第2話 幽霊男子、幽霊にびびる


朝。

気持ちよく目が覚めたと思ったら、まず目に入ったのは──美少年の寝顔だった。


「……ん」

「あ、起きた。おはよう、悠真」


白い肌にさらさらの黒髪。寝ぼけた顔で布団を抱えてるその姿は、天使かアイドルか、それとも──推し霊。


「おはよう。って、おい、近い!てかなんで俺の布団にいんの!?」

「いや、朝起きたら自然に……てかお前が抱きついてきたんだよ!?」


そう言われて、ふと気づいた。

片腕が、蓮の腰にがっつり回ってる。しかも、なんか柔らかい感触が──


「……これ、当たってない?いや、どっちのとは言わんけど!」

「お前の手ぇー!! 完全にやらかしてるやつぅぅ!!」


蓮、顔真っ赤。俺もさすがに焦って離れたけど……ちょっとだけ惜しいと思ったのは内緒だ。





夜、屋敷の一角でPC作業をしていた俺。

背後から忍び寄る気配を感じて振り返ると──蓮が、びくびくしながら立っていた。


「なあ悠真……ちょっと、今変な音しなかった?」

「え、いや特に──」


パチン。

照明が、急に消えた。


次の瞬間──

カタ、カタカタ……と、押し入れの戸が自然に開いていく。


「……」

「……おい蓮、今のって」

「俺じゃない!! 完全に“別”のやつ!!」


そう叫ぶや否や、蓮が俺の背中にダイブ。思いきりしがみついてきた。


「ちょ、ちょっとお前……幽霊だろ!?」

「だーかーらー!俺はちょっと人より霊感強いだけの未練型幽霊であって、“あれ”みたいなガチ呪い系は無理なの!」


涙目になって震える蓮を見て、俺はふっと笑ってしまった。


「お前……守られる側の幽霊ってなに。可愛すぎるんだけど」


蓮は俺の背中にぴったり貼りついたまま、震えていた。

さっきまでのラッキーすけべ空気が完全に吹き飛んでる。これじゃラッキーでもなんでもない。


「……この屋敷、まだ他にもいるのか?」

「わかんない……でも、今の感じ……気配、すごく近かった。しかも……懐かしいような……」


蓮がぽつりと呟く。

その目はどこか遠くを見ていた。


さっき勝手に開いた押し入れをもう一度ゆっくり開けると、中には古い木箱があった。

中身は、写真と手紙、そして一冊の手帳。


「……この人、蓮?」

「……うん。多分、俺。これ、高校くらいのときの……」


写真には、笑う蓮と、もう一人の少年が写っていた。

短髪で、口元にほくろのある──どこか面影のある顔。


「こいつ、誰?」

「たぶん、幼なじみ……だった。すっごい仲よかった。あいつ、いつも俺にノート貸してくれて……」


蓮が手帳に触れた瞬間、また──屋敷が軋んだ。


まるで、“思い出した”ことが、何かを呼び起こしたみたいに。



「……なんで今、思い出したんだろう」

「たぶん……お前のこと、忘れられなかったんだと思う。お前も、ちゃんと思い出してくれるのを、待ってたんじゃないか?」


押し入れの奥、そこにある空気が少しだけ温かくなった気がした。

蓮は手紙を手に、ふわっと微笑んだ。


「……ありがとう。俺、ちゃんと生きてたんだな。あいつと、笑ってた時間が……あったんだ」


蓮がそう言った瞬間、部屋に満ちていた圧がすっと消えた。

電気が戻り、空気が軽くなる。




心霊現象──終息。




「なぁ、悠真」

「ん?」

「……ありがとう。怖かったけど、お前がいてくれてよかった」

「なにそれ、惚れた?」

「……は!? なっ……バカかお前!」


顔を真っ赤にして手でばしばし俺を叩いてくる蓮。

……でも、その頬の緩み方は、明らかに照れてるやつだった。


「幽霊と一緒にいるのって、やっぱ悪くないな」

「……あとで呪う」

「はいはい、どうぞお好きに」


俺は笑って、蓮の頭を軽くぽん、と叩いた。

ふわりとした髪と、そこに確かにある“あたたかさ”が、妙に愛しかった。

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