緋色の空、しじまの邂逅

 操縦桿を握り締めたまま、靄がかった緋色の空の上、今も軌道上を音もなく、けれど実際は轟音で落下し続けているであろう白い軌跡を目だけで追いかける。遠く、大きな弧を描くように進むそれは、決して意図されたものでなく、むしろそうであるからこそ私が向かっている。

「こちらL-27、不明機体を目視にて確認。これより追跡に入る。」

 既に非常通信で呼びかけてみたものの、応答はない。通信機能が死んでしまったのか、あるいは意図的に無視されているのか。

「本部了解。引き続き観測されたし。」

 どちらにせよ、乗員を保護して事情を聞く必要がある。落着予想地点に向け、少し深く操縦桿を倒した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 15分ほどして、私は不明機の落下地点に降り立った。どうやら、機体はパラディス・コーポレーション製の貨物輸送機らしく、企業のロゴマークがあった。しかし、墜落時の衝撃のせいか機体そのものの損傷が酷く、おまけにただでさえ酸素の薄いこの惑星で濛々と黒煙が立ち上り、船外服越しでさえ恐ろしさを感じるほどに酸素濃度が下がっている。生存者がいるとはとても思えない状況だ。とはいえ、万にひとつといえど、可能性が0なわけではない。私は覚悟を決め、内部に入る手段を探すことにした。

 とはいったものの、これだけ損傷していると正規の出入り口は機能停止している可能性が高い。

 「非常用出入口は、いくらか残っているはずだけど……」

 とりあえず、船体周りを一周して探してみることにした。

 「よかった、非常用エアロックは生きてるみたい。」

 幸いなことに、いくらかの非常用出入口のうちのひとつが生きていたので、私はそこから艦内へ侵入することにした。

 艦内は暗く、無人艦だったのだろうか、非常灯のひとつすらついていない。エアロックから射し込む微かな陽光だけが、床に細い光を落としていた。

「暗視モード」

 ヘルメットは私の呼びかけに応じ、暗い視界を明るく補正して映し出す。けれど、やはり無機質な灰色の艦内でしかなく、生存者の気配はない。しかし、いくら無人艦と言えど完全な無人化はされていないはずだ。コクピットへ向かえば何かしらの情報があるだろうか?

 船外から見たときの艦の外観の記憶を頼りに、恐らくコクピットがあるであろう方向へと歩を進める。長い一本道の通路には、各所に貨物室と思しき部屋があるが、いずれも扉が損傷または物理的にロックされており、アクセスすることは難しそうだ。

「よほど機密性の高い貨物を運んでいたのね……」

 そう思いながら、私はさらに歩を進める。あまりに静かな艦内に、時々方向感覚を失いそうになる。聞こえるのはヘルメット内に反響する自身の呼吸音と、ブーツと地面が擦れる微かな音だけだ。時に転びそうになり、燃えて煤けた壁に手をつく。艦内は外よりもさらに酸素濃度が低くなっていて、外で見た豪炎は見る影もない。どうやら炎は落下中に既に酸素の不足から燃え尽きてしまったらしい。

 やがて、私は最奥の扉にたどり着いた。記憶が正しければ、恐らくはここがコクピットだろう。

「透析スキャン」

 短く言葉を発し、それに応じるようにヘルメットの視界に模様の描かれた小さな正方形が出現する。無論、これは模様ではなくこの扉の向こうの構造だ。ヘルメットは続けてアラートを出してきた。

「生体反応……この状況で!?」

 どうやらヘルメットは、この先の部屋に「生存者」を確認したらしい。生体反応を示すアラートが表示され、同時にそれが金属を纏った「人型」の生体反応であることが示される。恐らく船外服の金属部分に反応しているのだろうが、万が一がある。太腿のホルスターから多機能レーザーハンドガンを取り出し、エネルギー残量を確認した。実弾武装より威力は劣るが、こんなものでも護身用にはなる。

 扉の前に立ち、息を整える。

 音がない。ヘルメット内に響く自分の呼吸音が、奇妙に遠い。目の前の扉の向こうに、本当に“誰か”がいるのだろうか。それとも、ただの誤検知なのだろうか。

 ……それでも、進むしかない。

 そこまで確認した私は、意を決して銃を構え、扉を開けた。

 扉は、電源が落ちているため、少し重い以外は何の抵抗もなく開いた。

 銃口の先にあったのは、やはり予想した通りのコクピットルームで、生存者と思われる者も、二席ある操縦席の内のひとつに座っていた。私はそのまま歩を進め、やがて生存者と思しき人物の横に並び立ち、そして銃口を向けた。

「心拍数……52、体温……34.7、頭部への損傷を確認。生体反応微弱、早急な手当てを推奨」

 無機質な機械音声は告げた。生存者の余命が残り幾何もないと。

「これは……!こちらL-27、艦内で生存者確認。生命兆候微弱、減衰中。医療班の至急派遣を要請、繰り返す、医療班の至急派遣を要請。」

 私は生存者を抱き上げながら救援を要請した。

「本部了解、医療班を急行させる。あと20分程度で着くはずだ。」

「L-27了解」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 私は生存者を抱きかかえて艦を出て乗ってきた小型艇に戻った。最低限の設備とはいえ、20分命を繋ぐだけならばこの程度でも可能なはずだ。そして、治療のためにヘルメットを脱がせて……

 ――静寂。

 周囲のあらゆる音のすべて消えた気がした。

 ただ、微かな吐息の音だけが、少女の唇から零れていた。

 「……!」

 思わず息を吞んでしまうほどに、彼女は美しい”少女”だった。白磁のような透き通った白い肌に、黄金のように美しい金髪。まるでこのまま目を開けることのない人形のような――いや違う、彼女は人間だ。目の前で横たわる人形のような少女は、しかし人形ではなく生きた人間なんだ。

「っは、いけない!作業を始めないと!」

 刹那、私は我に返り、艦艇備え付けのメディカルシステムに従い、処置を施していく。といっても、その殆どはメディカルドローンがやってくれるため、私はただ見て、祈ることしかできなかったが。

 その後、定刻通りやってきた医療班に彼女を引き渡し、私が成すべきその日の任務は、残すところ基地へ帰投するのみとなった。

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