第13話 賄賂になるものを懐に

 現場へ駆けつけた私は、野次馬で出来た人の渦をかき分け二人のもとへ駆け寄ると、声を張り上げた。


「何やってるのルコ!」


「あっ、お嬢! 聞いてくれ! こいつ、あたしが並んでたスムージー屋の列に横入りしやがったんだよ!」


 ……ぬ?


「ネクロマンサーの関係者であることを理由に、襲われたとかじゃなくて?」


「いや、全然」


「そっか。私ってば勝手に勘違いして墓穴を掘ったわけだ」


 拍子抜けする内容に、肩の力が一気に抜ける。

 見ると、ジーダは「お前ら仲間だったのか!」とでも言いたげに、こちらを指差しながら無言で口をパクパクさせていた。


 さてこの状況、取るべき手段はまず一つ。

 私は財布からしわくちゃの優待券を取り出し、ジーダの胸元へ差し出す。


「仕方ないね。ほら、これで手を打ってよ」


「貰っておくが、見逃すつもりはないぞ」


「じゃあ、あげない」


 お互いのことを考え、せっかく穏便に済ませてやろうと思ったのに、見逃してくれないなら渡す義理はない。

 手を引いて券を背中に隠すと、ルコとジーダの口論が再開された。


 その時、ふと頭の隅に一つの疑問が浮かぶ。


「そういえば、あのオッサンと戦うのってコンプライアンス的にはセーフなのかな?」


 試しにジーダを指差しながら、もう片方の拳を軽く振り上げてみると、リヴが目に涙を浮かべた。


 これは、もしかしなくても暴力反対ってこと?

 遅れて人の渦の中へと入ってきたライネが、肩で息をしながら眉をひそめる。


「アウトみたいですね」


「私がウサギから一方的にボコられた時は、なんの注意も受けなかったのに?」


「あれは、ダンジョンというアトラクション内での出来事ですから。きっと、本気の喧嘩とかは、コンプライアンス違反なんですよ」


 そんなこと言われたら、私もう何もできないじゃん。

 いや、ここに至るまでも、すでに様々な道が閉ざされてきたわけだけども。


「私たちの絶滅を志してる相手に対して、こんな制限かけられてどうすればいいの」


「話し合いで解決できないですかね?」


「無理でしょ」


 あんな筋肉万全な奴と、話し合いで解決できる未来が想像つかない。

 目を細めてジーダを見つめる私を、ライネが上目遣いで覗く。


「試しに一回だけ交渉してきてもいいですか?」


「じゃあ、やるだけやってみる?」


「ありがとうございます。いってきます」


 ライネはこくりと頷くと、いまだ口論を続けるジーダとルコの間へ割り込んだ。

 一言二言、小声で会話を交わした後、彼の手に何かを握らせ、すぐにこちらへ戻ってくる。


「交渉成功です。『今回は手を引く』と言ってます」


「なんで? 今の一瞬で、何やったの?」


「先ほど、エスタがやろうとしてたように、ルビージアのダンジョン優待券を握らせてきました。五枚綴りのやつ」


「あいつ、どんだけウチのダンジョン好きなの。で、ライネもよく優待券なんて持ち歩いてたね」


「『いざという時に備え、常に賄賂になるものを懐に忍ばせておけ』と当主より教えられていますので」


 どうしてあなたが、お母様からの処世術を私以上に受け継いでるのかは疑問だけど、それにしてもよくやってくれた。

 私が親指を立てて称えると、ライネは控えめに笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます。この調子で、もう一声行ってきてもいいですか?」


「欲張りすぎじゃない?」


「大丈夫です。もう一回くらいなら、確実に成功させる自信がありますから。では、いってきます」


 そう告げて、再びジーダのもとへ向かうライネ。

 先ほど同様、少し会話を交わしてから一枚の紙切れを握らせ、こちらへ戻ってきた。


「やりました。数カ月間の停戦交渉にも応じる覚悟があると」


「今度は何を渡したの?」


「ルビージアが贔屓にしている、ダンジョンデザイナーのサイン会チケットです」


「凄いね。何が凄いって、そんな通好みの人物を認知して食いついてこれるのが凄いよ」


「チケットを見せた途端、『ナントカ技法を確立したあの……!?』とか早口で喋りだして、怖かったです」


 ライネは視線を逸らし、苦笑いを浮かべる。

 これは、もはや攻略したといっても過言ではないのでは?


 あのオッサン、アンデッド関連のものを提示したら、どんな要求でも受け入れそうな気がしてきた。


「これ、もう一声いけるんじゃない?」


「いや、流石にもう一声は」


「この調子なら、きっと大丈夫だって。もっとレア物で釣ってさ。まだ何か持ってるんでしょ?」


「そりゃ、表に出てないレア物も忍ばせてはいますけど」


「いいじゃん。それ使って、ハルマ支部の撤退でもふっかけてきてよ」


「まあ、そこまで言うんでしたら」


 ライネは大きく深呼吸すると、ジーダのもとへ向かっていった。

 始まった三度目の交渉、今度も楽勝……かと思いきや、ジーダの顔が真っ赤に染まっていくのが見えた。

 ジーダの怒鳴り声が響き、追い返されるようにライネが戻ってくる。


「めちゃくちゃ怒られました。『ここまでの話も無かったことにする!』って言ってます」


「ええ? 一体、なにを渡したの?」


「エスタとの写真撮影会チケットです」


「色々と言いたいことはあるけど……それ何? そんなイベントの存在、知らないんだけど」


「計画したものの、申し込みが一つも無かったので開催するか未定だったんです。一人でも申し込みがあれば、お伝えする予定でした」


 聞かなきゃよかった。

 胸を締め付けられるような痛みが走る中、ジーダが地面を踏み鳴らしながら、こちらへ迫ってくる。


「おい、持ってるチケットを全て出して、さっさと俺に殺されろ」


 ついには、賊みたいなことを言い始めた。

 もはや、逃げるしか手はないのか……そう考え、頭の中で逃走ルートをシミュレーションしていると、ルコが私を庇うように一歩前へと進み出る。


「お嬢、ここはあたしに任せろ。少しの間、リヴの目を塞いでおいてくれ」


「えっ? ルコ?」


「いいからいいから」


 まさか、ここから平和的解決を実現する手段が?

 ルコに言われるままリヴの両目を手で隠すと、彼女はジーダの前に仁王立ちで立ち塞がった。


「オッサン、そのチケットやるから今日のところは引き下がってくれ」


「む?」


「そういうわけだから……な?」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ジーダの胸元をツンと人さし指でつつくルコ。

 直後、彼女の指先で風が唸りをあげた。

 風は瞬く間に竜巻へと姿を変え、ジーダの巨体を包みこみ浮き上がらせる。


「なっ……!? 卑怯者おおお!!」


 ぐうの音も出ない真っ当な批判。

 恨みのこもった言葉を最後に、遥か街の外まで吹き飛ばされていくジーダには目もくれず、ライネはリヴの耳元でわざとらしく叫ぶ。


「エスタ、見てください! ルコが平和的解決をしてくれましたよ!」


「どう見ても、不意打ちで吹き飛ばしたよね?」


「めったなこと言わないでください! 巧みな話術で追い返したんですよ!」


 まさか、リヴが視界に捉えていなかったのをいいことに、このまま平和的解決で押し通すつもりだろうか。

 音声にバッチリと「なっ……!? 卑怯者おおお!!」とか入っているのに流石に無理じゃない?

 恐る恐るリヴの目隠しを解くと、彼は満面の笑みを浮かべて口を開いた。


「おめでとうございます。百人からの高評価を達成したんで、投げブツ機能を復活させときました。以後、気を付けてくださいね。お疲れっした」


 このテキトーな言葉遣いは投げブツ停止を伝えてきた神様に違いない。

 それにしても、ここまでのやりとりで高評価をつけるタイミングあったかな?


 異世界の人々の感覚は未だ慣れないものがある。

 リヴの言葉に、ライネは私の手を掴んでブンブンと振る。


「ねっ! ねっ! ほら、エスタも平和的解決を主張してください!」


 完全に虚偽なのに平和的解決を主張って、その行為自体がコンプライアンスを蔑ろにしている気がする。

 とはいえ、背に腹は代えられないので……。

 私は背筋をピンと伸ばし、真剣な眼差しでリヴを見据える。


「はい、確かに私たちは平和的に問題の解決を達成しました。途中、音声が乱れた箇所があるかもしれませんが、お気になさらないでください。あくまで、平和的解決でした。以上」


 その日、私の手元に再び投げブツ機能が戻ってきた。

 これでいいはずはないのだけど……面倒くさいのでもういいや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る