本来の郷民
「何者?」「双子?」「誰?」「見たことない」「旅人?」「知らない」「仲間?」「女男?」「隣郷?」「友達?」
囁きにも似た不規則な言葉の連なりが、次第に大きなざわめきへと変わる。
声の重なりは不協和音のように響き渡り、周囲の空気がますます重く淀んでいく。
「……お前たちは何者だ?」
目の前に近づいてきた
「生贄の
「生贄の花嫁ですわ」
やはり双子なだけあって、息がぴったりと合う。
「……生贄の
幽魂の声には戸惑いが混ざっていた。
周囲に漂う白い霧が揺らぎ、不穏な気配がますます濃くなる。
「お前たちが望んだことだろう? 郷にいる山賊にさ!」
「あの……、
お兄の静かに紡がれた言葉には、揺るぎない覚悟が込められていた。
「ハッ! 生贄だと? 笑わせるな!」
その存在の声は怒気を含み洞窟の空気が震える。
一瞬にして、肌に触れる空気の温度がグンと下がり周囲の空気がひやりと冷え込む。
「それにお前たちは余所者だろう?」
「がっつり余所者だ」
「もちろん余所者よ」
「俺たちは1週間前にこの
自らの言葉が静寂を切り裂き、壁にこだまする。
幽魂はじっとこちらを見つめ、わずかに距離を詰めてきた。
「お前のその剣!?」
剣?
なんで剣のことを言いだした?
「…………いや、我々の
低く響く声が空間を支配する。
幽魂は翻り、まるで手品のように消えた。
先ほどの幽魂の消失を合図に、周囲の大人の幽魂が同時に消える。
俺は「どうか、しばしお待ちくだされ」と言った幽魂を待つのが正解なのか迷いが脳裏をよぎる。
しかし、周りの幽魂も俺たちを囲んでいて、大人しくするしかなかった。
「そういえば、さっきまで厳しい口調だったのに、やけに丁寧になったのはなぜだろう?」
「そういえば、そうね。なんだか不思議ね」
お兄は「言われるまで気がつかなかったわ」と続けて呟いた。
子供幽魂が俺の桜色の華服の袖を摘まむ。
「うおっ! 姉貴、俺の後ろにーー」
「無理しないで、リウ……」
ん? お兄?
お兄は「リウ」と俺の名前を当たり前のように呼んだ。
気のせいか……俺が姉貴って間違って言ったからーー。
前世の話を何度もしているから、「俺はリウって名前だったんだ」って言ったかもしれない。
3時間経過……
「ーーお兄! 逃げようよ?」
「だめよ、『どうか、しばしお待ちくだされ』って言っていたでしょ?」
「えーー?」
浮遊する子供幽魂たちは、警戒心を解いたのか、お兄と楽しげにおままごとをしている。
とその時、低い声と共に消えた幽魂たちが現れた。
「お待たせいたしました。かの忌まわしき山賊どもを討ち滅ぼして参りました」
「はい!?」
「ええ!?」
あっさりと、その何かがいう。
え……? 三十人近くいたはずの山賊を……本当に?
「これはそなたさまの持ち物でございましょう? 山賊どもが奪い合おうとしておりましたが、無事取り戻したのでお受け取りくだされ」
「あいつら!!」
俺は、幽魂から服を「どうも」と受け取る。
「あれ? 今さ、滅ぼしたって言ったよね?」
驚くほど淡々とした口調で語られた山賊を滅ぼしたという事実を忘れるところだった!
「左様でございます。我らの先祖から託されていたこの地を蹂躙していた不埒な山賊どもを、亡ぼしました」
「亡びればいいんだよ!」
「
「私はーー」「わたしはーー」「わしはーー」「わたちはーー」「私はーー」「俺はーー」「僕はーー」「自分はーー」
次々に名乗りを上げる幽魂たち。
「私はかつて旅商人だった」
旅商人が本当にいた!
山賊が語っていた旅商人ーーそれはただの作り話ではなく、本当に存在していたのだ。
「旅商人だった我らがこの郷へ足を踏み入れた時……そこは飢饉に苦しみ、さらに山賊による蹂躙に苛まれていた」
彼の声は静かだったが、そこには深い痛みが込められていた。
「わずかばかりの食物と薬ーーそれを惜しまず分け与えた。しかし、それだけでは郷民を救うことは叶わなかった……」
その口調に沈痛な響きが加わる。
「やがて、山賊どもが我らを襲い……わが息子、従業員二人を無惨にも殺した。唯一の用心棒に逃げ延びるよう言ったはずだがーー」
さぞかし無念に違いない。
「気が付けば、我らはこのような有様となっておりました。そして、かの者どもが繰り返してきた暴虐を断つべく、我らは呪いを施しました。この郷を穢した者たちが、二度と外へ逃れられぬようにと」
「生贄は?」
俺は静かに問いかけた。
「生贄などーー我らの求めるものではございません」
郷長は、揺るぎなく言葉を紡ぐ。
「なんだって? あいつら生贄を捧げれば、解放されるとか思っていたけど」
「解放するなど。生ぬるい。我らはじっくりと時間をかけ、山賊同士で同士討ちをさせるつもりでした。しかし、他者を巻き込むことは本意ではなかったのです」
「それで、さらなる被害がでないように山賊を滅ぼしたとーー死んで当然だな」
お兄の周りには年端も行かない子供の幽魂が浮遊している。
無垢な瞳でこちらを見つめる彼らは、何も知らぬまま、この世を去ったのかもしれない。
「お兄!?」
お兄は、目の前でおままごとをしている子供の幽魂をそっと抱きしめた。
実体はないはずなのに本当に抱きしめてなぐさめているようだった
「……」
「そなたさまの兄上は、実に優しき御方でございますな」
「……そこが心配なんだよな」
俺は微かにため息をつく。
優しさは強さにもなり得るーーしかし、それは時に、危ういものでもあるのだから。
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