これでも神なので、考えていることぐらい分かりますよ?」

「ハァ?!」


 じゃあ……。


「じゃあ、なんで俺の茶番に付き合ってくれたんですか?」

「それはあなたが本当は寂しがっているのを分かっているからですよ」


 さっきまでのふざけた雰囲気はなくなった。

 光の玉は俺のことを曝け出す。


「あなたは会話に飢えていた。男性とはある程度話せていたのは知っています。でも、あなたは欲していたものがあった」

「欲していたもの」

「異性からの愛情です。同性との友愛は確かにありました。でも、あなたは友愛以上に異性からの愛情を欲していた。ただ、自分ひとりを見てくれる女性を求めていた……」

「それは……」

「あなたが自分の容姿にコンプレックスを抱いていたことを知っています。大学生の時や社会人の時にストレスを溜め、精神状態が不安定になっていたことも知っています。誰かに癒されたくて会話を求めていたことも知っています」

「……」

「あなたは深刻な雰囲気にしたくなかったようですが、私にそんな気遣いは不要です。自分の心のうちを話してみなさい。ここではあなたをイジメるものはいません。あなたを見下すものもいません。本当の未練を言いなさい」


 俺は口を開いた。

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