第34話 いじわるさん

「そしてその日はやって来る」


「もう着くんですから諦めてくださいよ」


 今日はついに玉森たまもりさんの家に連行される日だ。


 色々と考えてみたけど、俺はそもそも断ることが苦手だから全て徒労だった。


 最終手段として千佳ちかに相談したけど、いつもなら絶対にお泊まりなんて許さないはずなのに不貞腐れながら許された。


 後が怖い。


「そんなに私の家で一緒に過ごすの嫌ですか?」


「普通に嫌だろ。あなたと一緒に居るのは全然いいけど、そこに親御さんが居るなら誰だって萎縮するわ」


 そう、玉森さんの家にお呼ばれするだけなら俺だってここまで足取りは重くない。


 初対面の人と話すというプレッシャーで今にも押し潰されそうで足取りが重いのは仕方ないだろう。


「別に結婚の報告でも無いんですからもっと気を楽にしていいですよ? 松田まつださんは父と母に呼ばれてる立場なんですから」


「それが一番怖いんだろ。もしも『うちの娘に手を出してるのはお前か?』とかガチトーンで言われたら泣くぞ?」


「え、動画撮っていいですか?」


「余裕ないからスマホかち割るかもしれないけどいい?」


 さすがに泣くことは無いだろうけど、普通に怖くて黙ることは確定だ。


 そして俺は玉森さんの両親への恐怖心から今以上に人間不信になり──


「責任を感じた私に介抱されてるうちに私への感情が友愛から恋愛感情に」


「勝手に人の心読んで勝手に続けるな」


「えへっ」


「可愛い可愛い」


「もっと感情込めてくれないとまたやりますよ?」


「可愛いよ」


 ご希望通りに棒読みをやめる程度に感情を込めてみたら玉森さんにそっぽを向かれて無視された。


 せっかくやったのにこれではやり損ではないか。


「危なかったです。まさか私がこんなにちょろいだなんて」


「なんて?」


「今のは松田さんに聞こえないように言ったので聞き返したら駄目です」


「なんて?」


「いじわるさん」


 やっぱり普段から人をからかっている子は自分がからかわれるのに慣れてないからいい反応をくれる。


 こんな玉森さんをずっと見ていたい。


 だけど現実は残酷なものだ。


「いじわるな松田さんへご報告です。着きました」


「遠目で見えてたよ。お屋敷じゃねぇか」


 違えばいいと思った。


 だけど離れてても見えた。


 そこには立派な門と生垣? それとまだ全貌は見えてないけどこの門の先にはとてつもないお屋敷がある。


「いじわるされたこと父に言っちゃおうかなー」


「普段から俺がいじめられてることも言っていいの?」


「言えます?」


「人見知りの俺がそんなこと言えるわけないじゃないか。それと今のタメ口も可愛かったよ」


 ここまで来たら何度言っても同じだから言ってやることにした。


 どうせ怒られるのなら少しでも玉森さんの可愛いところを拝んで逝ってやる。


「でもなんか……」


「どうしたんですか、いじわるさん」


「誰がいじわるさんだ。なんでもないよ、ただ帰りたいだけ」


「帰しませーん」


 俺の最期を玉森さんも察しているのか、手向たむけとして俺に可愛いを沢山くれる。


 こんなにも出血大サービスをしてくれるのなら俺も悔いは……無くはないけど。


 とりあえず引き返すことは許されなさそうなので前に進む。


 少しの違和感を胸に感じながら。

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