第14話 様子がおかしい姉
◇
……とある土曜日。
「……」
「……何?」
「いや別に」
隣を歩く明日香姉。彼女に目を向ける俺へ、明日香姉が訝るような表情を向けてくる。……今日はいつものように明日香姉と出掛けているのだが、彼女の様子が少しおかしいのだ。
「……」
まず服装がいつもと違う。お決まりのゴスロリファッションではなく、普通の白いワンピースを身に纏っている。とはいっても、それだけならまだそこまで変ではない。ゴスロリは暑いからという理由で、夏場はこの手の服装になることが殆どだった。今日も夏を彷彿とさせる程度には暑いし、服装変更はまだ理解の範疇だ。
「ほら、着いたわよ」
そう声を掛ける明日香姉。彼女の両手は鞄に添えられている。……そう、いつものようにエスコートをさせてこないのだ。心なしか、彼我の距離も微妙に遠い気がする。明らかに距離を取られている。怒らせたか? でも、本当に怒っているならこうして一緒に出掛けたりしないだろうし。
「どうしたの? さっきから調子でも悪いの?」
「いや、大丈夫」
心配そうにそう言ってくる明日香姉。不審に思うあまり、逆に不審がられてしまったようだ。
「ほら、行こうぜ」
「ええ」
俺は明日香姉に声を掛けて、店に入る。……ここは、最近オープンしたゲーセンだ。近くにゲーセンが出来るたびに、明日香姉と訪れるのがお決まりになっていた。
「ふーん。悪くなさそうじゃない」
店内に入り、辺りを見回しながら色んな筐体を眺める。お馴染みのゲームが多いが、クレーンゲームの景品などは他のゲーセンと毛色が違う気がするな。
「とりあえず、これをやりましょうか」
そして明日香姉が足を止めたのは、ガンシューティングゲームの筐体。先日やったのとは別のタイトル……というか初見のタイトルだ。
「いいぜ」
コントローラーである銃を手にして、明日香姉がコインを投入する。……二人でプレイする場合、これは協力型ではなく対戦型になる。それぞれのスコアを競い合うタイプだ。
「負けないわよ」
「こっちこそ」
言い合いながら、俺たちは銃を画面に向ける。それと同時に、ゲームがスタートした。次々と現れる敵をひたすら撃ち抜いていく。どうやら、ヘッドショットだと得点が増えるみたいだな……得点を伸ばすには、狙いがかなりシビアになりそうだ。
「ふぅ……」
ステージが終わり、お互いの得点が画面に表示される。……やはりと言うべきか、明日香姉のほうが得点が高い。
「あら、そんなんで大丈夫かしら?」
「言ってろ」
このゲームはステージが三つあって、それらの合計得点を競う。まだまだ挽回のチャンスはあるはずだ。
「ふぅ……まあ、悪くなかったわね」
「……だな」
結局、俺は明日香姉に惨敗した。ステージを経て得点を増やしていく明日香姉に対して、俺は最初のステージと大差ない得点しか取れず、点差が広がったためだ。相変わらず、この手のゲームには滅法強いな。
「ちょっと休憩しましょうか。確か、あっちに自販機あったわよね」
明日香姉がそう言って歩き出す。ちょっと見て回っただけでフロアマップを把握している辺り、記憶力と空間認識能力がほんとに高い。
「コーヒーでいいわよね?」
「ああ」
自販機に小銭を投入しながら尋ねてくる明日香姉。購入したコーヒーを俺に渡して、自分用のコーヒー缶を開けながら、明日香姉が周囲のコーナーを見回す。
「次はどこに行こうかしらね……」
近くにあるのは、メダルゲーム、クレーンゲーム、プリクラなどのコーナーだ。もうちょい奥のほうにはダンスゲームのコーナーもあった気がする。
「そういや、プリクラ撮らねぇの?」
そんな彼女に、俺はコーヒーを啜りながら問い掛けた。……明日香姉と新しいゲーセンに行く度、毎回プリクラを撮らされた。明日香姉曰く、新規開拓記念らしい。今回もプリクラを撮るものだと思っていたんだが。
「うーん……今日は別にいいかな」
「……は?」
だが、明日香姉が首を振り、俺は思わず耳を疑った。「今日はいい」ということは、一旦後回しにするのではなく、今日は一切撮るつもりがないということだろう。……今日の明日香姉はどこかおかしいとは思っていたが、これは本格的に異常なのでは?
「よく考えたら、弟とプリクラってのも何か変だし。この歳になってまでやることじゃないわよね」
何を今更、という言葉が喉元まで出かかった。本格的に明日香姉らしくない。俺とプリクラを撮ることに、今になって明日香姉が躊躇するなんてあり得ない。……そもそもプリクラやエスコートの件だけでなく、先週も様子がおかしかった。先週の土曜日は、明日香姉と美紅姉の三人で運動をしていたのだが、よく考えたらそれも変なのだ。土日は、土曜日は明日香姉、日曜日は美紅姉と出掛けるのが、半ば暗黙の了解となっていた。それなのに、先週は土曜日に明日香姉だけでなく美紅姉も一緒だった。それも、他ならぬ明日香姉の要望で。これは見方を変えれば、自分の番をただ放棄したとも言える。こんなこと、今までになかった。
「それで、どうする?」
「……それなら、やりたいゲームがあるんだけど」
明らかに様子がおかしい明日香姉。だけど、この状態の彼女に対して真正面からおかしいと指摘しても無意味だろう。意固地になるのが目に見えている。それくらいは長い付き合いで分かりきってる。だからこそ、変化球で攻めなければ。
「ストレイファイターやろうぜ」
俺が選んだのは、有名な格ゲーだ。最近はコンシューマーで新作が出ていたが、アーケード版も同じくらい人気だ。
「珍しいわね。あんたが格ゲーやりたがるなんて」
明日香姉は割と乗り気だった。なので、ここでもう一押しだ。
「そんでさ、賭けをしようぜ」
「賭け?」
「負けたほうが勝ったほうの言うことを聞く、って奴だよ」
これは、俺たちの間でたまにやる賭けだ。ゲームで勝負して、勝ったほうが負けたほうに命令できるというもの。
「いいわよ。それくらいしたほうが張り合いがあるし」
案の定、明日香姉は乗ってきた。……これがダンスゲームみたいに、彼女に不利な種目なら絶対受けなかっただろう。しかし、ガンシューティングみたいに明日香姉に有利な種目だと、賭けは成立しても俺が勝てない。だからこそ、お互いの力量が拮抗する種目を選ばないといけない。その点、ストレイファイターなら実力が近いから、この状況ならもってこいだ。
「ここね」
ストレイファイターの筐体まで来て、お互い対面に座ってコインを投入する。キャラ選択をして、対戦が始まった。
「負けないわよ」
「こっちこそ」
「ま、負けた……」
筐体の前で、項垂れる明日香姉。勝負はギリギリながら俺の勝利で終わった。……このゲームを明日香姉が最後に触ったのは、半年ほど前。俺を受験の気晴らしにと、ゲーセンに連れ込んだ時だ。しかし、俺は高校入学後もコーや美由紀たちともゲーセンに行くことがあり、ストレイファイターもたまに遊んでいた。故に、明日香姉よりはブランクが短かったのが、今回の勝因である。
「つーわけで、罰ゲーム、いいか?」
「いいわよ別に……」
悔しそうにしながらも、明日香姉は大人しく頷いた。大した命令なんてないと高を括っているんだろう。
「それじゃあ、俺とプリクラを撮って貰おうか」
「……は?」
俺の要求に、明日香姉の目が点になった。あまりにも予想外の内容で、意表を突かれたのだろう。
「プリクラだって。今までも撮ってただろ? 大して難しい内容じゃないじゃん」
「確かにそうだけど……あんた正気? 高校生にもなって、お姉ちゃんとプリクラ撮りたがるなんて」
「今までその弟にプリクラ付き合わせてたのはどこの姉だよ? ったく、しゃらくせぇ」
「あ、ちょ……!」
ぐちぐち文句を言ってゴネようとする明日香姉に痺れを切らして、俺は彼女の腕を掴んでプリクラコーナーへ引っ張る。
「ちょっと、離しなさいよ!」
「んじゃあ、大人しくプリクラ撮るか? そういう賭けだったよな?」
「それは……」
口では抵抗するものの、意外と大人しく引っ張られる明日香姉。俺に比べて彼女が体力的に貧弱なのもあるが、そもそも抵抗しようとしていないのは明白だ。やはり、彼女も内心ではプリクラを撮りたいと思っているらしい。
「……最近変だぞ、明日香姉。何があったか知らないけど、俺相手に余計な遠慮なんてするなよ」
「……」
すっかり無言になった明日香姉を連れて、俺はプリクラの筐体に入るのだった。
「これで満足かしら?」
「ああ」
プリクラを撮り終えて、俺たちは筐体から出た。印刷されたのは、俺と明日香姉が写ったプリクラ。ポーズも取らず、落書きもせず、笑顔ですらなく、何なら明日香姉はっぽを向いてて表情も分かりにくい。並んで撮った証明写真のほうがまだマシだと思えてくる出来だが、それでも一緒に撮った記念のプリクラであることには変わりない。
「……私、あんたと距離が近すぎたんじゃないかって思ってたのよ」
すると、明日香姉がそんなことを言い出した。……最近様子がおかしかった理由だろうか?
「休みの日は拘束するし、その上色々と振り回してるし……一応自覚はあったんだけど、この前裕子に注意されて。やっぱり、少しは自重するべきなんじゃないかって思って……」
裕子っていうのは、明日香姉の友人だったか。確かに、あの人と出会った後辺りから、明日香姉の様子がおかしくなったような気がする。俺と一緒だったことに対して、彼女が何か余計なことを言ったのだろう。
「別に、明日香姉が俺を振り回すのは昔からだろ。距離が云々はよく分からんけど、美紅姉に比べれば全然まともだと思うし。んなことで変になられるほうが嫌だよ」
明日香姉が俺を振り回すのなんて今更だ。俺が産まれて物心ついた頃から、俺は姉に振り回されて育ったと言っても過言じゃない。それに、距離感の話をしたら美紅姉はどうなるんだと突っ込まざるを得ない。布団に潜り込んだりベタベタくっついてくる彼女に比べれば、明日香姉は割と節度ある接し方をしているほうだと思う。
それに何より、そんなことを気にして明日香姉が距離を取ってくるほうが、俺は寂しかった。今更そんな態度を受け入れられるほど、俺たちの付き合いは短くも薄くもない。
「焔……」
「昔から言うだろ? 他所は他所、うちはうち、ってさ。一緒に出掛けたらエスコートさせて、初めてのゲーセンではプリクラ撮って、それが俺たち姉弟の距離感だよ。俺はそれを嫌だとは思ってないから、明日香姉も遠慮すんな」
「……そう」
友達に何を言われたのか知らないが、俺たちは俺たちだ。無理に他人の言うことに合わせる必要はないだろう。
「……じゃあ、今日はとことん付き合って貰うわよ」
すると、明日香姉が俺の手を掴んでそう言ってきた。
「とりあえずクレーンゲームで乱獲するわよ。店の在庫を枯らしてやるわ」
「それやったら出禁食らうだろ……」
俺は呆れながらも、明日香姉に引っ張られて、クレーンゲームコーナーへと向かう。いつもの明日香姉に戻ったようで、一安心だ。
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