お姉ちゃんだから、の呪い

広川朔二

お姉ちゃんだから、の呪い

朝の食卓に並ぶ皿の数は四つ。でも、特別大きなパンケーキは一枚しかなかった。


「美優の分は大きいのにしてあげて。あの子、好きだから」


母のその言葉に、咲良は黙って一番小さいパンケーキを皿に乗せた。それが、いつもの日常だった。家族の中で、咲良は“お姉ちゃん”という役割を与えられていた。何があっても譲ること、黙って支えること。間違っても「自分が欲しい」なんて言ってはいけない。そうやって育てられてきた。一年早く産まれた、ただそれだけで。


幼い頃、彼女が泣いたとき、母はこう言った。


「お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい。美優の方が小さいんだから、ね?」


その言葉は、まるで呪文のようだった。間違いを正すのではなく、咲良を黙らせるためだけの言葉。いつしか咲良は「感情を殺す」ことが上手くなっていた。


誕生日は二日違いだからと、いつもまとめてお祝いされた。決まって妹の誕生日に。ケーキも料理も何もかも妹のリクエスト通りに。


誕生日プレゼントは一つだけ。仲良く一緒に遊びなさいと贈られた着せ替え人形セットはいつの間にか妹のものになっていた。


「同じのを二つ買うのはもったいないでしょ。いいじゃない、美優に“貸してもらえば”。お姉ちゃんなんだから少しぐらい我慢できるでしょ」


中学生になると、母の言い分はこう変わった。


「咲良は予行演習なのよ。あなたでうまくいかなかったところを直して、美優に教えてあげればいいの」


その時の咲良の返事は、ただの「うん」だった。でも、心のどこかで小さな音がした。鈍くて、聞き取れないほど小さな音。でも、それはたしかに「なにかが折れる音」だった。


高校受験も、同じだった。


咲良は県内で一番の私立進学校に受かった。けれど、学費が足りないという理由で、滑り止めの公立に回された。一方、妹には高額な個別指導塾が与えられ、制服が可愛いと選んだ私立高校に入学した。


父はいつも、テレビを見ながら言うだけだった。


「母さんの言う通りにしておけ。女同士のことは、よくわからん」


家の中で、咲良だけが「自分の人生」を持たされなかった。


高校二年の冬。大雪の朝、美優がこたつでうたた寝している横で、咲良は一人で雪かきをした。母は「咲良は体力あるから」と笑った。


父は会社へ、母は買い物へ。誰も「ありがとう」とは言わなかった。


手がかじかんで、指の感覚がなくなっても、咲良は誰のせいにもできなかった。だって「お姉ちゃんなんだから」。


だけど。


(これが一生続くなら、私の人生って何なんだろう)


その日、ふと心に浮かんだ疑問は、雪のように静かに、でも確実に積もっていった。


雪かきの終わった午後、咲良が凍えた指を温めながら台所で紅茶を入れていると、美優が寝ぼけた顔でリビングに現れた。


「ねえ、お姉ちゃん。破けちゃったのストッキングの代わり、買っといてくれた?黒いやつじゃなくて、肌色の薄いやつ」


「え……今日、雪で外出てないでしょ。まだ買ってないよ」


咲良が答えると、美優は大げさに舌打ちした。


「はあ? また? ほんと気が利かないよね。お姉ちゃんがちゃんとしてくれないと困るんだけど」


それでも、と家で過ごしていると帰宅した母に妹は泣きついた。


「お姉ちゃんでしょ、こんな雪の中で美優が怪我したらどうするのよ」


そう当然のように言った。美優はスマホをいじりながら、続けた。


「あと、この前買ってもらったのスカートの丈直したいからミシン貸して。てか、やっといてくれたら助かる~。お姉ちゃんって手先だけは器用だもんね」


“だけは”。


その言葉に、咲良はかすかに唇を噛んだ。


翌朝、雪が溶けきらない道を咲良は一人で駅前まで歩き、コンビニで美優のためのストッキングを買った。帰宅したころには足元がびしょ濡れだったが、美優は寝ぼけた顔でこたつで動画を見ながら言った。


「あ、ありがと。で、ミシンやっといてくれた?」


礼を言ったように聞こえたその一言も、すぐに命令に変わる。


そういうことが、ずっと続いていた。まるで、美優の“お手伝いさん”か、なんでも屋のように。


ある日、咲良が咲良がアルバイトをして貯めたお金で購入した自分のノートパソコンを使おうとすると、勝手に美優のSNSアカウントが開かれていた。どうやら無断で使っていたらしい。


「ちょっと、パソコン勝手に使わないでって言ったじゃない」


「え? お姉ちゃん全然使ってなかったじゃん。置いてあるだけとかもったいないし。てか、姉妹で貸し借りとか普通でしょ」


あまりに当然のように言われて、咲良は言い返せなかった。


けれど、そのアカウントの投稿には、こんなつぶやきがあった。


『うちの姉、ほんと地味すぎて逆にすごい(笑)小学生から成長止まってんのかなー』


その画面を見て、咲良はゆっくりとパソコンの蓋を閉じた。目の奥が熱くなっていたけど、泣くのは悔しかったから、ぎゅっと歯を食いしばった。





高校三年の春。進路希望調査票に「△△大学・児童福祉学科」と書いたとき、咲良はまだ少し、期待していた。真面目に勉強してきた。通知表はいつも上位。推薦枠も手が届く位置にある。それを評価してもらえたら、少しは……自分も認められるんじゃないかと。


だが、その希望は、帰宅後すぐに打ち砕かれた。


「県外? そんなの無理よ。あんた一人で生活できると思ってるの? 通えるとこで十分でしょ。推薦だって、別に短大でも出せるんだから」


母は夕食を作りながら、まるで献立を却下するかのように言い捨てた。


「それに、美優だって来年大学受験もあるのよ。お姉ちゃんならそれくらい考えなさいよね」


“私”と“美優”を並べて語るとき、母の中で天秤は常に美優に傾いていた。父に相談しても、「母さんの判断に従え」と新聞越しに言うだけだった。


美優は、相変わらずわがままだった。進路の話になると「私は絶対都内の有名大学じゃなきゃヤダ」「あ、お姉ちゃんは短大でいいじゃん、どうせ地味だし」と笑ってくる。


ある日、美優が友人と電話しているのを、咲良は廊下で偶然聞いた。


「えー? うちの姉? ただの保険だよ、保険。親が『お姉ちゃんが我慢してくれて助かる』ってよく言ってるし。あはは」


その一言が、胸の奥にこびりついた。それでも咲良は、諦めなかった。


担任の先生にだけ本音を打ち明けた。


「……推薦のこと、ご家庭とちゃんと話してる?」と聞かれたとき、咲良は少し迷ってから答えた。


「まだです……もう親には頼りたくないんです!あの、どうにかならないでしょうか?」


母とそう変わらない年齢の先生はしばらく黙ってから、引き出しから出した資料を一式手渡してくれた。


それからの咲良は、放課後の図書室とバイトを往復し、受験に必要なものを一つ一つ整えていった。先生が手助けしてくれ奨学金の申請、学生寮の申し込み、受験費用の準備――すべて、自分でやった。


進学希望調査には「県内短大」とだけ書いた。母の機嫌を損ねないための嘘だった。


「書類関係は自分でやるよ。大丈夫、お姉ちゃんだよ、私」


それだけで親は不審に思うこともなかった。あれほど嫌だった“姉”という立場を利用した。この時ばかりは“姉”であることを感謝した。


卒業式の翌朝。家族はまだ寝ていた。咲良は、前日にまとめたスーツケースを静かに玄関へ運ぶ。冷蔵庫に、母の好きだったカフェオレと、「ありがとう、元気でいてください」と書いた短いメモを残した。


最後にリビングを一瞥した。テレビのリモコン、脱ぎっぱなしの制服、机に広げっぱなしの化粧品。


その全部が「美優中心の家」を象徴していた。


そして、もう一度も振り返らずに、ドアを閉めた。駅に着いた咲良は、指定席に腰を下ろした。スマホには、大学の合格通知と、学生寮の入居案内のメール。それを確認したあと、メッセージアプリを開いて家族グループを退会した。


直後、母から着信が来たが、音を鳴らさずに切った。


自分は予行演習じゃない。

使い捨てられる存在でもない。


その確信だけを胸に、電車はゆっくりと動き出した。





春の風が吹くキャンパスは、咲良にとってすべてが新鮮だった。


同じ寮に住む友人たち。講義のあとに寄る図書館。初めてのひとり暮らしに、不安もあったが、それ以上に「ここでは誰も私を“予備”扱いしない」という安心があった。


入学式の日、写真を撮ってくれたのは、同じ児童福祉学科の子たちだった。笑顔が自然に出たのは、久しぶりだった。


咲良は、学びにのめり込んでいった。


保育や福祉の分野で、自分が何をしたいのか。どうすれば、かつての自分のような「見過ごされる子」を減らせるのか。講義のあとも、図書室に残って文献を読み、課題は誰よりも丁寧に仕上げた。


やがて、咲良の誠実な取り組みは、教授たちの目にも留まるようになった。


その年の夏。児童福祉の地域ボランティア募集が大学内で告知され、咲良はすぐに応募した。近隣の児童支援施設での活動は、決して楽ではなかった。虐待を受けた子や、問題を抱える家庭環境の子たちと向き合うこともあった。


でも、咲良には覚悟があった。


子どもたちに絵本を読んだあと、小さな男の子がぽつりと言った。


「おねえちゃん、やさしいね」


その言葉が、咲良の胸をじんわりと温めた。


一方で、家族には咲良の近況がほとんど伝わっていなかった。だが、妹・美優のSNSにて、ある日フォロワーのひとりがコメントした。


「え、美優さんのお姉さん、児童福祉で新聞に出てませんでした?〇〇大学で特集されてたような…」


「え?ウチの姉、短大行ったはずだし? 別人じゃない?」


けれど、リンクの貼られた大学の公式SNSには、咲良が紹介されている画像がはっきり残っていた。“推薦入学者の声”“学科成績優秀者の表彰”といった見出しの下に、咲良の名と笑顔が載っていた。


夏休みの後に、咲良のもとに学生課から呼び出しがかかった。何かと思えば、大学宛てに母からの封書が届いていたのだ。


宛名の筆跡は、見慣れたクセ字だった。


「美優が最近ちょっと荒れていて……大学受験も控えているし、大切な時期なのに…あなたから一言、言ってくれない?家族でしょう?」


便箋の最後にはこう書かれていた。


「あなたもそろそろ、家に顔を見せたら?」


咲良は、そっと便箋を畳み、封筒ごと引き出しにしまった。返信を書くことはなかった。





咲良が大学四年になった春、地元の児童福祉施設での長期インターンが始まった。実習先での姿勢が評価され、大学と自治体との連携事業の中心スタッフにも抜擢される。


その活動が地域紙に取り上げられた。


「虐待を受けた子どもたちが、“普通”に笑えるように」


記事には、子どもたちと関わる咲良の姿と、「支援者として現場に立つ覚悟」が静かに綴られていた。


一方で、実家では――美優の大学生活が崩壊しかけていた。


見栄とプライドだけで進学した都内の私立大学。だが入学後はSNSに夢中で、講義はサボりがち。遊び仲間とのトラブルで単位を落とし、留年が決定した。


父の退職も重なり、家計は一気に苦しくなった。母はパートを掛け持ちしながら、美優の学費に頭を悩ませていた。


「……お姉ちゃんが出ていったから、全部おかしくなったんだよ」


美優はそう愚痴ったが、その言葉に返事する者はもういなかった。


ある日、母が咲良に電話をかけた。


「ちょっとだけ、助けてくれない? 美優の学費が負担で……少しでいいの。お金を貸してほしいのよ」


咲良は静かに返す。


「ごめんなさい。できません」


「……家族でしょう?」


「家族なら、大切にしてくれるはずでしたよね」


母が何か言いかけたが、咲良は通話を切った。


その翌月。咲良は、大学での功績が認められ、ある財団から児童支援活動の優秀学生賞を受けることになった。


表彰式では、「自身の経験をもとに、支援の道を志した勇気」として咲良の名が紹介された。


登壇した咲良は、壇上から穏やかな目で会場を見渡し、静かに語った。


「私は長い間、“他人の人生の予行演習”みたいに扱われてきました。でも今は、自分の道を、自分の名前で歩けています。誰かに価値を決められる人生じゃなく、自分で意味を見つけたいと思っています」


その言葉に、会場は静かな拍手に包まれた。


咲良は今、大学の近くの児童支援施設で非常勤スタッフとして働いている。大学卒業後の内定もすでに決まっていた。そこには、かつて自分が欲しかった言葉や時間を、子どもたちに届けようとする彼女の姿があった。


そして彼女は、一切実家に戻らなかった。


「親だから」「姉だから」


そんな言葉で繋がる関係ではなく、「人としての尊重」がないなら、もう関わる理由はない。美優はその後大学を中退し、実家で引きこもるようになった。


母も、かつてのような余裕を失い、近所づきあいからも距離を置かれていった。


「あの人たち、ずいぶん咲良さんにひどいことしてたみたいね」と噂されても、何も言い返せなかった。


咲良は、とある夜、SNSでふと目にした投稿に気づく。


「子ども食堂、優しいスタッフさんに会えた。また行きたいな」


添えられた写真には、咲良と子どもたちが笑顔で並ぶ姿が映っていた。それを見て、彼女は微笑んだ。“家族に尽くすための人生”をやめたからこそ、今の自分がいる。あの家にいたままでは、絶対にたどり着けなかった場所だった。


——今度は、私が、誰かの居場所になる番だ。


それは、誰の予行演習でもない、自分だけの未来だった。

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