第3章 揺らぐ像

丘を越え、森を抜け、数日かけてたどり着いた次の村は、これまでとは違っていた。

舗装された石畳、にぎわう市場、飾られた看板。

旅人も多く、活気があった。


「……なんだか、ちょっと浮くな」


ジーンは周囲を気にしながら歩いた。

手に抱えた装置は布に包んで背中の袋にしまってある。

ここでは、誰かの“記憶”なんて語り出したら笑われそうだった。


それでも、装置は確かにこの村を示した。

だから、探すしかない。



市場の脇に、古びた祠のような建物を見つけた。

入り口の石碑にはこう書かれていた。


《この像は、村を救った“聖騎士アルト”を称えて建てられた》


「……勇者?」


ジーンは胸騒ぎを感じながら中へ入る。

祠の奥には、立派な石像があった。

全身を鎧で覆い、誇らしげに剣を構えた姿。

でも、どこかおかしい。違和感が抜けなかった。


「……これ、本当に……?」


彼女の頭に浮かぶのは、再生された記憶の中の青年の姿。

あれは、もっと泥くさくて、無骨で、

でも誰より“真っ直ぐ”だった。


石像の台座に手を添えた瞬間、装置が袋の中で光を放った。


ジーンはすぐに取り出し、石像の前にそっと置いた。

青白い輪が地面に広がり、再び記憶が再生される。



炎の中、駆ける青年。

木の剣を握り、転んだ子どもを抱えて走る。

家に取り残された老婆を背負い、仲間の到着も待たず、ただ一人で動いていた。


その姿を、誰も見ていない。

誰も声をかけない。

でも、それでも彼は、動き続けた。


やがて光が消えると、像の前に静寂が戻った。


ジーンはしばらく黙っていたが、やがて口を開く。


「これ……この像の人じゃないよ」


居合わせた村人たちがざわめく。


「でも、この村を救ったのは“聖騎士アルト”って記録に……」


「ちがうよ。あの人は、本当の名前すら知られてないんだ。

 でも、あたしはちゃんと見た。守ったのは、あの人だよ」


誰かが問う。


「じゃあ……像を建てたのは、間違いだったのか?」


ジーンは少し考え、首を振る。


「ううん、間違いじゃない。

 誰かが誰かを信じてそうしたなら、それはそれでいいと思う。

 でも——本当に勇者だった人のことも、

 誰かひとりくらいは、ちゃんと覚えていた方がいいよね」


彼女は装置を拾い上げ、そっと袋にしまった。

そして、額のオレンジのバンダナを結び直す。


「あたしは、忘れないから」


装置の球体が、淡く光り始める。

宙に浮かんだ針が、くるりと回って、また次の方角を指し示す。


ジーンは静かに歩き出した。

像の視線の届かないその先へ。

まだ語られていない、“誰か”の記憶を辿るために。

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