底の底
う……ん。
温かい……。
意識がぼんやりと浮かび上がる。
池の中……? いや、それとも浅い温泉の中……?
湯気がゆらめき、周囲の景色がぼんやりと揺れる。
「あ、あれ……? ここは一体どこなんだ!? おわっ! わ! うわっ!」
俺は反射的に転がるように四つん這いになり、何もない場所へと必死に逃げた。
「滝つぼの底の底みたい」
「お兄!? 底? 底の底って……何の底のこと!?」
「オークの木の根が絡み合い、砂が積もっているせいで水がせき止められているみたい」
「え? そんな事ある?」
ゆっくりと顔を上げ、洞窟の天井を見上げた。
あそこから俺たちは落ちてきた? だが、どうやって……?
「いや、違う! お兄、俺が言ってるのはそこじゃない!!!」
先ほどまで俺がいたところ。
今は俺の視線の先であるそこには、幾十もの骸骨が温かい水に晒され、静かに沈んでいた。
しかし、不気味という感情は不思議と湧いてこなかった。
その白骨は、ただ朽ち果てた存在ではなく、整然と並べられていた。
それと環境のせいだ。
奇妙なことに、洞窟の奥深くにもかかわらず、驚くほど明るかった。
そして、水は驚くほど温かかった。
触れた瞬間、まるで人肌のようなぬくもりが指先に広がる。
「ここは墓場みたいなものなのかしら?」
沈んでいる骸骨を見つめながら呟いた。
水面がゆらりと揺れて、それらの影を微かに歪ませる。
静寂が支配するこの空間に、死者の気配があるような気がした。
「簡易に作られた霊牌台のようなものがあるから、そうかもしれないな。誰かがここに来ているのかも?」
奥には整えられた霊牌祭壇ではなく、木の板を雑に組み合わせたものを霊牌祭壇に見立ててあるだけだった。
そして、木の枝にひっかけてある白い提灯が暗い箇所がないように色々な場所に立てかけてある。
その中には小さな炎が揺らめいていた。
お兄はその場所に近づき、祭壇の粗末さに一瞬目を留め、少し考えて答えた。
「人が来てるかもしれないし、来てないかもしれない。この提灯の灯りに使われているのは冥府の実という木の実なの。この冥府の実は、一度火を灯せば半年くらい燃え続けるのよ。だから、最近誰かが来たかどうかは、これだけじゃわからない」
「なるほど……」
俺はしばらく沈黙し、洞窟内に耳を澄ませた。
誰の気配もしない。
ただ静かに、水の音が反響している。
「今はここには誰もいなさそうだな」
俺は深く息を吐き、体から力が抜けるのを感じた。
ここには、今のところ危険はないーーそう思うと、ほんのわずかだが、安心できた。
それは、この洞窟の明るさと空気が妙に暖かかったからかもしれない。
水、そして、洞窟内は、外の世界が秋風に冷たく染まる時期にもかかわらず、異様なほどの温かさを帯びていた。
「温水……まるで温泉?」
「そうみたい……。この骸骨は……多分、本来の
「え? 本来の
ゾワッと、背筋が氷の刃のように切り裂かれた感覚に襲われる。
この小さな池に散らばる骸骨の数は想像を絶していた。
その中には、小さな骨も混じっていた。
大人のものとは違うーー小さく、細い骨。
その時だった。突然、洞窟の空気が変わった。
洞窟を満たしていた明かりが、一瞬で薄れた。
まるで誰かが手で覆い隠したかのように、空間は白い靄が立ち込めていくーー。
「ん!? お兄!?」
「
自分たちの周囲の空気が揺らぎ、白い靄が現れる。
最初は幻かと思ったがーーそれは、ゆっくりと形を持ち始めていた。
目を擦るその一瞬で、〖存在〗となった。
それも一体ではない。
数十体の
「……お前たちは何者だ?」
闇の群れの中から、一際大きな幽魂がゆっくりと進み出る。
纏った白い
「お兄……、俺は生きてる?」
「
声が震え、喉の奥で詰まる。
目の前の光景が現実なのか、それとも悪夢なのか、判断がつかない。
お兄は、不安げな顔をしながらも、ためらいなく俺の頬をフニフニとつまみ始めた。
「
「いや、俺で確認しないでくれ!」
お兄の声は落ち着いているようで、どこか緊張が滲んでいる。
でも、お兄がふざけてくれたおかげで、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
いや、完全にはほぐれてないけど。
幽魂がガン見してるし。
「いや、だってなんか死者っぽいのがいる……幽魂って言うんだっけ……」
「私も見たのが初めてなの……幽魂」
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