精霊術士の両親の住む、小さな集落です。

「な……!?ソフィア様!?何を言って……!?」


母さんの言葉に、門番の男性が驚いたような声を上げる。


「あら……?……あ、そういえば、あなたがここに配属されたのは2年前だったわね。それならユーリのことを知らなくても仕方ないわ。」


その様子に、母さんは少し不思議そうな表情をした後で、納得の表情を浮かべる。


「どういうこと?」


そんな母さんの言葉を聞いて、リアが小さな声で問いかけてくる。


「ああ、リアには言ってなかったね。実は、この集落に帰ってくるの大体三年ぶりくらいなんだよね。」

「え?そうなの?」

「うん。……あんまり大きな声で言えることじゃないんだけど、この集落って子供を育てるのにはあんまり向いてないんだよね。」

「なんで?」

「この集落、自然的な環境はいいけど社会的な環境はあんまりなんだよ。そもそも長老を含めてとんどの森人エルフは排他的だからね。」


── 確かにここは自然的な環境はほかの場所に比べて頭一つ抜きんでている。だけど、ここの人たちは変化を嫌う。だからこそ、色々な"新しいもの"に触れて育っていく子供には合わないんだ。


「だから僕もここで暮らしてたのは2歳くらいまでだし、帰ってくるのも数年に一回なんだ。……で、前に帰ってきたのは3年前。それから一回も帰ってきてないから、あの人は僕のことを知らなかったんだよ。」

「そういうことだったんだ。」

「── これなら、見せたほうが早いわね。ユーリ。」


すると、母さんが僕に声をかけてくる。


「何?」

あれ・・、見せなさい。」

「え?いいの?」

「それが一番早いでしょう?」

「ま、それもそうだね。」


そんな母さんの言葉に僕は頷き、とある魔法を発動する。


「樹魔法、グロウ。」


そう僕が唱えると、僕の足元に生えていた小さな草が僕の膝くらいの高さまで成長する。


「こ……これは……!」

「これで分かったでしょう?」

「は、はい!……先ほどは、申し訳ありませんでした!」


その様子を見、門番の男性は大きく目を見開くと、僕に向かって頭を下げてくる。きっちり90度腰を曲げた、きれいな礼だ。


「別に気にしてないから、大丈夫だよ。」

「ふふっ。」


その謝罪を笑って受け止めた僕の様子に、母さんが笑みを漏らす。


「何?」

「ユーリは変わらないなって思っただけよ。……それじゃあ、行きましょうか。」


そのことに僕が問いを発すると、母さんはそう言葉を返し、集落の中へと入っていく。


「僕たちも行くよ。」

「う、うん!」


そんな母さんの後に続いて、僕とリアは集落の中に入っていくのだった。





「── とは言っても、他の町以上に何にもないところなんだけどね。」

「ううん、そんなことないよ!あんな風におっきな木をそのまま利用して家を建ててるところとか、ほかの町じゃ見たことないもん!」

「そう?子供の秘密基地とかでよくあるツリーハウスだけど?」

「あんなのとはレベルが違うよ!」

「へー……。……じゃあ、あとで長老の家も見に行く?世界樹ユグドラシルにくっついてるんだけど……。」

「行く!」

「── ハクメイ向こうからの手紙にも書いてあったけど、本当に仲がいいのね。」


物珍しさにきょろきょろと周りを眺めているリアと、解説をしながら雑談もしている僕を見て、母さんがそう口にする。


「そう?母さんたちほどじゃないと思うけど?」

「十分よ。……これなら任せても大丈夫そうね。」

「ん?何か言った?」

「いいえ、独り言よ。」


そんなことを話しながら歩くこと十数分。僕たちは集落の端にある一軒の家にたどり着く。


「着いたよ。」

「へ~。ここがユーリのお母さんたちの家なんだ……。」

「ほかの家みたいに木を利用してはないけど……。」

「ううん!すっごく暖かくて、いい家だと思うよ!」

「とりあえず上がって。色々話しておきたいこともあるしね。」

「わ、分かった!」




「── それじゃあ旦那を呼んでくるから、しばらく待ってて頂戴ね。」

「うん。」

「分かりました。」


居間の卓袱台を囲むように座っていると、母さんがそう言って部屋を出ていく。


「……リア。」

「な、何!」


しばらくの沈黙の後、僕はリアに問いかける。


「……なんか、緊張してる?」

「そんなことないよ!?」

「じゃあ、何で耳がピンってしてるの?」

「うっ!?」


僕がそう指摘すると、リアは一度体を跳ねさせると、しゅんとした表情を見せる。


「……もしかして、僕の両親への挨拶だから?」

「……うん。」

「なるほどね。……でも、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。二人とも優しいし、いい人だし、アイリが手紙で僕たちのことを伝えてたみたいだしね。」

「で、でも……。」

「……それに。」

「……それに?」

「……僕が背中を預けてもいいって思えたのは、リアが初めてだからね。」

「ふぇっ!?」


僕が恥ずかしさを抑えてそういうと、リアは素っ頓狂な声を上げる。そして徐々に頬を赤くしていったかと思うと、あうあうと声にならない声を上げ始める。


「あら~。やっぱりいい感じじゃない。」


その様子に僕も恥ずかしくなってきて、頬が熱くなってきたことを感じながら少し視線を外す。そして再び僕たちの間を沈黙が満たしていると、不意に母さんが戻ってくる。


「!?いつからそこに!?」

「ユーリが「背中を預けてもいい」って言ったあたりからかしらね?」

「うっ!?」


── よりによって一番恥ずかしいところじゃん!?


「これなら安心してユーリを任せられるわね、あなた。」


そんな母さんの言葉に僕たちが顔を赤くしていると、母さんが後ろを振りむいてそう声を発する。


「── そうだな。」


その声に返事をしつつ、扉の奥から父さんが姿を現す。


「えっ……。」


そしてその姿を見たリアが、思わずといった様子で声を漏らす。だが、それも仕方ないことだろう。なぜなら、


「久しぶり……ってまた無茶したの?」

「ははは……。ちょっとな。」


そう答える父さんの身体は、精霊と同じように、魔力でできているのだから。

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