第1章 誰もしらない神の村 【1 三上山の噂】
「乾杯!」
カン、とグラスの音が居酒屋の喧騒の中に消えていく。教授の失敗談、バイト先の先輩の愚痴。くだらない話で笑いあう友人たちの中心に、美代はいた。
「そろそろ私たち、夏休みじゃん? どこ遊び行く?」
他愛もない会話に区切りがついたタイミングで、美代は切り出した。みんなの笑顔が向けられ、美代もさらに笑顔になる。
「海とかどう? この前新しい水着買ったからさ、出番無いと悲しいじゃん?」
呂律の回っていない声で答えたのは紗良だった。
「おい、紗良。お前もう酔ってるのか? 水着姿見せるの恥ずかしいとか言って去年は海来なかったくせに」
誠治はビールを一口飲んで間を置いた。「だってぇ」と口を尖らせる紗良は美代の肩によりかかった。苦笑しながらも、美代は肩を貸してあげる。
「このまま海に決まっても文句言うなよ? ま、明日には誰が言い出したかなんて忘れてるんだろうけどな」
誠治はからかいながらも淡々と指摘する。
「でもやっぱ二年連続海はなぁ。今度は山にするとか。富士山とか登っちゃおうぜ!」
大輝はいつも通りに、無謀な提案をだした。
「富士山なんて登りたくないよ私。疲れるし。それに夏だからって危ないもんは危ないよ。私まだ死にたくないもん。ねぇ悠馬?」
いつもなら真っ先に案を出して、場をまとめるはずの悠馬が黙っているのを不思議に思った美代は、話を振ってみた。
「あぁ、ごめん」
そう言って下を向く悠馬に「どうしたの?」と問いかける。
「俺、この前インターンの面接受けたろ? さっき合格のメールが来ててさ……」
「なんだよ、そういうのは早く言えよ! それになんでそんな暗くなるんだよ! 良かったじゃんか」
大輝は悠馬の話を遮って喜んだ。美代たちもまた、おめでとう、と声をかける。
「いやでも、インターンの期間が八月でさ、夏休みと被るんだよ。どこ行くかで盛り上がってたから言い出せなくて」
頭を掻きながら、悠馬はグラスの水を一口飲んだ。そんな悠馬を見て、四人は一瞬静かになり、そして爆発するように笑い出した。
「悠馬くん。そんなこと気にしてたの? めっちゃかわいいじゃん」
「おめでたい事だろ? 僕たちがそんなことで気にすると思うか?」
「お前ってそういうところあるよなぁ。真面目っていうか、馬鹿っていうか?」
「でも、こういうところが好きなんだよねぇ、私は」
みんなが一斉に悠馬をからかう中、美代の突然の惚気に、笑顔からにやけ面に変わる三人。美代は照れながらも、じんわりと胸に広がる温かさを、心地よく感じていた。
「彼氏のかわいいところ見れてよかったねぇ、美代ちゃん」
「こんなことまで気にしてくれるとか、将来はいい旦那さんになるな」
「いっそのこともう結婚しちゃえよ」
ジョッキを片手に三人の矛先は美代に向いた。隣に座る悠馬に目を向けると、まだ下を向いている。少し頬が赤らんでるのを見て、美代は少し、ドキッとした。
「悠馬、でも休みがないわけじゃないんでしょ?」
鼓動が早くなっているのを、この恋バナ大好きな三人に悟られないように、美代は悠馬に問いかけた。
悠馬は一度深く息をつくと、ゆっくりと顔を上げて答えた。
「あぁ、土日とお盆の期間は休みだけど、去年までみたいにいろんなところに行けなくなると思う」
まだ申し訳なさそうに話す悠馬に、四人はそれぞれ笑顔を向ける。「あっ」と大輝が声をあげる。
「俺、良い事思いついたわ。今まではさ、たくさんの思い出を作ってきただろ? でも今年は、一つのどでかいインパクトが残る思い出作ればいいんだよ」
バっと両手を広げた大輝。その勢いで片手に持っていたジョッキからビールが零れ、誠治にかかってしまった。
「お前さ、珍しく良い事言ったと思ったらこれかよ」
ため息をつきながらおしぼりでぬれた個所を拭く誠治に、「ごめ」と舌を出しておどける大輝。そんな二人を見て、悠馬の顔にもいつの間にか戻った笑顔。美代はその横顔を見つめながら、良かった、とボソッと呟いた。
「じゃあ改めて、どこに行くか決めようか」
美代と紗良がお手洗いから戻ってきたタイミングで悠馬が切り出す。
「どでかいインパクトかぁ。そう言われるとなんか難しいよねぇ」
紗良が頬杖をつき、マドラーでお酒を混ぜながら呟く。みんなもまた、頷きながらうーんと考える。
「大輝、言い出したのはお前だぞ。なんか案があるから言ったんだよな?」
そう誠治に聞かれた大輝は、待ってましたと言わんばかりに、身を乗り出して話し出した。
「お前ら、三上山って知ってるか?」
少し声を潜めながらも、大輝の目は輝いていた。
美代は首を横に振る。しかし、少しだけ胸がざわつくのを感じた。
「バイト先の先輩から聞いたんだけどさ、そこに地図に載ってない村があるらしんだよ」
「地図に載ってない村? そんなのただの廃村とかじゃないのか?」
この手の噂は一切信じない誠治は刺身を一枚口に運びながら言った。
「そういうとこ、冷めてるよねぇ、誠治って」
紗良が笑いながらグラスを傾けた。
「そうだよなぁ、紗良。俺たちがその村を見つければ、世紀の大発見になるかもしれないんだぞ?」
誠治がもう一枚食べようとした刺身を横取りした大輝は、なぜかどや顔を披露していた。
「お前なぁ……」
呆れた声で呟いた誠治は、サッと大輝のジョッキをとり、グビグビと一気に飲み干した。
「あぁ、俺の……」
力ない大輝の声に五人は笑いに包まれた。美代はジョッキを両手で包みながらこっそり思った。やっぱりこの五人は楽しいな、と。
「大輝隊長! その村の探索、私も賛成です!」
美代は持っていたジョッキを高々とあげて宣言した。
「美代ちゃんが賛成なら私も賛成。悠馬くんは?」
「俺もいいと思うよ。そういうの楽しそうだし」
次々とでる賛成意見に、大輝はガッツポーズをした。
「ほらほら誠治隊員。みんな乗り気だぞ? 君はどうするのかね?」
調子に乗った大輝は、誠治の顔を覗き込みながらにやついた顔をむけた。
「まぁ見つけることができたら、今までよりも印象に残る思い出になるかもしれないけど……。見つからなかったら何も残らないぞ?」
深いため息をつきながら答える。そう言いつつも、少しだけワクワクしている自分に誠治は気づいていた。誠治の言葉に、大輝は人差し指をたて、左右に振り舌を鳴らす。
「何も分かっていないな誠治隊員。仮に見つからなかったとしても、みんなで探したことが、大きい思い出になるのだよ。それに安心したまえ。俺たちは必ず見つける」
どこまでも楽観的な大輝に、何を言っても無駄だと感じたのだろう。「わかったよ」と誠治は渋々三上山に行くことを賛成した。
五人の意見がそろったとき、美代はジョッキを置いた。高鳴る美代の心。今年の夏の行き先が決まった。
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