第17話 姉と三者面談(四者面談?

  ◇



 ……とある木曜日。


「「三者面談?」」

 夕食の席にて。俺の話したことを、二人の姉がオウム返ししてきた。

「ああ。来週あるんだけど……悪いけど、どっちかに来て欲しいんだ」

 中間テストが終わったと思ったら期末テスト。それも今日終わり、担任から三者面談の日程について告知があった。うちは親が海外在住なので、姉のどちらかに来て貰うしかない。

「そう……じゃあ、私が行くわ」

 その要望に名乗りを上げてくれたのは明日香姉。まあ、来るなら明日香姉だよなとは思っていた。

「私ならリモートワークだし、ちょっと抜けるだけで済むわ」

「悪い、頼むわ」

 明日香姉は基本家にいるので、確かにこの手の行事には参加しやすいだろう。とはいえ、リモートでも仕事を抜けるのだから、手間を掛けさせるのには変わりない。

「別にいいわよ。家族なんだし、変な遠慮しないの」

「明日香姉……」

 遠慮をするな。それはこの前、明日香姉に言ったことだった。それを持ち出されてしまえば、俺はそれ以上何も言えなくなる。

「明日香ちゃんズルーい! 私もほむちゃんの三者面談行きたい!」

 そんな俺の感慨をぶち壊すかのように、今度は美紅姉がそんなことを言い出した。何がズルいんだ……?

「あんたは普通に仕事でしょ?」

「私だって有給くらいあるもん!」

「そこまでしなくても……」

 明日香姉に突っ込まれても、めげる様子のない美紅姉。何故にそこまで張り合うのか。

「とにかく、私もほむちゃんの三者面談に行く!」

「はぁ……勝手にしたら? その代わり、邪魔したりはしないでよ」

「当然!」

 そんな彼女に明日香姉が折れた。こうして、俺の三者面談は明日香姉と美紅姉の両方が参加することになるのだった。



  ◇



 ……翌週。


「お久し振りです、先生」

「先生久し振りー!」

「……何でお前らが来るんだよ?」

 三者面談当日。俺と一緒に教室に入る姉たちに、俺の担任である秋山が溜息交じりにそう呟いた。……この学校は二人の母校だし、秋山とも面識があるみたいだな。

「あらやだ先生、可愛い卒業生が顔見せに来たんだから、もっと喜んで下さいよ?」

「お前ら姉妹は問題児だったからな……素直に歓迎出来ねぇよ」

 中年男性である秋山が、普段以上に老けた様子で明日香姉に答える。……二人が高校時代に色々あったのは知ってたが、どうやら俺の想像以上にやらかしていたらしい。秋山の態度で何となくそう察する。

「っていうか先生、まだこの学校だったんだ? そろそろ転勤してるかなーって思ってたけど」

「幸か不幸か、まだ居座ってるよ。白神の名字は珍しいから、お前らの弟なのはすぐ分かったが……まさか本人たちと再会するとはな。まあ、とりあえず座れや」

 促されて、俺たちは秋山の対面に着席する。四つの机をくっつけて、片方は秋山が、反対側には俺と姉たちが座る形だ。……本来、生徒側は保護者含めて二人で座る想定だろうから、こちら側は完全にハミ出してしまっている。

「それで、弟さんについてですが……まあ、はっきり言ってとても優秀ですね。優秀すぎるくらいだ」

 そんな感じで始まった三者面談(この場合、四者面談のほうが適切だろうか?)は、開幕早々秋山がべた褒めしてきた。

「テストの成績は全教科高得点、特に理系科目は目を見張るものがあります。お姉さんの教育がいいんでしょうね」

「いやーそれほどでもー」

「いや、お前のほうじゃねぇわ」

 保護者相手ということで切り替えたのか、丁寧な口調で話す秋山だったが、美紅姉の言葉にはさすがに素の態度で突っ込みを入れていた。……美紅姉の当時の成績もしっかり覚えているみたいだな。秋山の担当科目は数学だし、少なくとも美紅姉のお陰でないことくらいは容易に想像がついただろう。

「あー……その他にも、普段の素行も良好です。完全な優等生ですね。強いて言えば部活動には参加していないのが気になりますが、帰宅部の生徒は他にもいますし、問題というほどでもないでしょう」

「まあ、うちの弟ですから。素行に問題なんてあり得ませんよ」

「どの口が言ってんだ問題児?」

 続ける秋山だったが、今度は明日香姉の台詞に突っ込みが入る。……いや、マジで何があったんだろうか? 多分聞いても教えてくれないだろうから聞かないけど。

「……ともかく、お二人の良いところだけを合わせたような、優秀な生徒ですよ、弟さんは。うちみたいな偏差値の低い学校ではなく、もっとレベルが高いところへ進学していれば、進路も選びたい放題だったでしょうに」

 とまあそんな一幕がありつつも、秋山の評価はマジでこれ以上ないくらい高いものだった。……まあ、偏差値が云々に関しては、別の理由でこの学校を選んだので、仕方ない部分もあるが。そこは割とどうでもいい。

「弟さんの進路についてですが。とりあえず現状を維持すれば、県内の国立大学くらいは余裕でしょう。旧帝大レベルとなるとさすがに厳しいでしょうが……ともかく、どういう道に進むとしても、学力的な障害はかなり少ないと見て良いです」

 秋山の絶賛は続く。これも全部、勉強を教えてくれた明日香姉のお陰だ。

「という感じですが……お姉さんたちのほうからは、何かありますか?」

「そうですね……弟はクラスに馴染めていますか? 何せ、私の時は散々だったので」

 秋山の質問に、明日香姉がそう返してきた。……明日香姉は当時、人間関係でかなり揉めたらしいから、どうしてもそこが気になるのかもしれない。

「交友関係はあまり広いとは言えませんが、特にトラブルもなく過ごしているようですよ。一部問題のある生徒との交流もありますが……まあ、そこも含めてうまくやれているようです」

 そんな問い掛けに、秋山はさらっと答えた。……この担任、意外と生徒のことをちゃんと見てるんだな。というか、「問題のある生徒との交流」ってのは赤原のことか? いや、あいつのことはちゃんとあしらってるけど、わざわざ明日香姉に言わんでもいいのに。

「問題のある生徒、ねぇ……?」

 案の定、明日香姉がこちらに目を向けてくる。その視線は凍り付くように冷たい。……これ、後で根掘り葉掘り聞かれるパターンだな。明日香姉も知らない相手じゃないというのに。

「ともかく、クラスで孤立しているというようなことはないので、その点はご安心下さい」

 秋山はそう言ってこの話題を締め括った。

「先生がちゃんと先生してるの、なんか不思議ー」

「……おい、喧嘩売ってるのか?」

 そんな秋山を見て、美紅姉が思わずといった感じで声を漏らす。それを聞いて、秋山がイラっとしたように尋ねてきた。

「だって、昔の先生ってもっとキレ散らかしてたし。私の三者面談の時も酷かったじゃん」

「……それは忘れろ」

 しかし、美紅姉は秋山に怯むことなく言い返しており、そんな彼女に秋山もばつが悪そうにしていた。

「ああ、そうでしたね。私の三者面談もそれはもう酷いもので……三年生の頃には多少マシになりましたけど」

「……俺が悪かった。だから勘弁してくれ」

 更には明日香姉にも追撃されて、白旗を上げる秋山。……マジで何があったんだ? 二人の現役時代、気になること多すぎだろ。

「ったく……白神、お前はお姉さんたちみたいにはなるなよ? 俺の手を煩わせたり、卒業後に厄介な保護者として再会するなんてことのないように」

「大丈夫ですよ。弟の教育はきっちりしてますから」

「そうそう。私たちの弟なんだから」

 秋山が俺にそう言ってくるが、それを聞いて姉たちが親のような言葉を返す。実際、放任が過ぎる両親より、姉たちのほうが俺を育てている感じはあるから別にいいんだが……ちょっと恥ずかしい。

「お前らの弟だから心配なんだがな……まあいいや。ともかく、今回はこんなところでしょうかね。他に何もなければこれで終わりにしましょう」

「分かりました」

「はーい」

 秋山が解散を宣言したことで、全員が立ち上がる。

「じゃあな。……あ、白神は出来れば本町を呼んでおいてくれ」

「了解です」

 姉たちと共に教室を出る。次は美由紀の番なので呼び出すように頼まれたし、スマホでメッセージを送っておく。あいつのことだから言われなくても遅刻はしないだろうけど、こっちが早く終わりすぎたので、スケジュールを前倒し出来そうならしたほうがいいだろうし。

「秋山先生、ほんと変わったよね」

「変わったっていうか、落ち着きが出てきたというか……ある意味、大人になったって感じじゃない?」

 美由紀にメッセージを送っていると、姉たちがそんな会話をしていた。

「秋山って、前はどんな感じだったんだよ?」

「どんなって……まあ、常にイライラしてたかな」

「しょっちゅう怒鳴り散らしてたわね。三者面談の時も、お母さんの前で滅茶苦茶怒鳴ってたし。……まあ、私たちにも原因があったんだけど」

「マジか……」

 昔の秋山について尋ねてみると、二人はそんな風に彼を評していた。……俺が記憶する限り、秋山は常に気怠げで、声を荒げるようなことはない人物だった。軽く突っ込みを入れることはあっても、怒鳴るなんてことは絶対になかった。そんな彼が、以前は怒りっぽかったのか。

「私たちの学年は他にも問題が多かったし、当時は先生も教師になってから日が浅かったから、ストレスも酷かったんでしょうね。今の先生は大分丸くなってたわ」

「先生も若かったんだねー」

 二人のほうが秋山より年下だろうに、なんかやたらと上から目線で秋山のことを話していた。二人にとっては、秋山も問題のある先生って認識なのかもしれない。

「まあ、とは言っても悪い先生ではないから……あんたの担任で良かったわ」

「うん。秋山先生で良かったー」

「……そっか」

 それでも、二人が秋山を今でも慕っているのが分かって、俺は何となく微笑ましい気持ちになるのだった。

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