第15話 鍛える姉

  ◇



 ……とある日曜日。


「二人とも、歓迎するわ!」

「ようこそ!」

「思う存分鍛えていってね!」

 三人の筋肉達磨に熱烈歓迎されるのは、俺と美紅姉。ここは市内にあるジムであり、美紅姉の同僚に誘われて姉弟揃って体験入会することになったのだ。以前、同僚にジムへ誘われて困っていた美紅姉に「その時は俺も付き合う」と言った結果、本当に付き合う羽目になったのだった。

「楽しみだね、ほむちゃん」

「あーうん、そうだな」

 セパレートタイプのスポーツウェアを身に着けた美紅姉が、ウキウキしながら声を掛けてくる。美紅姉に限らず、ジム内の女性はボディライン丸出しの恰好なので、目のやり場に困る。ましてや、心なしか女性比率がやたらと高いので、健全な男子高校生としてはやりにくいことこの上ない。

「とりあえず、今日は軽めのトレーニングから始めましょう」

 そう言って、俺たちを案内する筋肉達磨集団。……っていうか、この人たちが案内するんだ。普通、こういうのって施設の職員がやるものでは?

「まずは、ダンベルを試してみましょうか」

 そんな疑問を解消する間もなく、連れて来られたのはダンベルのコーナー。棚にずらりと並んだゴツいダンベルが圧巻である。

「とりあえず、初心者は2キロくらいかしらね」

 俺と美紅姉にダンベルを渡してくる筋肉達磨さんたち。2キロって聞くと軽く聞こえるけど、実際に持ってみると意外と重いな……。

「両手にダンベル持ったら、背筋を伸ばして、肩の力を抜いて」

「肘を曲げながらゆっくり持ち上げて。あ、肘が後ろに行かないように注意ね」

「上げたらまたゆっくり下ろして、それを左右交互に繰り返すのよ」

 筋肉達磨さんたちが懇切丁寧、手取り足取り教えてくれる。言われた通りにやってみると、思ったより負荷が軽い。

「もうちょい重いのでやったほうが良かったかな……」

「あんまり無理しないほうが良くない? 慣れない内から無理すると体壊すよ?」

 姉弟並んで、ダンベルを持ち上げながら会話する。

「筋トレって筋肉を一度壊して、治る時に過剰に修復するのを利用するからね~。オーバーワークだと壊しすぎちゃうよ」

「美紅姉が賢そうなこと言ってる……」

「あ、ひっどーい! これでも保健体育の成績は明日香ちゃんより上だったんだからね!」

 俺の言葉に、思いっきり頬を膨らませる美紅姉。……保険体育って聞くと変な想像をしてしまいがちだけど、要するに人体構造とか健康とか、そういう話だよな? だったら、確かに美紅姉のほうが理解しやすいのかもしれない。運動センス抜群だし。

「美紅ちゃん、やっぱりセンスいいわね。初めてとは思えない完璧なフォームだわ」

「弟君もいい感じよ。筋肉が喜びに震えているわ」

 すっかりトレーナーポジションになった筋肉達磨さんたちが褒めてくる。なんか一部よく分からない発言もあったけど、スルーしたほうが良さげだな……。



「じゃあ、次はマシンを使ってみましょうか」

 それからしばらくして、筋肉達磨さんはそう言った。今日はあくまで体験入会なので、徹底的に鍛えるというよりも色んなトレーニングを少しずつ体験することがメインになるらしい。……この人たち、マジでただの一会員なんだよな? なんで職員っぽいことしてるんだろマジで。

「今ならチェストマシンが空いてるわね」

 案内されたのは、大きなマシンのコーナー。座席の周囲に色々ついたマシンだ。

「大胸筋を集中的に鍛えるマシンで、バストアップ効果も期待できるわ」

「バストアップかぁ……でも、明日香ちゃんみたいになるのはさすがに無理だと思うんだけどなぁ……」

「……っ!」

 マシンの説明を受けて、美紅姉が自分の胸を持ち上げる。そんな無防備すぎる仕草に、俺は咄嗟に目を逸らした。なんつーことを……女性が多いとはいえ、ここは一応公共の場なんだから、そういうはしたないことをするのはやめて欲しい。今は薄着なんだから、余計にボディラインが出るし。いくら姉弟でも、そういうことを目の前で突然されると目に毒である。マジでこの姉、色んな方法でこっちを翻弄してくるな……。無意識にやってるのが余計に質悪い。

「まあそうでなくても、健康のためには筋肉を鍛えておいて損することはないわよ」

「そうそう。筋肉はあればあるだけいいもの」

「お金と筋肉はどれだけあっても困らないわ」

「そっかー」

 筋肉達磨さんたちの筋肉セールストーク(?)を聞いて、美紅姉が手を下げる。筋肉があればあるだけいいのかは議論の余地があると思うが、健康のためにある程度必要だというのは俺も同意だ。

「じゃあ、早速やってみましょうか」

 それはそれとして、実際にマシンを使ってみることに。座席に座り、両側にあるアームのグリップを握る。このアームは傍らの重りに繋がっていて、アームを前に動かすと重りが持ち上がる。この時に掛かる負荷で体を鍛えるのだ。

「ふっ……ふっ……」

 アームを動かしてみると、結構な負荷を感じた。これは確かに効きそうだ。

「うーん、重い」

「まあ、重くないとトレーニングにならないからな……」

「それはそうだけど……」

 マシンの負荷に、美紅姉がぼやく。……美紅姉はそもそも筋トレみたいな基礎鍛錬は苦手だし、純粋な筋力も俺より低いからな。スポーツに関しては無限のスタミナと最適化された動きで俺より優れたパフォーマンスを出せるが、体に負荷を掛けること自体を目的とした筋トレだとさすがに辛いのだろう。

「いいわよ美紅ちゃん、筋肉が喜んでるわ!」

「大胸筋の感激する声が聞こえてくるわよ!」

 筋肉達磨さんたちが変な声援を送ってくる。ボディビルダーってこういうの好きなイメージあるけど、トレーニングでもやるものなのか、それともこの人たちの趣味か。なにはともあれ、俺と美紅姉は筋トレに励むのだった。



「ふぅ……疲れた〜」

 あれから、俺と美紅姉は様々なトレーニングをこなした。ルームランナー、レッグカール、更にはヨガなど、色んなトレーニングを体験できた。

「空いてなくて出来なかったのもあるけど、大体は紹介出来たわね」

「二人共、お疲れ様。これ、運動後のプロテインよ」

「ありがとー!」

「ありがとうございます」

 筋肉達磨さんからプロテインを貰う。わざわざ用意してくれたらしい。筋トレの直後に摂取すると効果的らしいし、ここはありがたく頂いておこう。

「それで……どうかしら? 今日は体験入会だったけど、これからも筋肉を鍛えてみない?」

「今度は一緒に鍛えましょう?」

 プロテインを飲み終わって、筋肉達磨さんたちがそう言ってきた。……そうだった、そもそもこの人たちは、美紅姉をジムに勧誘していたのだ。

「う〜ん……」

 そんな筋肉達磨さんたちに、美紅姉は腕を組んで唸っている。悩んでいるんだろう。

「悪くはなかったけど……やっぱり、ほむちゃんと一緒じゃないと、つまんないかな……」

 けれど、出てきた結論は否定的なもの。まあ、元々そう言っていたしな。

「そう……残念だけど、無理強いは出来ないわね」

「でも、このジムは月額会員だけじゃなくて、都度払いも対応してるから、来たい時だけ来てもいいのよ?」

「あ、そうなんだ。じゃあ、また来てみてもいいかも」

 しかし、筋肉達磨さんにそう言われて、速攻で態度を翻す。結構融通が利くらしい。まあ、月額制だけにしても頻繁に来れない人もいるだろうし、その辺は柔軟に対応したほうが利益を出しやすいのだろう。

「筋肉への道は常に開かれているわ。自分のペースで、自分の都合が良い時に、無理なく筋肉を鍛えましょう」

「筋肉があれば仕事も疲れにくいし、健康になるし、スタイルも良くなるし、良いこと尽くめよ」

「筋肉を鍛える限り、私たちは同志だわ」

 そんな美紅姉に、筋肉達磨さんたちがまるで宗教勧誘みたいなことを言い出した。実際、鍛えておいて損するものでもないだろうから、余計に質が悪い。

「じゃあ、また来ようね、ほむちゃん」

「へいへい……」

 そうやって丸め込まれた美紅姉に、俺は溜息混じりに返事をするのだった。

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