緩慢な詰所
私たちの所属する憲兵隊の業務は多岐にわたる。街区・基地の巡視はもちろん、兵站の管理や基地の門衛、新兵だと街のお悩み相談やペット捜索まで職務内容に入っている。いわゆる、軍の雑用係としての職分である。無論、これだけ多種多様な業務があれば必然的に当直業務の労働量に格差が出るわけで。とりわけ、今日の当直業務である基地門衛はあまりにも仕事がなさ過ぎて逆に拷問であるとまで言われる。そして、どちらとも言えないことに、今日は私とユウマの両方が日勤の門衛にあたっている。……何度か夜勤もしたことがあるが、あれは本当に二度とやりたくない。
「…………すぅ」
……また横でユウマが寝ている。食後は眠くなるし、とりわけ満腹だと眠くなるからあんな量食べなきゃよかったのに。どこを蹴って起こそうか考えていると、救援に向かった医療班の装甲車が、検問所に戻ってきた。外部から戻る車両にはCACSを通した照合が義務付けられているため、私も彼らも慣れた手つきでスキャンに備える。
「はい、白線の位置まで進んでください。」
相手も慣れたように指示に従い、ちょうどいい位置で停車し、スキャンが始まる。そして5秒ほどで問題なしとの表示が出たため、これも念のための、直接での身分確認を行う。横で寝ているポンコツは確実に後でアトス教官によるありがたい指導が待っているだろうなと思いながら、しかし起こしてやる義理もないので、そのままスキャンエリアから前進してもらい、私たちの詰め所の隣にある、警備対象の出入りする人物を一時確認するための面談室に案内した。
「身分証明を行います。腕を出してください。」
「お、君は昨日のお嬢ちゃんかい?」
……想定外の反応だ。昨日も今日も私は憲兵だが、私は昨日彼らと会った覚えがない。
「あ、いやすまない。昨日はバイオハザード対策で全身防護服だったもんな。見てもわからんよな。昨日、あの金髪の…確かミラって嬢ちゃんを救出した医療班だよ。」
なるほど、それは確かに私と会ったことがあるのも納得だ。
「あぁ、あの方達でしたか。それで、彼女の容態はその後どうですか?一応ざっとだけは聞いていますが。」
「うーん…あまり芳しくはないなぁ。」
「どうも頭部に強い衝撃を受けたみたいで…一応意識は回復したし、その他の脳機能に障害はないのですが、ここに来るまでの記憶がなくなってしまったようで…」
そう答えるのは班長と思しき壮年の男性とは別の、年若い新兵と思しき風貌の青年だ。
「どうもスキャンした限りだと、ここからずっと向こうの生産属領出身のエリート様だったみたいなんだがな?今から戻るのは厳しいだろうなぁ…」
そんな話をしている間に、全員の身分証明スキャンが終了した。
「そうですか…引き続き、彼女のことをお願いします。何かあったら連絡をください。」
「おう、任せとけ。そんじゃ、嬢ちゃんも居眠りしないように頑張れよ!じゃぁな!」
そう言い残して彼らは去っていった。
さて、いい加減あのポンコツを起こしてあげよう。私はもしかしたら優しいのかもしれないな。そんなことを思いながら、その後の門衛業務は恙なく終わった。ユウマがアトス少尉に絞殺されそうになっていたことを除けば。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ユウマが〆られているのを尻目に、私は今日の業務報告を終えて休養時間に入った。とはいえ、この外縁の戦闘属領で出来ることなんてそう多くはない。普段なら、適当に風呂に入って本でも読んだ後にさっさと寝てしまうのだが、今日だけはすぐに戻る気にはなれなかった。気掛かりがあったからだ。
「あの子、大丈夫かな……?」
たった一人、記憶もないままこんな見知らぬ地に飛ばされて、不安でないわけがない。私自身も、両親が前線で戦う兵士だったから多くの地を転々としてきた。だからこそわかる、知らない場所で、たったひとり孤独になることがどれほど辛いか。しかし、そうであればこそ為さなければならないことがある。
「仕方ないよね……憲兵隊だもん。憲兵は帝国市民の安心を守るのが職務だもんね……」
そう言い訳をしながら、私はゆっくりと、医療施設のある街区へと歩みを進めた。
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