第18話 姉とカップルチャンネル収録

  ◇



 ……とある土曜日。


「……で。結局、相変わらずなわけね」

「何よ……文句あんの?」

「……はぁ」

 俺たちがいるのは喫茶店。俺と明日香姉の対面に座るのは、明日香姉の友人である友崎さんだ。何故こうなったのかといえば、だ。いつものように明日香姉と出掛けていたところ、またしても偶然友崎さんと遭遇して、立ち話もあれだということで喫茶店に連れ込まれたのだ。俺、この人苦手なんだよな……。

「いや別に? ちゃんと弁えてるなら、部外者が口出すことでもないでしょ?」

「だったら何よ? さっさと帰りなさいよ」

 ニヤニヤしている友崎さんを、明日香姉は滅茶苦茶邪険にしている。……二人とも、友人同士なんだよな? マジで疑わしくなる。

「まあまあ、落ち着きなさいな。……今日は、そんな仲睦まじいお二人に、ちょっとした提案があるわけよ」

「提案……?」

 友崎さんの話に、明日香姉が怪訝そうに呟く。俺も怪しさしか感じない。なんかもう表情からして怪しい。詐欺師みたいだ。

「時にお二人さん、カップルチャンネルというものをご存じ?」

「「カップルチャンネル?」」

 友崎さんの言葉に、俺と明日香姉の声が重なる。聞いたことがない単語だ。

「ほら、こういうの」

 そう言って、友崎さんがスマホを見せてくる。そこに映る動画は、男女が雑談したり、デートしたり、ベッドでゴロゴロしたりしているものだった。要するに、カップルがいちゃつく様子を撮った動画だろうか?

「こういう動画をアップしてるチャンネルが、カップルチャンネル。最近ハマってるんだー」

 何が面白いのか分からないが、とにかくそういうチャンネルがあるということは理解した。けれど、それがどうしたというのだろうか?

「それでさ……二人で撮らない? カップルチャンネルの動画」

「……とうとう頭が壊れたの?」

 友崎さんの提案に、明日香姉は辛辣に問い掛けた。……とはいえ、正直俺も同感だった。カップルチャンネルというのは、その名の通りカップル、つまり恋人同士でやるものなのは分かった。だが、俺たちは姉弟だ。どう考えても人選が不適当である。

「まあまあちゃんと聞きなさいな。……この前さ、お気に入りだったチャンネルが終わっちゃったわけよ。カップルチャンネルって投稿者がカップルだから、痴情のもつれで別れてそのままチャンネル終了、みたいなことがあるわけでさ。その点、姉弟ならそういう心配は皆無じゃん? だから、私のために動画を供給して欲しいってこと」

「……やっぱり頭が壊れたのね。可哀想に。老人ホームで引き取って貰えるかしら?」

「認知症扱い止めてもろて」

 細かい事情を聞いた上で、やはり明日香姉は塩対応だった。むしろ辛辣さが増量されていた。……確かに、理屈としては分かる。お気に入りのチャンネルが急に閉鎖される可能性があるのは確かに辛いだろう。しかし姉弟ならば、痴情のもつれなんて起こる余地はない。普通のカップルチャンネルよりは長続きしやすいというのも正論だ。とはいえ、姉弟でカップルみたいなことをした上で、それを動画に収めるだなんて、正気の沙汰ではない。少なくとも俺はやりたくない。

「いや、別にまんまカップルチャンネルみたいなことをやれってわけじゃないからね? 普段の二人の様子を適当に撮影させてくれればそれでいいからさ。外には絶対出さないし」

 認知症扱いされた友崎さんは、疲れたようにそう釈明した。……普段の俺たちを動画にするとして、そんなものが果たして面白いのか? とてもそうは思えないが。

「というわけで、これから撮影しようぜー!」

「「……は?」」



「……どうしてこうなった?」

「こっちが聞きたいわ……」

 というわけで、俺たちは友崎さんの家に招かれていた。アパートの一室で、一応年上女性の部屋なのだが……俺は困惑しすぎて緊張する暇がなかった。

「はい、機材セット出来たよー」

 ソファに並んで座る俺たちの前に、友崎さんが三脚でカメラをセットしていた。こういう動画撮影には詳しくないが、そこまで本格的ではないような気がする。そもそも動画撮影自体が思いつきみたいだし、あり合わせの撮影設備なんだろうか。

「じゃあ、撮影始めるから。とりあえず自己紹介した後、適当に雑談する感じでー」

 友崎さんはそう言って、カメラの向こうに行く。

「それじゃあ行くよー。さーん、にー、いーち、ゴー!」

 そうして、撮影が始まった。……これ、どうすればいいんだろうか?

「えっと……ほ、焔でーす」

 とにかく、適当に付き合えば納得するだろう。羞恥心が拭えないながらも、とりあえず指示通りに喋ってみる。

「あ、明日香でーす……」

 明日香姉も、控え目ながら自己紹介をする。とりあえず、一つ目のノルマは達成。……次は雑談だったか。

「えーっと……なんか急に撮影することになったけど、どうすればいいんだ?」

「知らないわよ……」

 とはいえ、俺も明日香姉も未だに困惑していて、まともな雑談が出来る気配はない。

「……ん?」

 すると、友崎さんが何かを掲げる。スケッチブックに、何か字が書いてある。「姉弟だって話して」……要するにカンペか。

「えーっと……俺たちは姉弟で、なんか流れで動画撮影することになりました」

「そうそう、なんか急にね……」

 とりあえず、二人で何とか場を繋ぐ。続けて、友崎さんのカンペが更新された。「お互いのプロフィールを話して」……プロフィールか。

「えっと……それじゃあ、お互いのプロフィールでも。まずは俺からか?」

「そうね」

「えーっと……好きな食べ物は肉。嫌いな食べ物は特にないけど、強いて言うなら炭かな」

「炭って何よ?」

「失敗した料理が炭になるじゃん。あれはさすがにきついな」

「それは食べ物じゃないでしょ……」

 俺の言葉に明日香姉が突っ込みを入れてくる。まあ確かに、炭が食べ物のカテゴリーに入るかは怪しいところだろうけども。

「趣味はゲームと運動かな」

 趣味に関しては、正確に言えば明日香姉と美紅姉の趣味という感じだが、付き合わされている内に俺自身の趣味になりつつあった。

「んじゃあ、次は明日香姉の番で」

「仕方ないわね……好きな食べ物は甘いもの全般かしらね。シュークリームとか特に好きよ。苦手なのは辛いもの。前に激辛ラーメンを食べた時は大変な目に遭ったわ……」

 自分の番になって、明日香姉がそう答えた。明日香姉は根っからの甘党だ。お陰で、我が家のカレーは原則甘口である。

「趣味はFPSとゲーセン巡り。あとたまにエクセルでマクロ組んで遊んでるわ」

 明日香姉はゲームの他に、遊びと称してエクセルで色々作っている。家計簿用のツールとか、やりもしないソシャゲのダメージ計算ツールとか、面白い曲線を描くツールとか。学生時代は専門外の知識を増やすのが趣味だったので、その延長というか、応用なのだろうか?

「……ん?」

 一通り指示をこなすと、カンペが更新された。「普段、休日は何やってますか?」……か。

「ゲーセン巡りは二人で行ってるよな」

「そうね。二人でガンシューティングをやるのが一番多くて、後は一緒にプリ撮ったり、格ゲーしたり、クレーンゲームしたりかしらね」

「ほぼ毎週行ってる気がするな」

 指示をこなしたので、カンペが更新されてないか友崎さんのほうへ目を向ける。

「……ぶっ!」

 しかし、カンペの内容に思わず吹き出してしまった。だが、それも無理ないだろ。

「お互いの」

「好きなところ」

 カンペの指示は「お互いの好きなところを言い合う」というものだった。なんつー指示だよ……。

「あんたから言いなさいよ……」

 戸惑っていると、明日香姉に肘で突かれて促される。仕方ないか……さっさと言って終わらせよう。

「明日香姉の好きなところ……何だかんだで面倒見が良いところかな」

 考えている暇もないので、俺は恥ずかしさを抑えながら素直に答えた。……明日香姉は強引な態度が多いが、勉強を見てくれたり、意外と面倒見が良い。そんな彼女に、俺はいつも助けられているのだ。

「そ、そう……」

 俺の言葉に、明日香姉が俯く。耳が真っ赤なので、照れているんだろうか?

「んで? 今度はそっちの番だけど」

「うぅ……」

 明日香姉が呻いているけど、こっちも恥ずかしさで限界なので、さっさと終わらせて欲しい。

「……こほん。そうね」

 咳ばらいをして仕切り直す明日香姉。顎に手をやり、ポーズを決めながら、こう言った。

「やたらと家族思いなところは好感が持てるかしら。昔から、お姉ちゃん思いで優しい弟だったわ」

「お、おぅ……」

 思っていたよりストレートな言葉が出てきて、思わず俺も照れてしまう。これは明日香姉のことを笑えない。

「何赤くなってんのよ?」

「ごほっ……!」

 すると、明日香姉が俺の脇腹に肘を入れてくる。多分照れ隠しだろうけど、さすがにきつい……。

 なんてことがありつつも、俺たちは動画撮影を続けるのだった。

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