黄金の少女、変わらぬ日々

兵士の朝、食事の喧騒

 静寂に包まれていた部屋は、突如として無機質ながらけたたましい、警報のような音に包まれた。そして私はその音を聞きながら、なおも抗い意識を手放そうとする。

「おはようございます、リリィ・アラバスタ伍長。起床時刻です。」

 けたたましい音とともにこれもまた無機質な、しかし申し訳程度の抑揚を持たせた合成音声が起床時刻であることを知らせる。

「ぅーん……あと2……時間……」

「2時間後は既に勤務開始時刻です。現状からですと残り30分程度の時間を睡眠に充てることが出来ます。」

「なら……それで…………」

 考える力も、抗う気力も、もう残っていなかった。

「承知しました。では、30分後の勤務開始5分前に再度起床アラームを設定します。おやすみなさいませ。」

 そしてそのまま、私は再び意識を手放した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「だっははははははは!それで結局遅刻してんじゃんか!あはははははははは!」

 あの後結局起きられなかった私は朝礼に2分遅れで遅刻し、その10倍である20分の時間が上官であるアトス少尉からの𠮟責に消えた挙句、昼休みにはこうして同僚であるユウマに食堂の雑踏のごとき喧騒の中で響き渡るほどに笑われている。全く散々な一日だ。

「……うるさい、昨日は報告書作成であまり眠れなかった。そのせいだから。」

 一方でこれは事実だ。しかし実際の軍務においてそんなことは関係ないし、報告書作成は現場の兵士の義務である以上当然のことなのだが。結局昨日、任務を押し付けてのうのうと寝ていた彼のことを思い出すと、苛立ちが募る。

「とはいえ俺たち憲兵だろ?規律守らせる側が寝坊なんてシャレになんねーぞ?それに――」

 そう言いながら彼は私の方に身を乗り出してきて

「寝ぐせ、付いてるぜ?職務の前に髪くらいとかしてこいよ?まぁ今日は俺たち門衛だからそうそう市民と会うことはないけどさ?」

 ……こういうところも、なんだか無性に腹が立つ。ユウマのくせに。なんだか癪に障ったから手だけを払いのけて無視することにした。

「そういえばさ」

 そんな内心は露知らずといった風に、話題を変えてしまった。感情のやり場に困る。

「……なに」

「そう怒るなって。それより昨日、お前が回収してきたっていうあの生存者、今朝意識が戻ったんだと」

「本当に?」

 そうか、彼女が。どうにか間に合ったみたいだ。私は昨夜から気になっていた彼女の安否がわかったことにひとまず安堵した。しかし対照的に、ユウマは珍しく浮かない顔をしている。

「……それで、彼女がどうかしたの?」

 しかし、ユウマに喜んでいるのを悟られるのも何だか釈然としないので、何もない風を装って聞いてみる。彼は、兵舎食堂で人気のとにかく物量の多い丼ものをかき込みながら続けた。……頬に何かついてるんだけど。取ってあげた方がいいのかな?

 「実は、ここに来るまでの記憶が無くなってるんだと。自分がどこの誰で、何をしていたのか。どうして宇宙船が壊れたのかも覚えてないらしい。」

 普段の彼のトーンで、つまり食堂でしゃべるための大きめの声ではなかった。しかしそうでありながら、普段なら恐らく聞こえなかったであろうその発言は、なぜかその時だけはよく聞こえた。でも、やっぱり頬についてる肉が気になって集中できない。だからもう一度聞き直すことにする。頬のそれを取った後に。

「ごめん、もう一回言ってくれない?」

 私はお返しとばかりに彼の頬の肉を取りながら聞いた。彼は頬をさすりながら詳細について語り始めた。

「昨日お前が回収してきた子、CACSの登録情報じゃ、ここからざっと50,000光年は内側の生産属領の生まれなんだって。で、そこでパラディスの入社試験に受かってこの辺の支社に送られる予定だったらしいんだけど、途中で事故に遭って、その後はお前のがよく知ってると思うが。医者が言うにはその時に頭を強く打ったせいだろうって。」

 そうか…彼女にはそんなことが。

「それで……今後彼女はどうなるんだろう……?」

「んまぁ、元の進路そのままってわけにはいかないだろうなぁ。それでなくともパラディスはむちゃくちゃ入社試験厳しいし。かといって今から50,000光年トンボ返りしたところで元の生活に戻れるかも怪しいし。ま、そこら辺は我らが教官殿や属領知事なんかが上手いことやってくれるだろうぜ。」

 ……能天気だなこいつ。っていうかさっき取ったばっかりなのに今度は鼻に野菜の欠片が付いてる。子供なのか?もう取らないぞ。私は見ないように横を見た。すると、時計が目に映ったのでこんな仕返しを考えた。

「……ところで、そろそろ業務開始まで10分を切ってるけど……その量のご飯は食べられるの?」

「うぇうそだろやっばい!リリィ手伝ってくれぇ!」

「私、先に持ち場行ってるから。」

 後ろから悲鳴が聞こえた気がするが。そろそろ食堂の喧騒も小さくなってきたし、そこまで大きな音量でもないだろう。きっとそうだ。

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