第35話 トロッコ問題

「お父さん、お母さん、私は幸せになります」


「俺が何も言えないのをいいことに遊ぶんじゃない」


 結局なにも抗うことも出来ずに玉森たまもりさん宅の中に案内されてしまった。


 そして玉森さん案内の元、客室のような俺の部屋の倍ぐらいある部屋に案内された。


 目の前には玉森さんの両親らしき人が真顔で座っている。


「えっと、さっきからお父さんとお母さん何も言わないけど、俺帰った方がいい?」


「まだ帰るの諦めてないんですか? 大丈夫ですよ、お父さんとお母さんは私が初めてお友達を連れて来たものだから反応に困ってるだけです」


 俺は確か玉森さんの両親に呼ばれたはずなのに、その呼んだ両親が反応に困るのならなぜに呼ばれたのか。


 それと勘違いしたらいけないけど、ここで言う『初めて友達を連れて来た』というのは男友達をという意味だろう。


 断じて玉森さんに友達がいなかったとか、そういうわけでは……無いよね?


「ノーコメントです」


「だから俺の心を読むんじゃないよ。それで、俺はどうすればいいの?」


「そうですね、じゃあまず私の足に口付けをして主従の契約をしましょうか。それが玉森家のしきたりなので」


 玉森さんは俺を試すようなニマニマ顔で右足を差し出してきた。


 俺はいつの間にか晒されていたその綺麗な足と見てるだけでなぜか撫でたくなる可愛らしい顔を交互に見てから綺麗な足を優しく掴む。


「仰せのままに」


「え、いや、じょ、冗談ですよ? あの、駄目です、ばっちいです」


「あなたは心も体も全て綺麗だよ」


「や……ばかぁ」


 玉森さんが耐えきれなくなったのか顔を両手で押さえてしまった。


 だけど赤い耳が隠しきれていない。


 目の保養をありがとう。


「さて、戯れはこの辺でやめておこうか。家族会議が行われて俺が社会的に消されても困る。もう遅いかもだけど」


 何やら対面で玉森さんの両親が何かを話している。


 これは終わったかもしれない。


 だけど最期にあんなに可愛い玉森さんを見れたんだ、悔いは無い、と思う。


「ちなみに助けてくれる?」


松田まつださんなんて知りません」


「名字で呼んでくれた。これはまだチャンスあり?」


「お父さん、大切な一人娘が悪い狼さんにいじめられてるよ。ちゃんと責任取らせよ」


 何を言い出すのかこの子は。


 それではまるで俺が玉森さんをいじめて遊んでるみたいじゃないか。


 俺はただ普段のやり返しをしてるだけだと言うのに。


 まあ、玉森さんのお父さんはそんな普段を知らないから大切な一人娘の味方になるわけで、俺の人生が終わるのも近い。


「いやぁ、ちょっとお父さん最近の若者が分からなくなってるところだからお母さんを頼って」


「わ、私だってあの京華きょうかがこんなに男の子と仲良さそうにお話してるところを見て戸惑ってるんですから丸投げしないでくださいよ」


「お父さんとお母さんも知らない!」


 玉森さんが拗ねたように俺達からそっぽを向く。


 なんだか今日は玉森さんの初めて見る表情をたくさん見れる日だ。


 これで両親をパパママ呼びしてたら完璧だった。


「それでは、娘も拗ねたところで本題を。松田 咲空さくくん。うちの娘とはどういった関係なのかな?」


 玉森さんのお父さんがいきなりそれらしいことを聞いてくる。


「大切な友達です」


「そうか。じゃあもしも娘を見捨てれば十人の人間を助けられるとしたら君ならどうする?」


「その十人の中に俺の大切な人がいないなら十人見殺しにします」


「本当に?」


「むしろなんで見ず知らずの相手の為に大切な人を見殺しにしないといけないんですか? もしも全員を助ける方法があるなら娘さんの無事が絶対に保証された場合やりますけど、そういう問題でした?」


 これは俗に言うトロッコ問題というやつだろう。


 あれには確か『両方を助ける』なんていう甘えた答えは許さないという前提があったはずだ。


「じゃあ君の大切な相手と娘の二択になった場合はどうする?」


「状況によります。トロッコ問題に例えるなら、スイッチは切り替えないでトロッコをどうにかしようとして、それでも無理なら……それを考えた奴に同じ苦しみを与えますかね」


 結局全て状況次第なんだろうけど、もしも千佳ちかと玉森さんとつむぎの三人の中から誰かを選んで、選ばれなかった二人とは二度と話せないとかの場合、俺は誰を選ぶのだろうか。


 そんな状況は起こらないことか一番だけど、それをこの人が考えているのなら、俺はこの人の大切な人で同じことをする。


 奪っていいのは失う覚悟のある奴だけだ。


「君が娘を大切に思ってることは、まあ分かった。だから交際に関しては許そう。だけど婚姻に関しては娘の卒業を待ってから──」


「少しだけ待っていてもらえますか? ちょっと娘さんと話したいことが出来たので」


 努めて笑顔で玉森さんのお父さんの伝える。


 お父さんは少し驚いたような顔をしてるけど今は関係ない。


 とりあえず逃げようとしていた小娘の足を掴んで拘束し、全てが終わったらその綺麗な足に罰として口付けしてやろうと心に決めた。


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