第4章 剣を抜く理由
森を抜けた先に広がっていたのは、開拓途中の集落だった。
木材のにおい。土を踏み固める音。
仮設の家々が並び、人々の声は活気というより、焦りに満ちていた。
ジーンが歩き出すと、すぐに大工らしき男に声をかけられる。
「旅人か? 今日は近づかないほうがいい。北の丘に魔物が出た。子どももひとり行方不明だ」
ジーンは反射的に装置を抱きしめた。
それは、まだ何の反応も見せていない。
でも、彼女の足が自然と動いていた。
「誰かが、助けに行ったんですか?」
「誰も行ってない。兵もいないし、まともな剣を扱えるやつもいない。
そもそも、逃げろって村長が……」
そこまで聞いて、ジーンは歩き出していた。
「おい、待て、どこ行く!」
⸻
北の丘は、集落からそう遠くなかった。
けれど、空気は明らかに違っていた。
ぬかるんだ地面、微かに鼻を刺す血と獣のにおい。
「……あれか」
斜面の先に、倒れた木。
その陰に、震えるようにしゃがみ込んだ小さな姿があった。
「大丈夫、もう少しで……!」
ジーンが駆け寄ろうとした、その瞬間。
木々の間から、黒く濡れた毛皮の塊が唸り声をあげて現れた。
目が合った。
獣が吠え、地を蹴って飛び出す。
ジーンは、装置を地面に投げるように置き、背中の“タイムウッド”を引き抜いた。
——ひいおじいちゃんは、こんなとき、どうしてた?
頭に浮かんだのは、記録の中の青年の姿だった。
泥にまみれ、剣を振るう姿。
何度も倒れながら、それでも前に進んでいた。
ジーンは叫んだ。
「来なさいよ!!」
獣が跳んだ。
ジーンは横に飛び、地面を転がりながら木剣を突き出す。
当たった。けど、浅い。
手がしびれる。息が詰まる。
けれどそのとき、装置が反応した。
球体から放たれた光が、地面に記憶を描く。
それは、かつて青年がこの丘で同じように戦っていた姿だった。
「あのとき、この村はもう見捨てられてたんだ。
でも、俺にはそんなの関係なかった。
あそこに、誰かがいた。それだけで、十分だった」
ジーンは歯を食いしばる。
腕が震える。目がにじむ。
けれど、視界の中で獣がたじろいだ。
それは、青年の幻影が、ジーンの隣に立ったからかもしれない。
あるいは——ジーン自身が、前に出たからかもしれない。
⸻
やがて、獣は怯えて森へと逃げていった。
小さな子どもが泣きながら、ジーンに抱きつく。
「ありがとう、お姉ちゃん……」
ジーンは木剣を地面に突き立て、息を整えながら微笑んだ。
「ちょっと……びっくりしただけだよ」
装置が再び静かに光る。
その中心から浮かぶ羅針盤が、新たな方角を指し示していた。
ジーンはそれを見ながら、呟く。
「ねえ、ひいおじいちゃん。
あたし、まだ全然うまくできないけど——
でも、なんとなくわかってきた。
あなたが、なんで剣を抜いたのか」
頭のオレンジのバンダナが風に揺れる。
それは彼女が“何者かになろう”としている証だった。
そしてジーンは再び歩き出す。
今度は、誰かの記録に導かれるだけじゃない。
自分の意思で、その続きを紡ぐために
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます