一人の精霊術士がおりました。

「はぁ……。」


チェブリス王国王都近郊のとあるダンジョン内。僕は今日何度目か分からないため息をつきながら、先を行く四人の背中を眺めていた。


── あ、自己紹介がまだだったね。僕はユーリ。どこにでもいるような白っぽい灰色の髪に翠色の瞳の、しがない精霊術士だよ。


「何だ?何か不満でもあるのか?」


そう僕に聞いてくるのは、僕の所属するパーティー、『黒鉄の飛翼』のリーダーにして重戦士の天賦ギフトを持つ、ゲイルだ。全身を覆う全身鎧フルプレートアーマーや背中に背負った大剣のおかげか、その姿はCランク冒険者とは思えないほどの貫禄を感じさせる。


「不満っていうほどでもないけど……その退魔香を焚くのをやめてくれないかな?匂いのせいで集中できないし、精霊も逃げ ──」

「またそれですか。そんなだからあなたは落ちこぼれなんですよ。」


僕の言葉を遮るようにして口を挟んできたのは、同じく『黒鉄の飛翼』に所属する、魔法使いの天賦を持つ黒目黒髪の男性、ルキウスだ。


「そもそも、普通の精霊術士なら退魔香の影響下でも問題なく精霊魔法を使えるんですよ。それなのにあなたは……。」

「それは他の人たちが精霊たちを無理やり従えてるだけで……!」

「まあまあ、そのくらいにしておいてあげましょう。今だってこうして全員分の荷物を持ってくれているじゃないですか。」


そんな彼の言葉を遮ったのは、神官の天賦を持つ焦茶色の髪と瞳の女性、アズサだ。だが、一見僕を擁護しているような態度だが、その瞳には明らかな嘲笑が浮かんでいる。


「そうそう。それに、匂いに関しても仕方ないことだしね〜。なんてったって、エルフへんじん獣人マガイモノの血を引いてるし、仕方ないよ。」


そう言葉を発すのは、細剣使いの天賦を持つくすんだ金色の髪と瞳の女性、シンディだ。


「それもそうだな。……しかし、何でまたユーリはこんなに使えないんだろうな。」

「そうですね。世の中にはあの『流離の旅人』のような方もいらっしゃるのに。」

「ルキウス、あの方とユーリを比べるのは彼女に失礼ですよ。」

「そうそう。あの方に比肩できるのなんて、彼女が唯一取ったっていうお弟子さんくらいじゃん。」


そんなことを四人が話している中、僕は拳を握り締め、荒れ始めた心を押さえていた。


── 世間一般的に見て、精霊を無理やり使役している精霊術士が多いのは、悲しいけど事実だ。そのほうが安定して精霊魔法が使えるし、何より手間がかからない。だけど……そのせいで、ここ最近人間に協力的な精霊の数が目に見えて減ってきている。それに……僕の家族のことをああも言われるのは、許せない。……師匠の命令でこうしてパーティーに所属してたけど、もう我慢の限界だ。


「ねぇ。」

「ん?何だ?」

「今からの戦いが終わったら、僕、このパーティー抜けるね。」


僕がそう言うと、ゲイルは満面の笑みを浮かべながら、


「そうか!やっと気づいてくれたか!……お前がいなくなると寂しくなるが、頑張れよ!」


と、上機嫌で僕の肩を叩いてくる。


── よし、言質は取った。


「それより、今からの戦いとは?退魔香を焚いている以上、モンスターが現れるなんてことは……。」

「あれ?まだ気づいてないの?……まあいいや。エル。アス。お願い。」


ルキウスの言葉を無視し、僕は誰もいない空間に向けて声をかける。


〈もう我慢しなくていいの?〉


すると、誰もいないはずの空間からそんな少女の声がする。


「いいよ。全力でやっちゃって。」


〈やった!それじゃあ……!〉


そんな声がすると同時に、僕の目の前に風の障壁が展開され、四人が腰に掛けていた退魔香が突風で吹き飛ばされる。そのまま地面に落ちた退魔香はその中身を飛び散らせることなく岩で出来たドームに覆われる。


「いきなり何を……!」


ゲイルが何かを言おうとするが、その言葉が終わるより早く、障壁にどこからともなく飛んできた炎弾が着弾し、爆発する。


「!?」

「何者です!?」

「って……あれは……!?」

「まさか……ワイバーン!?」


土煙が晴れ、炎弾を放ってきた相手が視認できるようになる。その相手を見た瞬間、四人は各々違った反応を見せる。だが、共通して、そこには圧倒的強者に対する恐怖がにじんでいた。


── ひー、ふー、みー……十体か。これなら……。


「レイ。」

〈なに~?〉

「あいつらちゃっちゃと処理しちゃいたいし、久しぶりにあれ・・、やるよ。」

〈えっ!?いいの!?〉

「うん。」

〈やった!……それじゃあ、行くよ?〉

「うん。」

「〈炎葬えんそう。〉」


僕たちがそう唱えた瞬間、ワイバーンの群れの中心に小さな火球が現れる。それは一瞬で巨大化すると、ワイバーン達を焼き尽くす。


「ふぅ……これでよし、と。」


一片の塵も残さず消失したワイバーン達を見て、僕はそう呟く。


「お、お前……。」


あ、こいつらのこと忘れてた。……まあ、言質はとってるし、もう良いよね。


「じゃ、そういうことだから。」

「あっ、待て……!」


ゲイルが何かを言おうとするが、僕は無視してダンジョンの奥へと向かって歩いて行くのだった。

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