第42話 CTRL-V episode 37
数週間後に控えた《DIRECTORY:RELOAD》本番。その準備に追われる日々が続いていた。
チームメンバーは、斬波レイナ、シオン・グレイウッド、そして俺――タカアキ。
レイナは相変わらずの腕前だった。反射速度、射線の取り方、状況判断、どれを取っても一線級。加えて、何度もチームを組んだ経験があるから、俺との連携も抜群だった。息を合わせるというより、言葉がなくても意図が伝わるような、そんな信頼感があった。
そして、シオン・グレイウッド。事前の評判通りの実力者だった。
レイナと俺の高度な連携に、彼はしっかりついてきた。むしろ、読み合いの中で、俺たちが気づかない死角にピンを刺してくることさえある。戦術の応酬の中で、何度も「やるな……」と口に出しそうになった。
連携の手応えは、日を追うごとに確信へと変わっていった。これは、戦えるチームだと。
そんなある晩、練習を終えた深夜に、ディスコードに一通のDMが届いた。
『タカアキさん、お疲れ様です。《DIRECTORY:RELOAD》当日に発表される新規所属タレントのPV撮影に、ぜひご協力いただけませんか?』
送り主は、ディレクトリのマネージャー・橘さんだった。
俺が「えっ、俺も“新規所属タレント”扱いなんすか?」と返すと、橘さんは軽く笑って言った。
『はい。タカアキさんは“未来の柱”候補ですから』
お世辞か本気かは分からない。でも、交通費・宿泊費すべて会社負担で、東京でのPV撮影なんて、そんな機会は滅多にない。正直、二つ返事で「行きます」と答えた。
◇
東京に行くのは、久しぶりだった。
大学に通っていた頃、一人暮らしをしていたのがこの街だった。あの小さなワンルームで、最初のFPSに触れた。初めての配信も、あの部屋からだった。
でも、あの時間は、ある日突然終わりを迎えた。
事故だった。
母さんと、父さんと、姉ちゃんが乗った車が、交差点でトラックに巻き込まれて――全員、即死だった。
現実感がなかった。
大学の講義の途中で呼び出され、警察署に駆けつけ、冷たい遺体を見せられても、何も理解できなかった。
気がつけば、俺は大学をやめて、地元に戻っていた。
配信もすっぱりやめた。何かを発信する気力なんて、どこにもなかった。
けれど、時間は待ってくれない。
田舎でぼんやり暮らすうちに、少しずつ焦りが生まれた。「何もしなきゃ、食っていけない」と。俺にできることなんて、FPSと配信ぐらいしかないと思い知らされた。
だから俺は、戻ったんだ。
s4itoという活動名を捨てて、“tqkqki”として――再びカメラの前に立った。
再始動した初配信。
あのとき、「おかえり」ってコメントをくれた中に、もしくは見守ってくれていたリスナーの中に、まさかあの星灯ミラがいたなんて、思いもしなかった。
──無性に、話したくなる。
名前で呼びたくなるくらい、今、彼女の声を聞きたかった。
◇
ディレクトリのオフィスは、東京某所のオシャレなオフィスビルに入っていた。
受付で名前を告げると、意外な案内を受ける。
「PV撮影の前に、まずは社長室までご案内します」
……社長室?
スタジオじゃないのか、と困惑しながらも案内に従う。緊張で、エレベーターの中では手汗が止まらなかった。
最上階。社長室の前でノックするよう促され、心臓の鼓動が耳の中でうるさいほどに響く。
ノックして、深く息を吐き、扉を開けた。
「失礼します」
そこにいたのは、スーツ姿の落ち着いた男性だった。静かな眼差し、品のある所作。間違いない、この人がディレクトリ代表取締役、大河 律だった。
「お越しいただきありがとうございます、タカアキさん」
礼儀正しく頭を下げる姿に、慌てて俺も一礼する。
……と、そのとき。
社長室の奥、ソファに座っていたもう一人の人物が声を上げた。
「よう、久しぶり。って言っても、つい先日まで一緒にカスタムしてたけど」
冗談めかした口調で笑う、その声は聞き慣れたものだった。そこにいたのは、
でもなぜか、俺は彼がここにいるような気がしていた。
そんな俺に向かって、彼はニヤリと笑って言った。
「このディレクトリのタカアキ君は、意外と冷静なんだねぇ」
──その瞬間、空気が変わった気がした。
重たい、けれどどこか熱を帯びた何かが、この先にあるような予感がしていた。
そして、俺はまだ、それが何なのかを知らなかった。
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