風の大精霊様と対面しました。

「お待たせ!」

「そんなに待ってないし、大丈夫だよ。」


僕が世界樹ユグドラシルの根元でリアの帰りを待つこと数分。弾むような足音と共にリアが樹の階段を降りてくる。


「ご機嫌だね。何かいいことでも教えてもらったの?」


僕がそう聞くと、


「うん!……あ、でもユーリには内緒だよ。」


と、笑みを浮かべたままリアは答える。


「……ま、いっか。とりあえず……。」


そう言って僕は、小さな木製のロケットを取り出す。


「この辺りにいるときは、絶対にこれをつけるようにしてね。」

「これは?」

「この集落で作られたロケットだね。これをつけてれば、森の影響を受けなくなるよ。」


そしてリアがロケットを首にかけたことを確認し、僕は森の方を向く。


「……それじゃあ早速、風の大精霊様に会いに行こうか。」






「── 着いた。」

「本当?本当にここで合ってるの?」


森の中を歩くこと約1時間。僕とリアは、森の中の、不自然に開けた辺りに到着した。


「合ってるよ。」


開けてこそいるものの何もないこの場所に、本当にここが目的地なのかと疑問の声を上げるリア。そんな彼女に僕はそう返しつつ、二言三言の短い詠唱をする。すると、


「!嘘……!」


僕たちの目の前で空間が揺れ、小さな割れ目ができる。それはどんどん広がっていき、やがてその中から石造りの寺院が姿を現す。所々に蔦が巻きつき、自然の一部となっているそれは、どこか不思議な存在感を放っていた。


「……これを見るたび思うけど、森人エルフって何でこうも大事なものを隠したがるんだろうね。」


僕はそう小さく呟きつつ、寺院の中に入っていく。


── 寺院の中は、その見かけとは裏腹に隅々まで綺麗にされており、通路の石も滑らかに磨き上げられていた。


「……なんか、思ってたより綺麗だね。」

「多分、風の大精霊様が綺麗にしてるんじゃないかな。気分屋だけど、意外と綺麗好きだからね。」

「もしかしてユーリは会ったことがあるの?」

「うん。あの集落の人なら一度は会ったことがあるんじゃないかな?」


風の大精霊様は基本的に気の向くままに暮らしているからか、他の大精霊様とは違って人前にもよく姿を見せる。僕の場合だと、この集落を離れる少し前に大精霊様の方から会いに来てくださった。


「……ここだよ。」


そんなことを話しながらたどり着いた石造りの扉を開くと、その先にある部屋の中央で1人の少女が寝転がっていた。


── 透き通ったような翠色の髪の、非常に顔立ちの整った少女だ。口元をだらしなく緩ませながら幸せそうに眠る彼女は、一見普通の少女にも見える。だが、その身体からは魔力の燐光が仄かに漏れ出ており、その少女がただの人間ではないことが窺える。


「シルフィード様、起きてください。」

「ちょっ、ユーリ!?」

「大丈夫大丈夫。」


そんな彼女に向け、僕は小さな雷を放つ。そんな僕の行動にリアが声を上げるが、僕はそう答えつつ風の大精霊 ── シルフィード様の方に顔を向ける。


「うみゅ……?なんかピリッとしたような……?」


すると、僕の放った雷で目を覚ましたシルフィード様が、そんな声を上げる。そして、


「あ〜!ユーリじゃん!久しぶり〜。」


僕のことを見つけると、まるで友達に話しかけるかのようにそう声をかけてくる。


「お久しぶりです。」

「ユーリがこっちに来るなんて珍しいね〜。何か用事?」

「精霊王様からの依頼です。」


僕がそう言うと、シルフィード様は面白い、といった様子で少し目を細める。


「……ふぅん。つまり、ボクと盟約を結びにきた、ってことかな?」

「その通りです。」

「ボクが前にそれを頼んだ時には断ったのに?」


そして彼女から発された問いに答えると、彼女は少し僕のことを責めるような口調でそう口にする。


── そして、そんな彼女の内心を表すかのように、部屋の中に風が吹き荒れ始める。


「あの頃は、今ほどの余裕もなかったですし、きっと盟約を結んでもうまく力を扱えなくなるだけでしたから。」

「……じゃあ、今ならボクの力を扱える、と?」

「多分ですが。」

「へぇ……。あのユーリが、言うようになったじゃん。」


シルフィード様を中心に吹き荒れる風が徐々に強まっていく中、僕は怯むことなくそう答える。そんな僕の答えを聞き、彼女は興味が湧いた、と言わんばかりの声を漏らし、風を止ませる。


「それじゃあ、証明してみてよ。ユーリが、ボクの力を扱えるだけの実力を手に入れたってことを。」


そして、彼女は見た目からは想像もつかないような獰猛な笑みを浮かべ、そう口にする。


「分かりました。……それで、何をするんですか?」


僕は挑戦的な笑みを浮かべつつ応え、何をするかを聞く。


「何、簡単なことだよ。」


するとシルフィード様は天井を指差す。すると、ひとりでに天井が開き、次の瞬間僕たちは空中に打ち出される。


「── いつもと同じルールで、期限は日が落ちるまで。それまでに、この森のどこかに居るボクを、捕まえてごらん。」


そして、僕たちが姿勢を立て直すより早くシルフィード様はそう言って、どこかに姿を晦ましたのだった。

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