05.偶然と誤解と勘違い(2)

「……ところで、さっき聞こえてきた噂ですけど」


 ようやく席に戻って落ち着いたところで、ネイサニエルが声を潜めてそう言った。


「あー、あの噂か。言われてみりゃあそれっぽい・・・・・よな」

「んまあ、あの美貌じゃあ噂が現実になったって言われても納得だわねえ」

「ていうか、もうそうとしか・・・・・見えない・・・・んですけどね?」


「……えっ、そうか?多分違うと思うぞ?」


 第四小隊のメンバーまで噂の主がクレイルウィであるかのような話を始めて、思わずパッツィの本心が口をついて出てしまう。

 その横で早くも復活したフラートが再び席を立とうとして、すかさずトラシューに押さえ込まれる。


「アンタね、あれだけキッパリとフラレたんだから諦めたらどうなのよ!」

「それはさっきの話だろう?今なら気が変わっているかも知れないじゃないかフレンド」

「んなわけないでしょう!?隙あらば向こうの卓に行こうとしないで下さいよ!」


 ネイサニエルにも襟首を引っ張られ、フラートは強引に席に戻された。


「…………まあ、分隊長じゃねえのは確かだな」

「確かに分隊長も美人ですけど、でもちょっとなんか違うというか」

「なんで!?」


 そんな中でもパッツィの呟きを拾ってくれたのはいいのだが、スタッドもネイサニエルも言下に否定してきた。何故だ。


「んまあ、パッツィちゃんも最初はお貴族様っぽくはあったけどねえ」


 トラシューはおそらく、パッツィの出自を誤魔化そうとしてくれているのだろう。だが今のタイミングだと噂を肯定し、噂の主がクレイルウィだと言っているようにしか聞こえない。


「……そういやフラートおめえ、あの頃のパッツィですら平然と口説いてやがったな」

「そりゃ当然さ。ボクみたいな美男子には高貴な姫こそが似合うってものだよフレンド」

「アーニーさぁん、ロープ!ちょっとフラートさん縛っとくんで!」

「おいおいキッド、そりゃ無いだろう。自由の風が感じられなくなるじゃないか」

「フラートさんは自由過ぎてぼくらまで破滅しかねないんですよ!あと呼ぶなら“ネイト”にして下さいってば!」


「……そう言えば、クレイルウィさんってこの町にお兄さんがいるらしいですよ」

「「「「マジで!?」」」」

「んまあ。あんな子に似た美人・・なんて……」


 ネイサニエルに言われて律儀にロープを持ってきたアーニーが、ポツリと呟いた。それを受けてその場の全員の目が、ここまで一切喋らずずっとニコニコしていたサンデフに向いた。


「…………いたわね」

「……どっちも金髪」

「天使みたいな美貌……」

「「「「さては……!」」」」


 サンデフこそがクレイルウィの兄なのでは!?


「けれど、顔はあんまり似ていないわよねえ」

「父親が違うんだそうですよ」

「「「「じゃあ、やっぱり!」」」」

「ええと……」


 そしてサンデフは、苦笑しつつも否定はしなかった。


「おいサンデフ、お前確か24だったな?」

「はい、そうですよ」

「クレイルウィさんは今年18歳になると言ってましたね」

「父親が違うってえなら納得の歳の差だな」

「あはは……」

「サンデフさん、否定するなら今のうちじゃないです?」

「うーん、私からはご想像に・・・・お任せします・・・・・・、としか」


 いつの間にか、酒場中の視線がサンデフに向いている。もう誰の目にも、サンデフとクレイルウィは兄妹にしか見えなくなっていた。


「…………待って、アーニー?」

「はい、なんですか分隊長さん?」

「あなた、一体いつクレイルウィと会ったの!?」


 返事を返してくれたことに喜びを感じつつ、でも一方で驚きを隠しきれないパッツィである。


「いつって、ほら、こないだアルコールを診療所に届けるって言ったじゃないですか」

「あああ……あの時かあ……!」


 診療所へ行けばクレイルウィがそこにいる。言われてみれば当然のことだ。


「今日は患者さんが少なくて、診療所を早めに閉めたんだそうですよ。それで皆さんでお食事に来られたんだそうです」


 アーニーはクレイルウィ自身から、モルヴランが兄だと聞いているのでサンデフが兄ではないと知っている。それもあって、実はサンデフがクレイルウィの恋人なのではないかと密かに疑ってもいた。

 だが彼は、この場でそれを言わなかった。

 クレイルウィからは恋人の名を明かせないと言われたわけだし、アーニー自身も彼女とモルヴランが兄妹だと信じきれていない以上、その疑惑はサンデフがパッツィを狙っていないという自己の願望による根拠なき憶測にしか思えない。ちょうど目の前にサンデフとパッツィが揃っているのだから直接聞いてしまえばいいのに、確かめるのが怖くて、どうしてもあと一歩踏み出す勇気が出なかった。

 そしてパッツィはパッツィで、アーニーとクレイルウィとの関係を根掘り葉掘り聞き出したい。だがそれ以前に、久々にアーニーと会話ができたことに浮かれてしまって半分どうでもよくなっていたりする。


 結局のところ、この夜以降、『王都でやらかして逃げてきた貴族令嬢』がクレイルウィで、サンデフはその兄ということで、町中の認識が固定化されてしまった。

 誰もそれを明確に否定しなかった以上、それは仕方のない流れだったと言えようか。



 その後、食事だけで飲酒はほとんどしなかったクレイルウィたち看護助手グループは、早々に店を後にした。

 そして飲酒込みで飲み食いし談笑した第四小隊グループも、客が捌け始めた頃合いにはお開きとなった。椅子に縛られたままほとんど飲み食いできていないフラートは椅子からだけ解放されて、トラシューが責任を持って家まで送り届けることになった。


「なあフレンドたち、そろそろこの“夜闇のあぎと”から解放してくれてもいいんじゃないかい?」

「またそんな小難しいこと言っても無駄ですよ。ロープは解きませんからね」

「んまあ、フラートちゃんのおうちに着いたら外してあげるわよ」

「それじゃあ漆黒の大空へ羽ばたけなくなるじゃないかベイビー」

「“キッド”からさらに幼児化してる!もう絶対に解いてあげません!」

「今夜はダメよフラートちゃん。あとお母様にも全部報告しといたげるわ」


 フラートはこのゴロライの町で、年老いた母とふたり暮らしだったりする。普段はフラフラと遊び歩き、女性をナンパしその家に上がり込んで抱いては捨てるようなクズ野郎だが、そんな彼が母親の前でだけは聞き分けのいい孝行息子であるというのは、付き合いの長い第四小隊員や直接の上司であるパッツィぐらいしか知らない驚きの事実である。

 だがそれだけに、そんな自分の日頃の行いを母親に報告するバラすと脅されたフラートはビクリと震えて、途端にオロオロし始めた。


「待ってくれフレンド、それは、それだけは」

「ダメよぉ。アンタの元にもちゃんと徴税官は・・・・のよ」

「おおお……なんて非道な……!まさかフレンドが吸精魔インキュバスだったとは……!」

「だぁれがインキュバスよ!それを言うならサッキュバスって言いなさいよ!」

「トラシューさん、拘るとこ性別そこじゃないですよね!?フラートさんのペースに呑まれてますよ!?」


 などと漫才コントみたいなやり取りをしつつ、トラシューとネイサニエルは嫌がるフラートを引っ立てて行った。

 サンデフも「今夜はとても有意義な夜でした。皆様に改めてお礼を」と優雅に腰を折り、夜の町へと帰っていく。それを見送ってから、残ったスタッドとパッツィもそれぞれ帰路についた。


 店に戻って飲み直そうかと一瞬考えたパッツィだったが、暇になった店内でアーニーに塩対応されたら立ち直れなくなると気付いて、今夜のところは大人しく帰ることにしたのだった。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 その日の深夜。寝静まった町を黒い影・・・が音もなく移動していた。

 それに気付く者は誰もいない。人通りがほとんどなくなっているせいもあるが、仮に目撃者がいたとしても黒い影には気付なかったことだろう。

 それほどに、黒い影は夜闇に溶け込んでいた。まるで[隠蔽]の魔術を使っているかのようだ。


 しばらく移動して、影は一軒の小さな家へとたどり着く。大通りから少し入った場所にある、賃貸物件として貸し出されている、居間と寝室と水回りだけの小さな建物だ。

 ここには最近越してきた、若い娘がひとりで住んでいる。


 影は玄関扉に忍び寄り、小さく二度、三度、二度と独特のリズムをつけてノックした。

 しばらく待っていると、返事もないままに扉がそっと開いた。開く音さえ周囲に聞かれないよう配慮したのではないかと思えるほど扉はゆっくりと、そして静かに開けられたのだ。

 中から顔を出したのはクレイルウィだった。


「……誰にも見られてない?」

「大丈夫だよルウィ・・・。母上の姿隠しの外套クロギン・キディオがちゃんと効いている」


 心配そうに小声で来訪者に声をかけたクレイルウィは、その返事を聞いてホッとしたように微笑んだ。

 来訪者が目深に被っていたフードを後ろに落とした。その中から現れたのは輝かんばかりの柔らかな金髪と、天使の如き美貌。——そう、サンデフだ。


「ずっと逢いたかった、サンディ・・・・

「ああ。僕もだよルウィ」


 一瞬にして表情を崩したクレイルウィが、辛抱たまらぬといった様子でサンデフに抱きついた。それを優しく受け止めつつ抱き返したサンデフは、胸元に顔を埋めてくるクレイルウィの顎に指を添えて持ち上げると、そのまま彼女にキスをした。


「ん……んっ……」


 交差させた互いの顔、半開きになった唇を合わせて、貪るような濃厚なキス。舌を絡め、互いの唾液を混ぜ合わせ、何度も何度も、深く、長く。

 クレイルウィは頭ひとつ背の高い彼の首に腕を回し、サンデフは彼女の腰を強く抱く。まるでそのままひとつに融け合ってしまいそうなほど、それは激しく情熱的なキスだった。


 長い長いキスのあと、どちらからともなく唇を離した時には、クレイルウィの表情はもうすっかり蕩け切っている。


「済まない。十日ぶり・・・・で我慢できなかった」

「ううん、私も。もう我慢できないから……」

「それにしても、さっき・・・は驚いたね」

「ふふっ。まさか酒場で会えるだなんて思ってなくて、思わず微笑んじゃった」

「僕もつい微笑み返したけど、誰にも気付かれなくて良かったよ。さ、人に見られないうちに入ろう」

「サンディもここに住めばいいのに」

「それだと付き合っているのがバレるから駄目だ、って言っただろう?それに、僕はこうやって君と顔を合わせる瞬間が一番好きなんだ」

「……ふふっ、私も♡」


 そうして男と女は、寄り添い抱きあったまま、部屋の中に消えていった。扉が閉められ、あとには静寂に包まれた闇だけが残った。


 その夜、中で何が行われていたのかは、漏れ聞こえてくる声を夜通し聞かされていた近隣住民だけが知っていることだ。

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騎士隊長と給仕の彼〜女らしくない私なのに、どうしてこの子は執心してるの!?〜 杜野秋人 @AkihitoMorino

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