最終話 入れ替わった僕達は、それでも恋をする。

 姫野宮ひめのみや真冬まふゆ


 中学校時代の成績は常にトップでありながらも、女子バスケットボール部の部長と生徒会会長を兼任し、優れた美貌は超中学生級として噂の人になるほど。才色兼備という言葉は彼女の為に存在すると、世間では言われている。部活も全国大会入賞を果たし、全国規模での美少女であり、最近ではスカウトされ、芸能界入りも間近ではないかと噂されている。


 伊静流いしずる早蕨さわらび


 チャンネル名、flow rabbitを持つ、歌い手として今もっとも名の売れた人物の一人。二年前に投稿したMVは、既に再生数五千万回を超え、いつしか歌い手の枠を超え、オリジナル曲をも展開している時の人だ。顔を隠しているが、高校在学中という情報がどこからか漏れ出し、躍起になって探している生徒が多数存在する。顔を隠したままライブも開催され、五千人の会場キャパに対して応募は五万人を超えた。彼女がSNSで何かを発信すれば、集客率は二千%を超える、そんなインフルエンサーでもある。


 双方共にファンがいる程の才媛、並び立つだけで人の壁が出来てしまう程に美が溢れ出る。

 そんな二人が僕を前にし、頬を朱に染めながら、僕の返答を待っている状態だ。



 ――――私たちの、どちらかを選んで下さい。



 知らない人が見たら、どれだけ垂涎の状況なのだろうね。

 お前その場所変われって言葉が、脳内を駆け巡るよ。


 真冬ちゃんの気持ちは、二年前から何も変わらず。

 僕のお陰で家族が救われたという感謝の気持ちが、今は愛情へと昇華している。


 最初は違ったらしいけどね。


 直兄との入れ替わりに気づいた真冬ちゃんは、入れ替わりが終わった後も家にいて欲しいと思い、僕のことを誘い続けたのだとか。不自然なまでの愛情表現だと、今なら思える。そんな不自然さが昇華したというのであれば、彼女の愛情はそもそもが違うのではないか? とも思える。


 僕は誰もが羨むスーパースターではないし、勉強だって大したレベルでもない。

 隣に立ってしまったら不釣り合いなんじゃないかと、不安になってしまうレベルだ。


 でも、同じことが伊静流さんにも言える。


 彼女は名実共にスーパーアイドルだ。いや、歌い手かな? まぁとにかく、誰もが知るflow rabbitという彼女のもう一つの名は、全国メジャーレベルで有名であり、こうして正体を知っているだけで、それこそファンからしたら垂涎ものなのだと思う。

 

 彼女が僕を想い始めたのは、中学の頃。

 僕の動画を観て、誹謗中傷の言葉を受け止めた僕を尊敬し、彼女は今こうして、ここに立っている。


 でも、勘違いしているとも言えよう。

 僕だって少なからず、辛辣なコメントに傷ついていたんだ。

 何百というコメントは、ただ僕が見たくなくて放置したに過ぎない。

 その状態をたまたま伊静流さんが見て、勝手に勘違いしただけのこと。

 

 別にそれだとしても構わないと、彼女は以前言ってくれた。

 それでもいいから、一緒にいたいと。


「素直君」

「素直さん」


 そして、恋愛感情が天元突破した二人が、今こうして約束の時を迎えようとしている。

 真冬ちゃんを選ぶか、伊静流さんを選ぶか。


 もっと早くけりを付けても良かったのだと思う。

 でも、この状態があったからこそ、二人はここまで伸びることが出来た。

 互いに切磋琢磨し合い、ライバル視しながらも、相互援助で伸びていく。

 

 真冬ちゃんが芸能界デビューするにあたり、伊静流さんは可能な限り助言をしているし。

 伊静流さんが歌詞について悩ませていると、頭脳明晰な真冬ちゃんが助け船を出していた。


 親友とも呼べる二人が、僕のせいでたもとを分かつのは、正直心苦しい。

 でも、決めないといけない。


 不誠実な恋は、絶対に悲しい結末を迎えるから。


 僕に与えられた図々しくも誉れ高い権利を駆使し、僕は最愛の人へと歩み寄った。

 

「……私で、いいの?」


 選ばれないと思っていたのか、彼女は不安げに眉を寄せた。

 大丈夫、君以外、あり得ないと思っていたから。


「うん。一生、僕の側にいて下さい」

「……うん、ありがとう……ごめん、泣いちゃう、ごめんね……」


 大好きだから。

 愛しているから。

 流れる涙ですら、とても愛おしい。

 愛しているよ――――




 その年の夏、僕の姿は、熱気に包まれる体育館にあった。

 全国高校総体、通称インターハイ。

 三年間の集大成とも言える、高校三年最後の夏。

 県大会を優勝で飾り、僕達の高校は全国へと、駒を進めていた。


 ――――交差する青い稲妻、姫野宮兄弟。


 なんとも大それた二つ名だけど、直兄は気に入っているらしい。

 

「当然、俺達兄弟の攻撃に対応できる奴等なんかいないっしょ。なんてったって俺達一度、互いの身体を入れ替えていますからね。今じゃ弟が何を考え、どう攻めるかなんて、言葉にするどころか、アイコンタクトすら不要っすよ」


 記者のインタビューですら、この調子だ。

 入れ替えの事実をひけらかすように語るけど、誰も信じようとしない。

 むしろ、煽り文句として聞こえてしまうのだろう。 


「お兄さんはこう答えておりますが、弟さんとしてはどうなのでしょうか?」


 僕へと向けられたマイクを前にして、少し考えた後、素直な気持ちを口にした。


「まぁ、そうですね。コートに立てば、兄が何を考えているのかなんて、言葉にする必要はないと思います。いつだって速攻、自分が一番目立てばいい、それしか考えていませんからね」


 直兄が何かを言っていたけど、聞く必要は無いでしょ。

 それよりも対戦相手だ。向こうはエースがチームを引っ張るワンマンチーム型。

 秋洲あきすとかいう、凄く強い選手がいるみたいだけど。


「こりゃ、ヤベェな」


 彼の強さは、対峙して秒で理解できた。

 どこからでも点数にする、最強のポイントゲッター。

 自由にさせたら最後、確実にゴールポストが揺れる。


「秋洲君、君は絶対、フリーにさせないから」

「へぇ、そうなんだ。でも、一人じゃ僕を抑えきれないよ?」


 圧倒的強者、身体全部を入れ込んでも、力の差で負ける。

 ……でも、こっちは一人じゃないから。


「――――、姫野宮兄弟を、なめんじゃねぇよ」


 僕には出来ない、直兄の力任せのプレイングで、秋洲君から強引にボールを奪う。

 直後、一切加減の無いノールックパスが直兄から飛んで来た。

 僕なら取れる、僕以外には、誰も取れない。


 喝采の中、僕は教科書のようなシュートフォームから、ボールを放つ。


「さすが、俺の弟」


 放物線を描いたボールが、ネットを揺らした。

 相手が誰であっても、僕達は負けない。

 なんていったって、身体を入れ替えたことがあるんだからね。



 ――――epilogue――――



 画面には、カラフルな背景の他に、ウサギを模した女の子が一人、映し出されていた。

 チャンネル名、flow rabbit。

 登録者数五十万人を超える、大人気歌い手の一人。


 以前は実写動画だったけど、最近はlive2Dで登場する事がほとんどだ。


 うさ耳を付けた、鼻の部分がマズル……動物の鼻のままの女の子が、身体を左右に揺らしている。しばらくすると、軽快なミュージックが流れてきて、左右に揺れていただけの女の子に魂が宿った。


「こんばんは、今日は新曲お披露目緊急liveに来てくれて、ありがとうございます」


 物静かに語る彼女の声は、歌わなくてもヒーリング効果が高い。

 コメント欄は下から上へと物凄い速度でスクロールされ、もはや読むことも出来ない程だ。

 

「えっと……新曲お披露目にあたり、一個だけ、大発表があるのですが」


 コメント欄がざわつく。


「実は、私ことflow rabbitは、今年の春、大好きな人に……なんと、フラれてしまいました」


 突然の大発表に、コメント欄が凄い事になった。 

 投げ銭システムで大量のお金が投資され、一気にカラフルになるも、一瞬で藻屑へと消える。


「慰めの言葉、ありがと。でもね、フラれちゃったんだけど、その人のことを想うと、好きとか嫌いとか、そういう次元の人じゃなかったのかなって、思うんだ」


 どういうこと? そんな意見でコメント欄が埋まる。


「ちょっと暗い話になっちゃうんだけど……あのね、私、中学生の頃、結構イジメられてたんだ。それこそ、登校拒否になっちゃうくらい。でも、その人が作った動画を観て、生きる気力が湧いたの。何にも負けない強い姿勢とか、精神的な所に、私は惚れたんだと思う」


 しんみりとした語りに、誰もが彼女に共感する。


「その人って凄い人なんだ。自分がとんでもない状況になっているのに、それでも私を助けてくれたんだよ? 撮影に協力してくれたり、動画を作ってくれたり。本当に、そんなことしている状況じゃなかったのにね。……だからかな、好きっていうよりも、尊敬って感じなの。それを突き詰めていって、私は自分の本当の気持ちに、ようやく気付くことが出来たんだ」


 ――――それは、何?


「……憧れ。彼は私にとっての憧れだった。ああいう人になりたいって、心の底から思ったの。だから、フラれちゃったけど、彼の幸せは祈り続けたい。新曲は、そんな彼を想って、書いた歌詞だったりします。……それでは、聴いて下さい」



「新曲」――――「入れ替わった僕達は、それでも恋をする」







 ――――――



 最終話までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。

 SS「その後の僕ら」を、鋭意執筆中でございます。

 高校三年生になった素直君と晴れて恋人になった真冬ちゃんとの日常。

 まだまだ素直君たちの物語は、終わっていません。

 脱稿次第投稿いたしますので、もう少々のお時間を、宜しくお願いいたします。


 書峰颯

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