農作業配信編

第14話 二日酔いライオンだ

 ネクロマンサー絶滅を目指す会。

 その存在は、私の生活にいくつかの悪影響をもたらした。


 特に、どこへ出かけるにも警戒しなければならなくなったのは、大きなマイナス点。

 というわけで、頻繁に街へ買い出しに行かなくて済むよう、屋敷の隣に畑を作り自給自足に挑戦することにした。


 もちろん、肉体労働は全てアンデッド任せ。

 本当は、すぐにでも投げブツ獲得に向けダンジョンへ向かいたいところだけど、今は地盤を固めることが最優先だ。


「はい、みんな頑張って。熱に弱いんだから、朝の涼しいうちに片付けるよ」


 私の応援を背に、畑の中をのそのそと動き回るスケルトンたち。

 無言かつ無表情、ダラダラとした動きでクワを振るいながらも効率よく土を返していく姿は、不思議と洗練されて見えた。


 うん、思いつきで始めた割には、スムーズに事が運んでいる気がする。

 そこへ、ルコがあくびをしながら屋敷から出てきた。


「お嬢、順調か?」


「それなりに」


 私がちょっぴり胸を張って頷くと、ルコはふっと鼻で笑った。


「それにしても、アンデッドを労働力にした農作業の様子をストリムのネタにするとは考えたな」


「でしょ? 畑で何か作りながらやれば、一石二鳥かなって」


 そう、この様子もきっちり異世界へ送られている。

 というか、私がこうして現場で監督しているのはそのためだ。


 ちなみに現在、リヴの表情は、やや明るいといった感じ。

 シンプルな作業風景にも一定の需要はあるらしい。


「なんだか、仕事を奪われたみたいで複雑な気分だな」


「……あなたは、そこでジッとしててよ」


「あの程度の作業量、あたしなら魔法でバーッとやって、一瞬で終わらせられるのに」


「だから、嫌なんだよ。なんでもかんでも乱暴に扱うから」


「なんだと? もしかして、あたしのことアンデッドより使えないとか思ってるのか?」


「悪いけど、ああいう丁寧さが求められる作業に関してはね」


「ふーん……けど、リヴは魔法を使った農作業を見たそうにしてるぞ?」


 見ると、リヴはスケルトンそっちのけで私たちにキラキラと期待に満ちた視線を向けていた。

 ここまで露骨に反応が変わると、農作業を見せて満足していた私の立場がなくなるじゃん。


「向こうの世界の人たち、魔法って単語に弱すぎでしょ。そんなこと言われても、今の段階で魔法をどうこうする作業なんかないよ?」


「練習ってことにしたらいいだろ。今後、どうやって農作業に魔法を利用するか試しに見せてやるんだ。なあなあ、いいだろ? みんなが求めてるんだからさ」


 最近、ルコの魔法を見るたびに強烈な劣等感に襲われるから、個人的には乗り気じゃない。

 とはいえ、魔法を見せることで投げブツに繋がると考えれば致し方ないか。


「……無理に派手さを演出するのはやめてね。あなたの基準で相当、地味めにお願い。コンプライアンスに引っ掛からないことを第一に考えて」


「難しいな。まあ、いいや。とりあえず、魔法で水やりをする姿でも見せてやるか」


 ルコが指先をくるりと回すと、空中に白い雲の塊が浮かび上がる。

 雲は畑の上でモクモクと膨らみ、やがて静かに小雨を降らせた。


「地味だね」


「お嬢が地味にやれって言ったからな」


 それはそう。

 肩をすくめる私に、ルコが屈託のない笑顔を浮かべる。


「そうだ、お嬢も手伝ってくれよ。二人いれば、面白いのできるからさ」


「構わないけど、何やればいいの?」


「畑の中に入って、口を大きく開けといてくれ。それだけでいいから」


「なんで口?」

 

 疑問を感じながらも、とりあえずルコに言われるまま私は数歩だけ畑の中へ。

 指示通り口を大きく開けた間抜け面で、彼女を見つめる。


「そうそう。しばらく、そのままでいてくれよ……ほいっ」


 ルコが掛け声と同時に指を鳴らした直後、鼻の先に強烈な湿気の塊を感じた。

 口元から勢いよく水が噴き出し、足元に水たまりを作っていく。


 実際に吐いているわけではないので辛さはないものの、視界の底から水が音をたてて流れる様子は、なんとなく息苦しさを感じた。

 私はビチャビチャになった足元を見下ろしながら、冷めた視線をルコへ向ける。


「何これ?」


「水を対象者の口元から放出させて、あたかも嘔吐しているかのように見せる魔法。名付けて、二日酔いライオンだ」


 しょうもないうえに、下品な魔法だ。

 ライオン要素がどこにあるのかも、よく分からないし。


 ほどなくして、口元から水が現れなくなったのを確認した私は、すんと鼻を鳴らした。


「あのさ、なんか他にないの?」


「対象者の頭の先から水を放出させて周囲に撒く、人間噴水なんてのもあるぞ」


「急に直接的なネーミングになったね」


 対象者にされた人、ビショビショになるでしょ。それ。


「他にも、対象者にお尻を突き出してもらって、そこから水を――」


「分かった。もういいよ。絶対にやんないから、それ以上は喋らないで」


 こんなことなら、ルコの提案に耳なんて貸してやるんじゃなかった。

 顔の前で手を横に振り、全力で言葉を遮る私に、ルコが声のトーンを下げて尋ねる。


「そういや、リヴの反応はどうなってる?」


「えっとね……なんか、葉っぱの上を見てる」


 畑の隅、低く生えた雑草の葉に、おなじみ赤と黒の斑点が目を引くテントウムシが止まっていた。

 私の隣でしゃがみ込んだリヴは、それをじっと見つめ口元をほころばせている。


「あたしの魔法は、テントウムシ以下だってか?」


「かもね」


 内心、「ざまあみろ」とほくそ笑みながら呟き、私が畑から出ようと一歩踏み出した、その時。

 ルコの背後を通りかかったスケルトンがふらつき、彼女の背中にドンとぶつかった。


 畑の縁に立っていたルコは前のめりに倒れ、一連の魔法でぬかるんだ土へと顔からダイブする。


「あの、私の指示じゃないからね? 偶然、そう見えただけで」


 まるで、私が仕返しのために、スケルトンをわざとぶつからせたかのような見事なタイミング。


 ちょっぴり気持ちが晴れたのは事実だけど、わざとではないよ? 本当だよ?

 ルコは膝で立ちあがると、顔から泥水を滴らせ、うな垂れる。


「お気に入りの白コートが……」


「色に関しては、着てきた側にも問題あると思うけどね」


 正直、倒れ込む以前から、そこそこ土埃で汚れていたように思う。

 だって、ここ畑だもの。あなたが着てる服、チリ一つ許してくれなさそうなほどの白さを誇っているんだもの。


「あーもう! 誰だよ、農作業しようとか言い出した奴! むかつく!」


 ルコが勢いよく立ち上がり、周囲に跳ねた泥が私の頬をかすめる。


「ちょっと。イライラするのは分かるけど、こっちにも跳ねてくるから暴れないでよ」


 腕を前に突き出して、黒いしぶきから身を守る私。

 と、その瞬間、背後にふらつく影が迫り……気付けば、私は泥の中に顔から倒れ込んでいた。

 頭の中で何かがプツッと切れた音がする。


「いいよ! やってやるよ! この野郎!」


 私は怒りに震える手で泥を鷲掴みにすると、ぶつかってきたスケルトンの後頭部を目掛け全力で投げつけた。

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