第五話 薬草探し

「こんにちは先輩!」


 研究会に入ってはや二週間。いつも通りアシュリーは、放課後、研究会室を訪ねる。ソファの定位置に腰を下ろした。


 大方の新入生は、入る研究会や部活を決めたことだろう。しかしこの伝承研究会には、結局アシュリー以外に新入生が入ることはなかった。グレンの他にも先輩はいないらしい。ルチアからの噂を思うに、グレンが忌避されている節はあるのだろう。

 

 二人きりの研究会活動だが、決して居心地は悪くなかった。徐々に、アシュリーはグレンと距離を縮めている。


「お疲れ……どうした? 今日はやけに荷物が多いじゃないか」


 その指摘の通り、今日のアシュリーは大量の本を抱えていた。


「図書館で借りてきました。じつはウィリー先生の授業で面倒な課題が出されてしまって……」

「ああ、あの人か」


 グレンも苦笑する。

 魔法薬学の授業を担当するウィリーはとても厳しく、難しい課題を大量に出すことで有名だった。アシュリーもさっそく苦しんでいる。


「授業にはついていけているのか?」

「ぎりぎりまだ爆発は起こしてません!」

「その台詞はむしろ心配になるんだが」


 正直まったくついていけていなかった。薬草を恐ろしいほど緻密に管理し、調合する作業は、アシュリーの不得手とするところだ。

 話を逸らすように、アシュリーは借りてきた本をグレンに見せつける。


「授業で見せられた魔法薬を調べて、使われている薬草をすべて採取しなきゃいけないんです! 魔法薬の名前はわかったんですけど、原材料が全然わからなくて……」


 言いながら、一冊の本をぱらぱらとめくる。魔法薬事典だ。種類こそ膨大だが概要しか載っておらず、件の魔法薬の組成まではわからない。


「あー……種類が多すぎる! なんですかこれ、入学ほやほやの1回生には酷ですよ!」

「俺も苦労したな。大丈夫、これはまだ簡単な方だから」

「どう安心しろとっ? ここからまだ難しくなるんですか……」


 頭を抱えてうめくアシュリーを見て、グレンが目を細めた。

 明るく裏表のないアシュリーは、思ったことをとにかく口に出してしまう。その癖は時に家族からも「うるさい」と叱られたものだが、グレンはいつもしっかり受け止めてくれた。だからついつい口数が多くなるが、気を引き締めて今は課題に集中する。

 やがて五種類の薬草が使われていると突き止めた。あとはこれを採取し、今度の授業で提出すればいい。


「善は急げと言いますし、さっそく採取に行ってきます! 温室に行けばいいんですよね?」

「ああ。素手で触れるとかぶれるものもあるから気をつけて。水まきの後だと地面が滑るから、転ばないようにな」

「……先輩、私のこと子どもだと思ってます?」

「さっきの台詞のあとだと不安にもなるよ……」


 そんなやりとりを交わしつつ、アシュリーは温室へと出かける。




 今いる赤銅塔とほど近いところに、ガラスでできたドーム型の巨大な建物がある。それが温室だ。普通の花や実だけでなく、貴重な薬草が主に育てられている。


「えっと、こっちが雪見草で、こっちが銀霧草かな……?」

 

 よく似た二種類の草を見比べる。どちらも真っ白だが、後者にはやや銀色めいた斑点がうっすらと浮かんでいる。そういう特徴を見極めて、正しい薬草を採取しなければいけない。


「……うん、これで全部かな」


 農家生まれのアシュリーにとって、植物の見分けは決して難しくなかった。目的のものを集め終えて、一息つく。温室なだけあって暑く、額がわずかに汗ばんでいる。


 ――そのとき、ふと、草陰に横たわるソレを見つけた。


 それは銀色とも白色とも言い難い、不思議な色合いのトカゲだった。まるで水晶でできているようだ。鱗は透き通り、えも言われぬ輝きを放つ。よく磨かれた鏡のように、アシュリーの顔が歪曲して映る。


水晶蜥蜴クォーツリザード、だっけ……? あれ、どうしてこんなところに?」


 魔法生物――体内に魔力を宿し、不可思議な特徴を持った生き物の一種だ。しかし首を傾げる。この温室にこのトカゲが飼われていただろうか。そもそも水晶蜥蜴は北方に生息する種類で、暑さには弱かったはず。


 そこまで考えて気づく。さっきから人間アシュリーに見つかってなお、トカゲは身じろぎ一つしない。動かないのではなく、きっと動けないのだろう。汗ばむような熱気は、このトカゲには酷なはずだ。


「……大丈夫? 元気、ないよね」


 トカゲに語りかける。爬虫類特有の鋭い目が、真っ直ぐにアシュリーを射貫いた。しばしトカゲと視線を交わし、やがてアシュリーは手を伸ばす。

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