第41話 CTRL-V episode 36

 ディスコードの通話画面に表示されたアイコンを、俺は黙って見つめていた。


 まさか、こんな形で話すことになるとは思っていなかった。超人気ストリーマー、じん。界隈で名前を知らない奴はいない。配信界の帝王。FPS大会においても圧倒的な結果を残してきたレジェンド。その神が、俺のチーム参加の条件として出してきたのが──


 「半年間、Vtuberとのコラボを一切やめること」


 意味が分からない。何を考えてそんなことを言ってきたのか。Vtuberとの共演を避ける理由なんて、思いつかない。共演NGでもなさそうだったし、過去に何かあった様子もない。だから俺は、ディレクトリの担当者を通して、直接話す機会をもらった。


 画面のアイコンの色が変わる。通話がつながった。


「やあ、タカアキくん。話すのは初めてだったかな?」


「はい。今日は時間をいただきありがとうございます」


 内心は緊張でぐちゃぐちゃだったけど、できるだけ平静を装った。


「本題から入ります。どうして、あの条件を出したんですか?」


 神はしばらく黙っていた。数秒。呼吸音さえない沈黙の後、彼は小さく笑った。


「理由は……今は言えない。ただ、それが僕にとっては絶対に必要な条件なんだ」


「……もし俺がその条件を呑めば、何が変わるんですか?」


「半年後、君は“今まで見たことのない世界”に辿り着ける。そう約束するよ」


 声は真剣だった。でも。


「……すみません。それでも俺は、呑めません」


 自分の中で、何度も反芻した末の答えだった。

 俺はVtuberと出会って、変わった。

 星灯ミラと交わした言葉、斬波レイナと過ごした時間、すべてが俺にとって“現実”だった。


 それを半年も手放すなんて、できるわけがない。


「そっか」


 神は短く、でもはっきりとした声で言った。


「君の判断を、尊重するよ。でも……それなら、俺は君のチームには入れない」


 そう言うと、神はそれ以上何も言わずに通話を切った。




 ◇




 その日の夜、斬波レイナにDMを送った。


『ごめん。チームの件、神さん誘ってみたけどダメだった』


 既読がついて、数分後に短い返信が届いた。


『そっか。理由は?』


 言えるはずもなかった。

 神とのやりとりはオフレコだ。


『ごめん。いろいろあって』


 また既読。すぐに来た返事は、シンプルだった。


『んー。ま、友達多いんだし地道に声かけてみれば』


 その言葉が、妙に胸に残った。




 ◇




 翌日、俺は自分の記憶を辿って、可能性のありそうな人をリストアップしていた。

 俺と縁があって、実力もある人間。

 思い出したのは、STXイベントで一緒になった人の名前だった。


 シオン・グレイウッド。

 クールな声が印象的なVtuberで、聞けば法学部出身のインテリ。

 FPSの腕前もかなりのものだと噂だった。


 試しにディスコードでDMを送ってみた。


『久しぶり。DIRECTORY:RELOAD出るんだけど、チーム組まない?』


 返事は、驚くほど早かった。


『いいよ。楽しそう』


 それだけで、気が抜けるくらいに救われた。


『ありがとう。じゃあ、また後でVCしよう』


『了解』




 ◇




 そして、配信の日。

 俺は視聴者に向けて、チームメンバーを発表する瞬間を迎えていた。


「さあ、お待たせしました! 今回のDIRECTORY:RELOADに参加する、俺のチームメンバーは──」


 コメントが一気に流れ始める。


「斬波レイナ、シオン・グレイウッド。この三人で行きます!」


 コメント欄が爆発した。


『え、シオン!?』

『最高すぎる』

『レイナちゃんとの並びエモい』

『バランス良くない?』

『優勝あるな』


 リスナーの反応は上々だった。

 このメンバーでなら、やっていける気がする。

 いや、やっていこうと思えた。


「というわけで、DIRECTORY:RELOAD、本気で行きます。応援よろしく!」


 配信を締めて、マイクをオフにする。

 静かになった部屋で、俺はふぅと息を吐いた。


 じんが言っていた“見たことのない世界”がどんなものなのか、俺にはまだ分からない。

 でも、俺は俺のやり方で、それを見つけたいと思う。

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