第15話 たぶん、カレーじゃない?

 ルコと共にスケルトンを追いかけまわしていると、買い出しに出かけていたライネが戻ってきた。


「何やってるんですか?」


 二つの買い物袋を両手に提げ、畑の外から首をかしげるライネに、私は背後のスケルトンたちを親指で差した。


「見ての通り妨害だけど?」


「……そうですか。まあ、暑いですしね」


 どこか悲しそうな目で、こちらを一瞥したライネは、買い物袋を地面において中をゴソゴソと探る。


「これ、買ってきた種です。ニンジンとじゃがいも、あとタマネギですね」


「ありがと。ところで、もう一つの袋は何?」


「そっちは、視聴者の要望で買ったやつですね。ルコと一緒にリヴの前で家庭菜園の本を広げて反応をうかがったんです」


「また私の知らないところで勝手に……って、あれ? いつの間に、リヴとやりとりしたの?」


 リヴは四六時中、私の隣にいる。

 それこそ、寝ている間も目隠しして、部屋の椅子に座って待機してもらっているのだ。


 にも関わらず、二人が家庭菜園の本を広げていた場面なんて見た覚えがない。

 頭の中で疑問を繰り返す私に、ルコは腕を組んで小さく頷いた。


「昨日の夜だな。お嬢は寝てたから、覚えてないのも無理はない」


「私が寝てる横で勝手にやったってこと?」


「横ってより後ろだな。お嬢の寝姿を背景にしてたから」


「ずいぶん攻めた、プライバシー侵害してくれたね」


 頑張ったら、何かの罪に問えないだろうか?

 というより、私も私で毎回どうして気付かないんだろう。


 リヴと初めて出会った誕生日の朝も、知らない間にライネが彼を部屋に運び込んでいたし、我ながら無防備にも程がある。

 行き場のない苛立ちに髪をかき上げる中、ライネが胸に手を当てて微笑んだ。


「緊張感なく爆睡してて、可愛かったですよ?」


「バカにしてるでしょ」


 こんなに褒められている気がしない「可愛かった」も初めてだ。


「細かいことはいいじゃないですか。ほら、中身はこんな感じです」


 そう告げると、ライネは買い物袋の中身を取り出し、地面に並べていった。

 今度も三種類。パッケージにはターメリックにコリアンダー、クミンの文字が書かれていた。


「これで、何を作れっていうんですかね?」


「たぶん、カレーじゃない?」


 料理に詳しくないから確信は持てないけど、カレーに関連した言葉として聞き覚えがある。

 そこそこ、定番のスパイスのはずだ。


「カレーって、こんな植物が原料だったんですか。わたし、辛いの苦手なので知りませんでした」


 そういう問題かな?

 私が首をかしげると、ルコは顎に手を当て視線を鋭くさせた。


「ふと思ったんだが、これって本当にカレーを作らせたいのか?」


「どういうこと?」


「考えてもみろよ。もし、カレーを作らせるために材料をわざわざ指定してきたんだとしたら、それってつまり、あたしたちの知ってるカレーと全く同じものが別世界にも存在してるってことだろ。そんな偶然あるか?」


「たしかに」


「第一、こんなに美味しいものがこの世界以外に存在するとは思えない。そう考えると、偶然あたしたちの世界でいうカレーの材料が手に入っただけで、向こうの世界の奴らは何か別の物を作らせたいんじゃないか?」


「たしかに……!」


「あの、二人はカレー業界の回し者なんですか?」


 ライネが顔を引きつらせる中、リヴが腕をスッと伸ばし手のひらから銀紙に包まれた長方形の物体を地面に落とした。


「お嬢、投げブツだ」


「このタイミングで?」


 目を細め慎重に投げブツを覗き込む私そっちのけで、ルコは乱暴に銀紙を破る。

 フワッと立ち上る、甘くてほろ苦い香り。

 中身は四角く区切られた板状のチョコレートだった。


「チョコだな」


「急にどうしたんだろうね?」


「差し入れだろ。おやつでも食って、休憩しろってことじゃないか?」


 今まで、そんな気の利いた真似してくれる素振りすら見せたことないのに?

 試しにリヴの前でチョコにかじりつくフリをしてみると、彼はグッと顔をしかめた。


「なんか、リヴの表情が渋くなったんだけど。私、何も変なこと言ってないよね?」


 ここまでの行動の一体、何が気に食わないっていうんだ。


 コンプライアンスに違反した覚えもないし……もしかして、銀紙の開け方に何か無礼でもあったとか?

 だとしたら、理不尽すぎる。


「もしかして、カレーに入れろってことなんじゃないか?」


「隠し味ってこと?」


 そういえば、前にウチのシェフも、カレーを作る時にチョコがどうとか言ってたような……。

 すると、突然リヴの手のひらに黄色いパッケージの袋が現れ、パサッと音をたてて地面に落ちた。


 鮮やかな色合いに加え、過去の投げブツに記されていたものとは少し雰囲気の違う、異国的な文字が目を引く。

 ライネは袋を手に取ると、土汚れを払ってからこちらへ差し出した。


「今度こそ、差し入れでしょうか?」


「開けてみよ。一連の投げブツの意図が分かるかもしれないし」


 袋を受け取り端を破った途端、スパイスの香りが鼻の奥をピリッと刺激する。

 中には、黄色い粉がまぶされた楕円形の物体がたくさん詰まっていた。


「これ、匂いはカレーだけど食べても大丈夫なやつ?」


 リヴの顔を覗き込むと、彼はニコリとやわらかい笑顔を見せた。

 どうやら、食べていいものらしい。


 推測するに、カレー味のお菓子ってところかな?

 それにしても、これは食べなくても分かる。絶対に美味しいやつだ。


 私とルコは、お菓子を一つずつ手に取り口の中へ。

 サクサクと、小気味いい咀嚼音が交互に響く。


「私たちは、どうやら向こうの世界を侮っていたみたいだね」


「もしかしたら、ストリムで繋がっている先はカレーの国なのかもしれないな。こっちの世界とは、レベルが違う」


 一つ、また一つと、畑の上でお菓子を取る手が止まらない。


「「美味しい……」」


 その後、袋が空になるまでのことは、二人ともあまり覚えていない。

 ただ、ライネが「二人とも正気に戻ってください! 展開が無茶苦茶でついていけません!」と叫んでいた覚えだけは、うっすらと頭の隅に残っている。


 異世界の食文化の前に私たちは、無力だった。

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