番外編 ハートマンという男

 人は平等ではない。だが、それゆえに突出してしまった個という存在は、排除されなければならない。

 誰かが仕組んだ訳でもなく、誰かが望んだ訳でもない。個の排除という行為は、いわば自然に行われる残酷な摂理である。

 そんな摂理からは少し離れ、世界の何処かでは排除行為そのものを委託され、執行する第三者が存在する。

 彼らは何処からか姿を現し、瞳に映る対象を即座に排除する。残るは一閃の魔力の残穢か、無様に転がる骸だけか。全容は未だ明らかとなっていない。彼らが何者であるのかさえも。

 と、言うのが彼らが訪れた世界の人々の話。通説、見解、それらを大まかにまとめた物である。

 今からお話しするのは、当事者のお話し。


「……ふぅ。執行官No.5──アラン・ハートマン、対象を確認。出撃します」


 風が吹き荒れるビルの屋上、月明かりに照らされる夜の片隅で一人の男が言った。通信機器を介し、組織本部へ行動開始を伝える為に。

 漆黒の色を基調とし、現世離れした特徴的な装飾のあるスーツを身に纏う仮面の男。彼の名はアラン・ハートマン。先述した第三者の立ち位置に所属する、執行官の一人である。

 彼は耳に装着されたインカムを手慣れた素振りで操作すると、別回線へと切り替えた。インカムが発する光が緑から赤へと変わる。


「レグラード、乖離はどうなっている?」

『乖離は路地裏を経由し、仲間である【東区反乱者連合】と合流。現在は団結しその場で身を固めています』

「了解した」


 アランがインカム越しに会話しているのは、組織とは別に結成したチーム【パラディオン】のオペレーターである少女──レグラード。

 彼女は何個も連結されたモニターとパソコンを駆使し、的確にアランが必要としている情報を流し続けている。

 乖離というのは冒頭で記した通り、突出した個という存在のことだ。それを彼らは【乖離】と呼んでおり、排除対象としている。


「レグラード、皆はどうしている?」

『はい。さんは定位置についております。はこちらで私の補助を。は屋上から敵を観察中で、逐一情報を送ってくれています』

「了解した。では、私も動くとしよう」

『分かりました!ナビゲートしますので、視界を私に委ねて頂けますか?』

「一任しよう」


 アランは目を閉じると、大きく深呼吸をした。一度冷静になり、ゆっくりとレグラードの魔力反応を探す。

 見つけることに成功すると、まるで針に糸を通すような精密さで、彼女の魔力を己の体に繋ぎ合わせる。


『成功しました。目を開けていただいて大丈夫です!』

「ありがとう」


 彼女の魔力で体が満たされた頃、レグラードは告げる。アランが即座に目を開けると、そこに広がるのは鮮明化された夜の景色だった。進むべき道がマーキングされ、いつでも作戦を開始出来るようになっている。


「よし。作戦を開始する」

『いってらっしゃいませ、アラン様』


 アランは屋上の床を蹴り上げ、夜の空へと舞い上がる。月明かりが彼の姿を照らし、一つの絵画の様に飾りつける。

 風が顔に当たり、少し肌寒い。けれど悪くない感覚だった。

 そんな感覚を得ているのも束の間、彼の体は勢いよく宙から落ちる。時間が経つにつれ、体に上乗せられる力が強まっていく。

 この状態で地面に当たれば一溜まりもない。だが、彼は微塵の迷いも見せなかった。ただ冷静に、指先に魔力を貯める。

 その手を振り上げ、下ろす、交差してを二、三回繰り返す。気でも狂ったかのように見えるが、実際は違う。


「────ッ!!少し精度が荒いな」

『危ないですよアラン様っ!!』

「心配せずとも、私は死なぬさ」


 アランが地面に触れる瞬間、何もなかった場所に一つの蜘蛛の巣のような物が出現した。黒色の糸が四方八方に接着され、もはやアートにさえ見える。

 糸が彼の体を受け止め、トランポリンのように衝撃を受け流してくれた。その体に一つの傷をつけることもなく、地上にたどり着いた。

 地面へと足をつけた彼が腕をスッと振り下ろすと、蜘蛛の巣は何処かへと姿を消した。これが、彼の魔法──【支配の黒糸】である。

 原理としては魔力を糸にするだけという、とても簡潔な仕組みである。みんなもやってみよう!!


「地上に到達。路地裏に向かう」 

『はい!ナビ通りにお進みください』


 アランはレグラードが視界に記してくれたマーキングを頼りに、路地裏へと駆ける。並の疾風よりも早いそれは、瞬く間に目的地へと辿り着いた。

 到着すると乖離とその仲間と見られる者たちが固まっていた。速攻で終わらせることも出来るが、格下の相手であることは明白。

 であれば、紳士がする行動はひとつだ。

 彼は左手を前に、右手を後に運ぶと深々とお辞儀をした。


「お初にお目にかかる、私の名はアラン・ハートマン。世界の乖離を排除し、均衡を保つ為にある存在。以後、お見知り置きを」

「ふざけやがって!!」


 アランの挨拶に苛立ちを覚えた男が一人、隊列を崩して襲い掛かる。手にはナイフが握られており、後ろには男を援護するように銃を構えた者たちが並んでいる。絶望的な状況だ。


 だが────────


「────っあが!?いてててててて!!」

「────なんだ!?銃が勝手に!?」

「────銃口が、切られた……なんて…」


 四方八方から叫び声が上がる。またもや無数の糸が現れたかと思えば、ナイフを持つ男を雁字搦めに絡め取り、他の者たちの銃を破壊する。

 銃を無くした背後の男たちは呆然と立ち尽くし、なんとも呆気なく糸に絡め取られる。しかし、アランは頭を下げたままだ。


「攻撃を仕掛ける時は、よく考えることだ」


 彼は頭を上げて続ける。


「罠は無いか、隠れている敵はいないか。はたまた、魔力の糸は巡らされていないのかと。でなければ、今のようになるのは致し方ない」


 彼のレクチャーに男たちのこめかみには青筋が浮かぶ。鬼の形相で彼を睨みつけ、糸を破壊しようと暴れ回る。けれど、暴れる度に糸の締め付けは強くなっていく。


「やめておけ、それ以上は四肢とお別れする事になるぞ?」


 アランと名乗る、表情の分からない仮面の男が告げる。優しさなんて宿していない、残酷極まりない冷徹な口調で。

 あまりの恐怖に、いつの間にか男たちは抵抗する気力を失っていた。糸に体を委ね、全身から力を抜けさせている。


「そこでじっとしていろ」


 アランは男たちを掻き分け、腰の抜けている乖離の元へと歩み寄る。アランの顔を見るや否や血相をかえ、瞳がはち切れんばかりに開く。


「く、くるなぁぁぁぁあ!!!」


 乖離は怒号を鳴らしアランを威嚇する。が状況が状況の為、何処からどう見ても怖くない。

 アランは仮面の下から、ゴミを見るような視線を送っていた。いかにも残念そうに。けれどそれも、乖離かれからは分かるまい。


「……もう、終わりにしよう」


 それが、乖離が聞いた最期の言葉だった。

 アランの言葉が終わる寸前には、乖離の視界がズレた。妙にスローになったかと思えば、ポトリと目線が地面に落ちる。次第に転がり、目の前は真っ黒になっていた。

 痛みなんてない。これこそ、アランに出来る最大の慈悲。糸によって一瞬で首を断ち、苦痛を与える前に絶命させたのだ。

 彼は空を見上げた。


「こちらハートマン、乖離を排除完了」


 その言葉に残っていた男たちは安堵した。


『お疲れ様でした!リゼルムは撤退させます。……様はどうしましょう?』

「そうだな……」


 インカム越しの問いかけに、彼は悩む。

 その様子を男たちはまじまじと眺めていた。一抹の期待を込め、じっと見続ける。


「……撤退だ、もうここに用はない。帰ろう」

『了解しました!では、そうお伝えします』

「頼んだ」


 アランはインカムの通信を切った。

 期待は叶った、男たちは歓喜に震えた。

 アランという恐怖の塊から、生き延びることに成功したという事実は大きい。任務は失敗したが、この話を元により多くの任務にありつけるだろう。彼らの計画は広がっていた。

 あとは無事に帰るだけ……そう思っていた。

 アランが帰路に向かった。路地裏に片道へ踵を返し進んでいく。けれど、男たちを絡めている糸は未だそのままだ。

 彼はインカムを操作し、ライトが緑に光る。


「こちらハートマン。任務完了、直ちに本部へと帰還する。伝達事項等があればお聞きしたい」

『こちら本部。ハートマンに告げる、現場に人が残っていない事を確認次第、帰還せよ』

「……了解」


 インカムの通信が切れる。

 同時に、糸が男たちの命を刈り取った。頭部と四肢は散らばり、アランの背後で大量の出血が巻き起こった。

 彼は振り返らない。来た道をただ進む。

 路地裏を抜け、道を歩いていると、来た時には分からなかった事に気づく。例えば、そこへ至るまでの道のりには商店街があったとか、自動販売機は何個あったとか。

 どれも些細な点ではあるけれど、彼にとってそれは失ってしまった日常のように思えて、仕方がなかった。

 心の何処かで抜け落ちてしまった何かが、埋まるような気分になる。実に、幸福度の高い時間だ。


「土産、買いたかったな」


 アランは商店街の和菓子屋の看板を見て、徐に呟いた。意識して変えていた口調も、今では私的なものに変わっている。

 そういえば、いつからだったか。平凡な日常から足を踏み外し、乖離を切除する為に、世界を飛び回るようになったのは。

 彼は重い足取りで仮拠点を目指した。そこから転送装置を使い、本部へと帰る。

 タルラとリゼルムはそれぞれ簡易転送装置があるから、自分たちで基地に戻る事が出来るだろう。だから彼も安心である。


「さあ、帰ろう……」


 数十分歩いた先、彼は仮拠点の前に到着した。今日は、なんだか妙に長かった気がしていた。

 結局今日も、彼は分からなかった。

 何をする事が真に正しい行為なのかも。本当に、乖離を切除し続ける事が正しい事なのかも。が、何で自分を助けたのかさえも。

 彼は夜空に手を伸ばす。


「いつか、分かる日が来るのだろうか?」


 そんな途方のない問いを投げるように。

 一瞬の静寂の後、世界が止まった。背後に気配が現れたかと思えば、耳元で聞き覚えのある声音が響く。


「分からないさ。今日で貴方は終わる」


 アランは咄嗟に身を翻した。


「────────ッ!?」

「あー、やっぱり避けられるかぁ……ま、期待はしてなかったけど」


 アランを殺せなかった事を、残念そうにヘラヘラしている男がいる。彼の背後に月が昇っているせいで影ができ、顔がよく見えない。


「でもさぁ……折角【時間停止の乖離】を実験して得た力を、こうも簡単に見切られると悲しいよ。僕の自身作なのに」


(時間停止の乖離……?一体、何を言って)


 アランは怪訝そうな顔をした。

 目の前の何者かが明らかに自分の命を狙って攻撃を仕掛けてきた。その事実がある以上、例え知人の誰であっても戦わない訳にはいかない。

 アランは魔力を漲らせ、機を待った。


「あぁ、まだ気づいてくれないんですか?」

「……?」


 睨みを効かせるアランに、男はまたもや残念そうに言う。対してアランは眉を挟めていた。


「もういいですよ。さっさと排除しますから。知ってるんですよ、僕」

「一体何を知ってると言うんだ?」

「……貴方が、乖離だったという事を」

「…………!!??」


 男の発言に強く反応し、アランの体が動く。

 柄にもなく素手や蹴りでの攻撃を繰り出し、一刻も早く男を抹消するべく動き出す。その目に冷静さは宿っておらず、無我夢中といった状態だった。

 だからこそ、全ての攻撃が男を倒す有効打になり得なかった。どれも簡単に躱され、いなされ、呆気なく終わる。

 男は大層余裕そうだった。

 加えて、アランに運は味方していなかった。

 冷静さを欠いた決定的状況の中で、トドメを刺さんとばかりに追い討ちはかけられた。

 月が沈み、段々と太陽が昇る。男に出来ていた影は時間経過と共に無くなっていき、気づいた頃には素顔が晒されていた。


「そんな……馬鹿な…話が、あるのか?」


 アランは目を見開いた。


「ああ、あるんだよ。やっと気づいてくれたんだ、アラン。いや、蓮凛れんり。君の幼馴染の葉山だよ……もっとも、今は執行官No.22──シノア・ハルトマンだけどね」


 男──シノアから語られた衝撃的な事実を受け止めるのに、アランは多大な時間を有した。確かに、常人よりも早い速度で処理出来ているとはいえ、十秒はかかった。

 その十秒が、彼の命を摘んだ。

 シノアの言葉を全て理解するに至った時には既に、彼の剣がアランの腹部を貫いていた。

 じわじわと滲み出る出血による熱と痛みが、妙に鮮明に感じられる。熱い、痛い、これが死の恐怖。

 アランはばたりと倒れた。


「蓮凛、君の事が憎かった。あの時やっと乖離で死んだかと思ったのに、突然現れた奴に生かされていた……麗奈の心も!!独り占め!!したままっ!!」

「……っ!!」


 シノアは倒れるアランの腹部を蹴り付けた。彼は震えながらも、必死に意識を繋ぎ止めようとしている。


「お前が死んだ後、麗奈は泣き続けた。お前さえいなければ、彼女は僕のものになると思ってた!!でも違ったんだ!!君の葬儀の後、彼女は死を選んだよ!!君がいない世界なんて意味がないって!!」

「やめ……て、くれ……!」

「最初こそ僕が間違ってたと思ったさ。でもある時、一人の執行官が僕の元に現れて見せてくれた。君が、アラン・ハートマンと入れ替わる瞬間を!!その時、君を心底憎んださ!!彼女は死んだのに、君は生きてるんだって!!」

「やめ、て……く…れ……」


 息も絶え絶えになっているアランに構う事なく、シノアは絶叫し続ける。溜め込んできた想いを、全てぶつけるようにして。

 だがアランに、その想いは、逆恨みは何一つ伝わっていなかった。彼の体の中に、もう意識は殆ど残っていなかったから。


「でも、これで僕は報われる。やっと、麗奈の仇を打てる。ああ、これでいいんだ!!」

「…………」


 アランの目から光が消える。

 シノアは喜びを全身に感じ、剣先をアランの顔へと向ける。力強く握られたそれは、ジリジリと顔に突き立てられる。


「安心してくれ、君の代わりは僕がする。じゃあね、蓮凛。……ハートマン」


 剣先が、脳を貫こうとした刹那。


「……何ッ!?」


 忽然とアランの姿が消えた。

 先ほどまでそこにいたはずの青年の姿は周囲のどこにもおらず、彼が放っていた強大な魔力さえも感じられなかった。

 シノアは焦った。ここでアランを取り逃したりなんてすれば、自分の命の保証はどこにもない。彼はどうすれば助かるのかを思案する他なくなってしまった。

 走り去るシノア、静寂を取り戻す街。

 アランの血痕だけが微かに残る。

 後に失踪したアランを捜索すべく【パラディオン】のメンバーが立ち上がったりしたが、それはまた別の話。

 さて、失踪したアランだが彼は別に死んでいない。なんなら、彼にすら計り知れない事象の働きによって、異世界にいた。


「……は?」


 傷跡が完全に塞がっている。全身を襲った痛みと恐怖は何処かへ姿を隠し、倦怠感もぼーっとする感じもない。


「ここは……」


 混乱する中、アランは周囲に視線を配った。

 そこは深い森の中。見知らぬ植物が生い茂り、聞いたことのない生物の鳴き声がする。周囲は魔力が満ちているが、これまた知らない魔力の感覚だった。

 アランからしてみれば、体にこの場所の魔力を順応させるのは朝飯前と言ってもいいレベルで、すぐに準備は整った。


「問題はないな」


 手当たり次第使える魔法は試してみたが、特に問題は発生せず使えるようだ。少し慣れが必要ではあるが、今のところ射出速度が著しく低下しているだけなので、多分大丈夫だろう。

 魔力問題は解決しても問題は山積みだ。

 まずまず問題、この場所がどこなのかが分からない。状況証拠から見ても、ここが元いた世界とは考えられない。


(帰宅時に不手際が生じたか?……いやでも、俺はシノアに襲われていた筈だ)


 うーんとアランは悩む。


「インカムは、使えないと。分かってたさ」


 インカムの通信機能はゴミと化していてまるで役に立たない。せめて仲間たちと合流をと思ったが、どうも簡単にはいかないらしい。


「しょうがない、一旦ここを出るか」


 アランは重い腰を上げ、探索に乗り出すことを決めた。ここにいても何も得るものはないし、なんなら雰囲気怖いし。

 第1目標は現地民と出会うこと。

 これならばそこまでハードルは高くないし、文化の壁だって大きく出ることはないだろう。そう考えた。

 アランは歩き出そうとしたが、ふと立ち止まる。


「あー、今の姿じゃ不審者感すごいな」


 今の姿──つまりはアラン・ハートマンの姿。いつもならずっとこのままの場合が多いが、今は不測の事態である。

 もしも現地民に不信感を覚えられ、村もしくは町を初っ端から出禁になんてなったらだいぶ詰みだ。

 なので一旦仮面を外してみる。


「あんま変わんないよなぁこれじゃ」


 仮面外しただけだし。


「それにこんなよく分からない森が放置されている世界だ。生活レベルが幾分か平均の下でもおかしくは無い。だからスーツってのもなぁ、それに気安くアラン・ハートマンって名乗りたく無い」


 色々問題点は尽きないようだ。


「蓮凛って名乗るのもいいけど、ここ明らかに日本、ましてや地球ですら無いだろうし……ここはファンタジーっぽい名前を考えるか」


 取り敢えず名前から入るのもありだなあとかなんとか思いながら、アイデアを出しては捨て出しては捨てを繰り返す。

 だが結局のところいい選択肢は浮かんでこず、ぐだぐだとしている間に新たな問題点というのは自然発生するのだ。

 森の中で不自然に近づいてくる足音。

 数は多分──三人。

 一人を追って、二人が近づいきている。


(一人は少女……もう二人は大人。話し声的にも、大人の方が悪で間違いはないな)


 【空間転送】でうまいこと状況を汲み取ったアランは、ぐーっと伸びをして仮面を付け直した。


「名前は後だ。まずは人助けだ」


 誰にだって優先順位はある。それが自分のことだと言う人もいれば、彼のように人が幸せになる選択肢を取る者もいる。

 逃げる少女を捕まえんと大人たちが奮闘する裏で、スーツの男は飛び上がるのだ。

 彼は凄まじいスピードで駆け巡ると、少女の体を優しく抱え後退し、大人たちに牽制の姿勢を取る。


「な、なんなんだお前は!!」


 一人の大人が叫ぶ。


「今度は何……!?」


 少女は事態を飲み込めずに困惑した。

 だが直ぐに、アランが善人である事を悟る。


「お初にお目にかかる、私の名はアラン・ハートマン。世界の真実を望み、偽りからの脱却へ進む者」


 名前は後にした。多分考えなしに名乗ったら、いつか絶対にボロが出る。あとまぁ、どうせ長く関わるなら名乗る機会なんて無数にあるだろう。そんな能天気さこそがアランの本性。

 取り敢えずかっこよく決まり、フハハハとヒーローらしからぬ笑みを浮かべる彼の姿を見て、少女はただ一言呟いたのだ。


「アラン……ハートマン」


 これがアランとまだ何者なにもなりきれていなかった少女──レイシックの出会いだった。

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百合メイドの黒幕ミスリード 此咲夏 @yakiri_dayo

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