第19話 姉とカップルチャンネル収録TAKE2

  ◇



 ……とある水曜日。


「二人ともズルい!」

「「……は?」」

 夕食時。美紅姉が唐突にそんなことを言い出した。

「二人とも、私に隠れてカップルチャンネルなんて撮ってたなんて!」

「な、何故それを……?」

 美紅姉の指摘に、俺は呻いた。……先日、明日香姉の友人である友崎さんに付き合わされて、カップルチャンネルとやらの撮影をすることになった。けれど、あれは友崎さんが個人的に楽しむために撮ったもので、外部には流出しないという約束だったはずなんだが。

「ほら、これ!」

 美紅姉が見せてくるのはスマホの画面。メッセージアプリが開かれている。相手の名前欄は「友崎裕子」となっていて、内容は「この前撮影した動画の編集終わったよー」という文章と、動画ファイル。これはまさか……。

「あいつ……誤爆した上に気づいてないわね、これ」

 それを見て、明日香姉が溜息を漏らす。なるほど……友崎さんは美紅姉の友人でもあるから、当然連絡先は知っているだろう。それで、先日の動画を明日香姉に送ろうとして、間違えて美紅姉に送ってしまい、しかもそれに気づいていないと。完全に外部流出させてるな。

「ズルい! こんな楽しそうなこと、私だってやりたい!」

 箸とスマホを振り回しながら駄々を捏ねる美紅姉。二十代の姉にやられると、うるさいとか面倒臭いよりも恥ずかしいって気持ちが勝ってくる。子供か。

「あの馬鹿のせいで……システムエンジニアの癖に、情報管理が杜撰すぎるでしょ」

 美紅姉が駄々っ子になったせいで、明日香姉の溜息が更に増える。

「というわけで! 私もほむちゃんとカップルチャンネル撮る!」

「えぇ……」

 俺の意志をガン無視で、美紅姉はそう宣言するのだった。



  ◇



 ……次の日曜日。


「いやー、まさか美紅まで協力してくれると思わなかったよー」

 俺たちがいるのは、友崎さんの家。理由は当然、美紅姉とのカップルチャンネル動画を撮影するためだ。……友崎さんの態度が白々しいというか悪びれていないので、美紅姉に流出させたのは意図的だったのではないかと邪推してしまう。

「楽しみー!」

 俺の隣にいるのは美紅姉。撮影前からベッタリひっついてくる。……撮影の趣旨を理解しているからなのか、それとも何も考えずにこうなってるのか。

「じゃあ前と同じように、自己紹介から雑談って感じでねー。弟君、リードしてあげてねー」

 機材のセットが終わり、友崎さんがそう告げてくる。……そうか、俺は前に撮影してるから、美紅姉をサポートしないといけないのか。

「それじゃあ行くよー。さーん、にー、いーち、ゴー!」

 そうして、撮影が始まった。さて、どうするか……。

「えっと……焔でーす」

 とりあえずは自己紹介。前回もやったので、ぎこちなさは多少マシになってると思う。

「美紅でーす!」

 対する美紅姉はノリノリだった。こういうのには俺たち姉弟で一番向いているかもしれない。

「えーっと……またなんか撮影することになったんだけど」

「うんうん!」

 話し始める俺に、美紅姉が相槌を打つ。ここもノリが良い。

「今度は俺のもう一人の姉が登場です」

「お姉ちゃんでーす!」

 姉弟という関係を説明する時も全力ピース。そしてガッツリ抱き着いて来る。正直鬱陶しいけど、撮影的にはいい感じな気がする。

「じゃあ、次はお互いのプロフィール……と言いたいけど、俺はこの前やったから美紅姉のプロフィールを聞いて行くか」

「はーい!」

「じゃあ、まずは好きなものと嫌いなものを教えてくれ」

「好きなものは……ほむちゃん!」

 そのままプロフィール紹介に移ると、美紅姉が俺にまた抱き着いてきた。

「いや、食い物の話だよ!」

「それもほむちゃんだよ?」

「いや食うなよ!」

 突っ込んだものの、実の姉に食い物扱いされた俺。軽く命の危機を感じる。

「えー? ほむちゃん美味しそうだよ?」

「弟を食うな……」

「んー、でも好き嫌いないし……」

 命乞いにも似た突っ込みに、美紅姉が困ったように答える。……そうだった。美紅姉はよく言えば何でも食べる、悪く言えば悪食で、ゲテモノ料理でも平気で食べる人間だ。だからって弟まで食わないで欲しいが。

「じゃあ趣味は?」

「ほむちゃん!」

「そういうのいいから」

 続く質問に、美紅姉が更に腕の力を強くする。そろそろガチで苦しい……。

「まあ、真面目に言うなら、体を動かすことかなー」

 俺の頭を薄い胸に押し付けながら、美紅姉はそんなことを言ってくる。ふざけていた自覚があったようで何よりだな……。

「美紅姉は運動好きだよな」

「うん! バスケとか、卓球とか、サッカーとか大好き!」

 美紅姉がやるスポーツは球技が多かった。一応柔道みたいな格闘技系もやるけど、基本的には球技メインである。スポーツする機会が学生時代の部活で助っ人をした時に集中していたせいだろう。今でも球技をやることが多い。まあ、陸上競技は元々あんまり好きじゃないみたいだし、格闘技は出来る環境が限られるから、というのもあるだろうけど。

「後は動物の動画見たりかなー。猫とか、犬とか、ダイオウグソクムシとか」

「おい、最後の!」

 今度は割と普通な趣味が出てきたと思えば、ラインナップに変なのが混ざってた。ダイオウグソクムシの動画とかあるんか……?

「えー? 可愛いよ? ダイオウグソクムシ」

「……俺、未だに美紅姉のことがよく分かんねぇ」

 十五年以上姉弟やって来てるはずなんだが、この姉のことは今でも完全に理解できない。この前の動物園でも視界に入る動物全てに対して「可愛い」を連呼していたが、さすがに守備範囲が広すぎるだろ。

「……ん?」

 すると、友崎さんがカンペを出してきた。指示は「お互いの好きなところを言い合う」というもの。前にも同じ内容があったな。

「えーっと、お互いの好きなところを言い合うって指示が出たんですが……」

「はいはーい! ほむちゃんのことは全部大好きー!」

 俺の言葉に、美紅姉が俺の首に腕を回して締め上げてくる。マジで苦しい……絞め殺すつもりか?

「可愛いし、温かいし、美味しいし、全部好きー!」

「いや美味しいってなんだよ!?」

「んー、汗の味とか?」

「マジで汗舐めるの止めてくださいお願いします……」

 続く言葉に、俺は思わず敬語になって必死に懇願する羽目になった。……前に一度、美紅姉に首筋を舐められて汗を味わわれたことがあったが、あれは本当にドン引きなので止めて欲しい。

「それでそれで? ほむちゃんは私のどこが好きなの?」

 美紅姉の話題が一段落して、今度はこちらの番になった。それはいいのだが、至近距離で煽るように言われると、正直ムカつく。

「ったく……分かったから、ちょっと離れてくれ」

「えー? やだー!」

 さっきからベタベタされて邪魔くさいので、俺は美紅姉に離れるように言う。だが、美紅姉は不満げにしながら余計にくっついてくる。

「いい加減にしろよ……」

「だってー! こうしたほうが良いんでしょ? 動画的に」

「それは……」

 美紅姉に離れて貰おうと思ったものの、正論を言われてぐうの音も出なかった。……確かに、今はカップルチャンネルの収録をしているのだ。視聴者は友崎さんだけとはいえ、その趣旨からいえばくっついたほうが良いのは道理だろう。

「ほらほら~! お姉ちゃんの好きなところ言ってみ?」

 美紅姉が過去一ウザい。元々距離感バグり気味だったのが、カップルチャンネルの動画撮影という名目を得て無敵と化してる。

「……明るくて、元気なところ」

 仕方がないので、さっさと終わらせようと素直に答える。……美紅姉はいつも明るくて、彼女と一緒にいるとこっちまで気持ちが軽くなる。美紅姉のお陰で、俺まで元気になれる。

「ほむちゃん……」

「美紅姉?」

 俺の答えに、美紅姉の腕に更なる力が籠る。そろそろマジで痛いんだが……。

「私もほむちゃん、だーい好き!」

「うげっ……!」

 感極まった様子の美紅姉が、俺の首を締め上げる。苦しくて腕をタップするが、緩む気配は皆無だ。

「ほむちゃ~ん! うりうり~!」

「し、しぬ……」

 結局、友崎さんが止めてくれるまで、俺は美紅姉に締め上げられるのだった。



「いやー、明日香より美紅のほうが動画配信者の才能あるんじゃない? これはいい感じになりそう!」

「ほんと? 良かった~!」

「良くねぇよ!」

 撮影が終わって。俺たちは友崎さんにお茶をご馳走になっていた。撮影内容に満足したのか、友崎さんはウキウキしている。だが、俺は危うく実姉に殺されかけたのだ。その上、本人が反省の色皆無だ。マジで散々である。

「まあまあ、それよりさ。せっかくだから、二人で本当にカップルチャンネルやらない? これならそこそこ再生数稼げそうだし、収益化も狙えるんじゃない?」

「面白そー!」

「もう勘弁してくれ……」

 友崎さんの申し出に、美紅姉は乗り気だけど、俺はさすがに音を上げた。撮影のたびに締め落とされていたら、命がいくつあても足らない。

「うーん、弟君は乗り気じゃないかぁ……まあ、とりあえずは私が個人的に楽しむだけにしておくけど、一応考えておいてよ」

「……」

 そんな風に言う友崎さんに、俺は最早言葉を返す余力もなかった。

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