金庫の見世物

松ノ枝

金庫の見世物

 あるお屋敷、そこの主人が道行く人に声を掛けて回っている。

 「誰か挑戦者はおらぬか!誰でも良いぞ」

 声は辺りの人を次々振り返らせ、釘づける。

 私も何事かとごった返す野次馬の中、背伸びをして覗く。

 そこでは服装からして豪華な主人とみすぼらしい男が黒い金庫を眺めていた。

 「どうした?開けられぬか?」

 と主人はわざとらしく男を挑発する。男も言われてばかりでいられるかと息を整え開けようとするが、金庫は断固として口を閉じている。

 「も、もうっ、無理だ」

 と力尽きた男は金庫を手放し、腰を落とす。

 金庫は地面に少しめり込み、土埃を上げる。

 主人は金庫に近づき、野次馬に向けて「我こそはという者、おらぬか」と高らかに叫ぶ。

 この主人、中々の食わせ者で、金庫が開かぬと確信しながら聞いているのだ。

 主人がこの金庫を発見したのは二年前、父が亡くなった際、我が家に開かずの金庫なる者の存在を知った。

 この金庫を見つけた主人はその重さと重厚さゆえ、これは金銀財宝の類に違いあるまいと心躍らせ開けることを試みた。

 家の使い三人いれば事足りようと開けさせてみるが、微塵も動かない。その後も五人、十人と数を増やすが、ただ使いの数ばかりの汗が流れるばかり。

 「ええぃ、かくなるうえは」

 と主人は奥の手を出す。

 彼は近場の相撲場から力士を連れてこられるだけ連れて来たのだ。

 力士は皆次々と金庫に向かって突進する。

 金庫は一人目の突進から宙に飛ばされ、地を転がった。続く二人、三人にまたも飛ばされ、最後は半身が埋まってしまうほどだった。

 主人は笑みを浮かべて金庫に駆け寄る。力士、それも片手で数えられる数ではない。鍵は壊れて開いただろうとまだ見ぬ宝に夢を見る。しかしその夢も即座に塵に消えた。

 金庫は破られておらず、依然として無表情を貫いていた。

 「これは‥どうしたものか」

 悩む主人だがこの時ある考えが浮かんだ。

 「見世物として売り込もう。参加料も取って儲けるぞ」


 それが先ほどの金庫破りの見世物だ。開ければ中身は全て貰えるが参加料も

取られる。夢はあるが生きるための金をここで無駄に溶かすものはいない。だがなけなしの銭と引き換えに夢を見たい者は案外多いらしく、人だかりが何よりの証拠であった。

 かくいう私も銭を握りしめている。

 「主人よ、私も一ついいかな」

 主人は私を見回す。私が持つは頭の笠と籠が一つ。

 金を渡し、金庫の前に立つ。

 「ああ、構わんよ。どれ頑張りな」

 主人は心無い言葉で私を応援する。

 (どうせ開けられやせん。それにさっきのやつならまだしも、こんなにか弱そうなやつじゃ)

 主人は腕を組み、心の中で嘲笑う。

 私は金庫を前に正座をし、目を閉じ、四半刻をただ何事もなく過ごす。

 初めは黙ってみていた野次馬も主人もいつしか罵声を飛ばす。

 「いいかげんに鍵を開けるのか開けないのか決めろ!」

 その一言に私は瞼を開き、こう応える。

 「いえ、開ける必要はございません」

 「何?鍵を開けねば中身は手に入らんぞ」

 主人と野次馬は頭を傾け、悩み出す。鍵を開ける必要が無いとはどういうことなのかと。

 そんな彼らを置いておき、私は続けて、言う。

 「鍵は開ける、開けないではなく、初めから閉まっていないのです。故に開ける必要などありますまい」

 金庫の扉に手を掛ける。扉の鍵はかかっておらず、するりと扉は口を開ける。

 「何!?何故だ!何故開いた?あんなに開かなかったのに!」

 主人は困惑する。もとより開けるための見世物ではなく金儲けが目的だったの に、金庫を非力な男に開けられてしまった。それはもはや妖術の類であった。

 「不思議なことはございません。今やこの金庫、最後に開かれた時に、時を戻しただけにございます」

 金庫は錆付き、固く閉ざされていた。それも力士ですら開けられぬほどに。しかしそれは力で開けようとするからで視点を変えればいかようにもやり方はある。今回の私の様に。

 私には物の時間を巻き戻す力がある。その力の扱いを学ぶため修行する身だ。

 金庫には中身があり、鍵がかかっている。では中身はいつ入れたと考えられるか。 当然鍵をかける前である。鍵をかけた後には穴でも開けねば入れようがない。

 このとき時間的には中身がありながら、鍵がかかっていない瞬間が必ず存在する。その瞬間がたとえ一秒であっても。

 私はその瞬間まで金庫の時を戻した、それだけ。考えれば誰にだって出来る簡単な開け方。無論、この力ありきだが。

 主人が理解できずにいる中、金庫の中身は何だろうと私は若干心躍らせる。主人がこうも立派な着物を着ているのだ。小判がざくざくとあるかもしれない。

 「ああ、ま、待てっ、それは我が家の」

 と開けようとしていることに気づいた主人は急いで止めようとする。しかし野次馬の視線に当てられたのか、言葉はそこで詰まり、私に駆け寄ろうとした足も前に行く勇気を失った。

 「いざっ、開帳」

 期待する気持ちを乗せて私は金庫を開く。

 中には小判がざくざくではなく、皴一つ無い紙が一枚、あるだけだった。

 その紙に書かれた言葉に私は絶句する。

 『この金庫を開けた者よ。汝にこの金庫を与えよう。好きな物でも詰めるがよい』

 期待は落ちて砕け散る。

 それもそうだ。美味い話があるはずない。何もせず金銀財宝などと。

 私は己の浅ましさに恥ずかしさを覚える。しかしそうなったのは私だけではないようで、今までの挑戦者、果ては主人さえ金庫を開ければ金が手に入ると思い込んでいた。

 努力せずして得られるものなどたかが足れている。ましてや金などそこから最も縁遠い。そう気づいていればと悔やむ。

 その後私は金庫を貰い、質屋に売った。新品同様に戻したこともあり、中々の高値ではあったが、そのお金は半分主人に渡すこととした。私だけ得をするのも気が引けたからだ。

 主人はというと挑戦者に参加料を返し、真っ当に商いをし始めた。元々親の遺産に頼り生きていたのが今回のことを通して、恥だと気づいたらしかった。

 今日も私は少しばかりの銭を持ち、全国行脚の旅をしている。

 「うん、今日も団子が美味い」

 一串の団子を日課に食しながら。

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金庫の見世物 松ノ枝 @yugatyusiark

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