23. Histoire

 おれは、新藤しんどう、なんだか退屈を覚えがちになるらしかった。なんというか、わくわくしないのだ。


 窓の向こうに目線を投げると、夜は終わりを迎えるのを察しはじめていた。風の冷たいのが、夜目にも分かるし、実際、おれの身体も冷え切っていた。ファミレスの暖房は充分にいているとは言いがたく、指先に痛みを感じていた。


 店内には、おれたちのほかにもひとはいたが、とてもではないが、を開くことはできない。もちろん、を開催できるほど、多様性に満ちているわけでもない。


 こんな時間にハンバーグステーキを食べている新藤は、オレンジジュースをちびちびと飲んでいるおれに、やたら話しかけてきた。おれはそれに、、的確とは言いがたい答えを返し続けていた。


「ねえ、ヒストリーはフランス語だとと発音するんだよね?」

「おれ、語学は大の苦手なんだ。ぜんぜん勉強をしてこなかったから。だけど、夢のなかだと話せるときもある」

「どういう風に?」

「ひとの姿はひとつも見えないのに、話してばかりいるって感じ。しかも、どういうことを話しているのかは、まったく分からない」


 それにおれは、さっきからずっと、ということを考え続けていたから、新藤とちゃんと話そうという気になれないでいた。


 まず、どこから手を付ければいいのか、まったく分からない。そのことを素直に打ち明けると、新藤はこんなことを言いはじめた。まるで、おれの問いに対する答えをあらかじめ用意していたかのように。


「イストワールだよ、漫才も。漫才史に刻まれるようなネタのフォーマットを作った、偉大なる先輩たちのことを知ってようやく、ぼくたちは自分の立ち位置を見つめ直すことができるし、一歩目をどこに踏み出すべきなのかも分かってくる。どういうことをすれば、新しいことをしていることになるのかというのも、理解することができる。イストワールさ。


 ふーん。そういうものなのか。まあ、お笑いに関してはなんにも分からないおれは、新藤の言う通りにしていればいい、。そういう受け身の態度で、


 きっと、だって、自己啓発本のイストワールを踏まえた上で、あれやこれやと書いているのだと思う。おれは読んだことがないけれど、ためしに本屋さんで買って目を通してみたら、自己啓発本のイストワールを行間かどこかに感じることだろう。そんな気がする。


 そんな気がしてしまうのだから、


 いつのまにか、夜が退けてしまっていた。それなのに、駅前の景色ときたら、いまだに寝息を立てたままで、そのなかを、足跡をつけて早歩きをしているオトナが、ほんの数人ほど見える。足音は響いてこない。


 おれだって、いろんなひとの歴史のなかで練り上げられてここにいるわけで。おれが、おれの歴史を作ってきたというわけでは決してない。そんなことも、ふと思ったりした。

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