第13話 運動する姉、運動不足な姉
◇
……とある土曜日。
「てりゃあぁーーー!」
美紅姉の声が響き渡り、その直後にボールが勢いよく飛んでいく。ボールは九つに仕切られた的の枠に命中すると、取り付けられたパネルをその振動で揺らして全て落としてしまう。
「わーい!」
「……って、いきなり飛ばしすぎだろ」
はしゃぐ美紅姉に、俺は思わず突っ込んだ。……俺たちがいるのは、近所の運動公園、その中でもストラックアウトの施設である。九つに仕切られた枠にはパネルが取り付けられており、投げたボールでそのパネルを落とす遊びである。まあ美紅姉はパネルではなく枠のほうを狙って一発で終わらせてしまったが。
「つーわけで、次は明日香姉の番だけど、大丈夫か?」
「え、ええ……」
俺が振り返ると、明日香姉が緊張した面持ちで頷いた。いつもと違いラフなTシャツとジーンズ、髪型はポニーテール、眼鏡はなしと、動きやすさ重視な恰好。何故美紅姉だけでなく明日香姉まで一緒にいるのかと言えば、それは彼女自身の要望である。曰く、最近運動不足なので、運動するのに付き合って欲しいとのこと。……まあ、大方体重が増えたとか、そんな理由だろうけども。
「大丈夫だって。ボール投げるだけの、小難しいルールもない遊びだし。家族だけでやるんだから、勝ち負けを気にする必要もないし」
「分かってるわよ……」
言いながら、明日香姉は所定の位置についた。パネルは美紅姉がセットし直したので、後は投げるだけだ。
「えいっ……!」
明日香姉が振り被って投げたボールは、的の遥か手前で落下して、ぽてぽてと気の抜けた音を奏でながら地面を転がった。
「「……」」
そんな惨状に、俺も美紅姉も声が出なかった。……美紅姉とは対照的に、明日香姉はかなりの運動音痴だった。いや、学生時代と違って定期的な運動をする機会もないので、以前より酷くなってるかもしれない。
「はぁ……はぁ……これ、ちょっと的が遠くない?」
明日香姉は息を切らしながらそう言うが、的との距離は10メートル程度だ。ソフトボール投げ(女子)なら5点は取れる距離だと考えると、そこまで遠いとは思えない。使ってるのは軽いゴムボールだし。
「じゃあ、もうちょい近くから投げるか?」
とはいえ、それを指摘してもしょうがない。そもそもストラックアウトをしているのだって、地味なランニングや筋トレでは明日香姉のモチベが続かないだろうと、ゲーム形式で遊びながら運動出来るものを選んだのだ。今は明日香姉が運動しやすいようにするのが最優先である。
「え、ええ……えいっ!」
明日香姉は的にかなり近づいて、ボールを振り被って投げる。ボールは山なりにカーブを描いて、一番下の八番の的に当たった。
「やった……当たったわ!」
的に当たって、歓喜する明日香姉。見ていて、とても微笑ましい。
「その調子だ、明日香姉」
「頑張って!」
「ええ」
そうやって、ストラックアウトに励む明日香姉を、美紅姉と共に見守るのだった。
「つ、疲れた……」
それからしばらくして。最後の的を落とすと同時に、明日香姉の体力も限界になったらしく、彼女は地面にへたり込んだ。
「そろそろ休憩するか」
「そうする……」
俺は明日香姉と並んで、近くのベンチに座る。明日香姉は普段全然運動しないし、かなりヘトヘトになっている。
「ほら、これ飲めよ」
「ありがと……」
明日香姉にスポーツドリンクを手渡すと、蓋を開けて口をつける。相当疲れていたのか、一気に殆ど飲み切っていた。
「ふぅ……やっぱり、在宅ワークだと体が鈍るわね。通勤すらほぼしないし」
「まあ、そうかもな」
リモートワーク主体でたまにしか出社しない明日香姉は、やはり体力がかなり衰えてるようだ。……先日の遊園地ではめっちゃタフだったが、あれは多分アドレナリンか何かが大量に分泌されていて無駄にハイになったとか、そういう感じだと思う。基本イベントごとの時はそういう傾向にあるし。
「うおぉりゃあぁーーー!」
「美紅は相変わらず元気ね……」
俺たちが休んでいる間に、美紅姉はストラックアウトを満喫していた。片手にボールを二つずつ、両手で四つ持って一度に投げて、一気に四つの的を落としていた。漫画かアニメみたいなことしてるな……。
「美紅姉と明日香姉、双子なのにマジで全然似てないよな」
運動神経という面だけ見ても、この姉妹は正反対だ。他にも、美紅姉は勉強は苦手だがコミュ力が高いし、明日香姉は勉強が得意だが人付き合いが苦手と、そこも真逆。体格すらもスレンダーな美紅姉とグラマーな明日香姉で全然似つかない。そっくりなのは顔だけだ。
「二卵性だし、そんなもんでしょ。それに、あんまり似過ぎても困りそうだし」
「どういうこと?」
「得意なものが被ったら、必然的に苦手分野も同じになるでしょ? そしたら補え合えないじゃない」
明日香姉の言葉には説得力があった。……二人は学生時代、明日香姉が美紅姉の分まで勉強を見ていたが、代わりに人間関係は美紅姉がフォローしていたらしい。二人がそっくりだったら、確かにどちらかで支障が出ていただろう。
「そのお陰で、あんたはスポーツも勉強も出来るようになったしね。感謝なさい」
「へいへい、優しいお姉様方には感謝してもし切れませんよ」
明日香姉の恩着せがましい言葉に、俺は敢えて軽薄な態度でそう返すのだった。……とはいえ、完全に事実なので、心底感謝しているというのも事実なんだけども。
「よーしっ! やるよー!」
あれから昼食を挟んだ午後。俺たちはゲーセンを訪れていた。今度はエアホッケーで遊ぶことになったのだ。
「元気ね……」
「まあ、美紅姉だし」
エアホッケーは通常シングルスかダブルスだが、今回はハンデも兼ねて、美紅姉VS俺と明日香姉で対戦することになった。美紅姉はマレット(パックを打つための道具)を両手に装備して、やる気満々である。
「いざ!」
「へいへい」
美紅姉が元気良くエアホッケーの筐体にコインを投入すると、試合が開始して、円盤状のパックが射出される。初回のサーブはこちら側だった。
「えいっ……!」
明日香姉がサーブを打ち、美紅姉のほうへ飛んでいく。
「甘いよ!」
だが、美紅姉はそれを即座に打ち返してくる。端を利用して何度も反射させてきて、軌道が読みにくい。
「おらっ……!」
何とかパックを打ち返すものの、打ち方が甘くて速度が出ない。うまく捉えられなかったか……。
「えいっ!」
当然、美紅姉がその隙を見逃すはずもなく。俺たちのゴールめがけて鋭いスマッシュを放つ。
「「あ……」」
俺と明日香姉の声が重なり、パックが俺たちのゴールに吸い込まれる。美紅姉に得点が入った。
「わーい!」
「ぐっ……」
大喜びの美紅姉と、とても悔しそうな明日香姉。まだ最初の得点だぞ……?
「……焔、相手は強敵よ。気合を入れなさい」
「負けないよー!」
「え、なんかめっちゃ本気じゃん……」
火花をバチバチに散らす姉妹。ゲーセンのエアホッケーでよくここまでテンション上げられるな……。
「くっ……負けたわ」
「勝ったー!」
それから、俺と明日香姉は何とか食い下がったものの、結局美紅姉には敵わず。試合は圧倒的大差で美紅姉の勝利に終わった。……二人掛かりで勝てないとか、相変わらず化け物である。いやまあ、こっちの明日香姉がテンションの割に戦力として心許なかったというのもあるが。
「いやー、楽しかったね〜」
「……そうね。負けたのは悔しいけど、悪くはなかったわ」
対戦が終わって、二人共満足そうだった。明日香姉は疲労困憊のようだが、そもそも今日は彼女の運動が目的だったので、無理もないだろう。
「そろそろ帰るか?」
「そうね……さすがに限界だわ」
そんな明日香姉を見かねて提案すると、明日香姉が頷いた。やはりきつかったようだな。
「うーん……まあ仕方ないかな」
美紅姉はまだ満足していないようだったが、明日香姉の様子を見て帰宅に了承した。
「ふぅ……たまに運動すると疲れるわね」
「明日香ちゃんはもっと普段から体動かしたほうがいいよ。じゃないとまた太るよ?」
「はぁ!? べ、別に太ってないし……!」
疲れを見せる明日香姉を、美紅姉がからかう。美紅姉は気遣いが出来るタイプなので、わざわざデリカシーのない発言をしたのは意図してのことだろう。だったら、ここは乗っかるのがマナーか。
「そっか、だから珍しく運動したいなんて言い出したのか……」
「だ、だから太ってないっての……!」
そうやって明日香姉を弄りながら、姉弟三人仲良く帰宅するのだった。
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