第四話 よくない噂?

 夜が更けていく。学園の敷地内にある寮の一つが、今のアシュリーの住まいだ。

 簡素な夜着に着替え、ベッドでごろりと寝転がる。あとはもう寝るだけのこの気楽な時間がアシュリーは好きだ。


「よかった。望み通りの研究会には入れたのね、おめでとう」


 そう祝福するのは、同室のルチア・フォスターだ。深い青髪が印象的で、アシュリーよりも大人びた雰囲気の少女である。

 入学から数日で仲を深め、寝る前にはこうしておしゃべりするのが彼女たちの習慣になりつつあった。

 ちなみに、ルチアも今日は色々な研究会を見学に行ったらしいが、まだどこに入るかは決められなかったそうだ。この学園には多様な研究会があって、進路に関わってくる場合もある。慎重になっているのだろう。

 


「グレン先輩も、身分のことがあるから気を遣ってくれただけで、本気で私を拒んでたわけじゃない……と思うんだよね。だからもう気にせず、好きに研究会活動を楽しむよ」

「にしたってグレン先輩呼びは強すぎるでしょう……彼、エンフィールド公爵閣下のご子息なのでしょう?」

「それは私も思ったんだけど、先輩が名字で呼ばれたくないみたいだったから」


 アシュリーが何気なく答えると、ルチアはやや眉根を寄せた。


「ああ……それはまあ、事情があるんでしょうね。知らない? 彼、確かにエンフィールド家のご子息だけど、どうも庶子らしいのよね」

「庶子っていうと……正式な奥さん以外の息子ってことだよね?」


 エンフィールド公爵の正妻ではなく、妾の息子。それが庶子だ。認知されないことも多く、相続権なども認められない。


「ていうか、なんでルチアが知ってるの? 私でも知らないのに」

「うんとね、彼どうも有名人みたいなのよ。私も今日色々な研究会に見学へ行ったんだけれど……友達が伝承研究会に興味持ってるって話をしたら、みんな固まってしまったの。あのグレン・エンフィールドがいるところかって」


 歯切れ悪そうにルチアが言う。アシュリーは首を傾げて尋ねた。

 

「それは、大貴族の庶子でややこしい出自だから?」

「それだけじゃないみたい。そりゃ公爵家は桁違いとはいえ、貴族自体はこの学園でも珍しくはないでしょう?」


 ルチアの言う通りだ。ここには様々な身分の生徒がいる。ルチア自身も、平民ではあるが大きな商人の娘で、アシュリーよりはずっと裕福に育っている。


「……その、彼、"人間嫌い"と呼ばれているみたいで。他の先輩方からすごく距離を置かれているらしいの。遠回しに関わらない方がいいとまで言われたわ」

「どうして?」

「そこまでは。さすがに公爵子息へのおおっぴらな悪口は言えないのかもね」


 アシュリーは今日の出来事を思い出す。探索中に女の先輩が呟いた"人間嫌い"は、グレンのことを指していたのだ。


「……どういう意味だろう。確かにグレン先輩、目は合わないしずっと淡々と話すから、それで誤解されたのかな」

「誤解でそこまで言われるかしら。本当に腫れ物扱いという感じだったわ。庶子以上の問題が彼にはあるのかも」

「……私は、そうは思わなかったな」


 ぽつり、アシュリーは呟く。


「生まれがどうとか、本人が選べないことをどうこう言うのは卑怯だと思う。それに他の先輩方がどう思っていても、私は今日、グレン先輩と話して楽しかった。優しい人だと思った。人の噂より、私はそれを信じたい」

「……そうね、その通りよ。とても素敵な考えだと思う」


 ばつが悪そうに目線を逸らしながら、ルシアが髪を手で梳く。


「無粋なこと言ってごめんなさい。噂とはいえ気になってしまったから」

「いいの、私を心配してくれたんでしょ?」


 気恥ずかしげなルシアに明るく笑いかける。

 もう消灯時間が近い。燭台の火を吹き消して、二人は眠りについた。


 目を閉じても、新しい日々の始まりに、アシュリーの胸は高鳴るばかりである。

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