第33話 おめでとう。

「今頃…美麗は…」


 電気もつけず、窓も閉めたまま、扉に鍵をかけて。

 古都巴は一人、自分の部屋の中で横たわっていた。


 ベッドに横たわり、天井を見つめる。天井の模様をずっと見つめる。ずっと見続けていると、だんだんと天井の模様がぐにゃっと回りだして、溶けて一つになっていくかのような錯覚に陥ってくる。


 今日は、月曜日。

 日曜日の次の日。

 本来なら登校している時間なのだけど、今日は文化祭の代休として休みになっているのだ。


(本当なら)


 今頃、美麗の家に行き、セーラー服姿の美麗を見て、幸せになって、一緒に登校しているはずの時間だ。

 何もなくても、ただ、一緒にいれるだけで嬉しかった。

 美麗の存在は、古都巴の全てだった。


(けど、今は)


 部屋に一人。

 窓は全部閉めて、カーテンも閉じているので、部屋の中は少し薄暗い。それでもカーテン越しに入り込んでくる陽光は、何をしても心の中に入ってくる美麗の笑顔のように強くて、そして、哀しい。


 スマホを手に取る。

 昨日届いたメッセージを見る。


『お姉ちゃんと、恋人になりました』


 あの時。

 校舎中を探して、探して、探して。

 綾奈さんを探して、探して、探して。

 そして私はどうしても綾奈さんを見つけることができなくて。

 途方に暮れていた時に、美麗から届いたメッセージ。


『お姉ちゃんと、恋人になりました』


 このメッセージを見た時、最初に思ったことは。


(美麗、私より先に綾奈さんを見つけたんだ)


 というものだった。

 私は、美麗の為に、一生懸命綾奈さんを探していた。その心に嘘はなかったはずだ。私は本気で探していた。


(でも、もし)


 美麗より先に、私が綾奈さんを見つけていたら…?


 私は本当に、すぐに美麗にその事実を伝えただろうか?もしかして、そのまま黙ってしまっていたのではないだろうか。

 私が綾奈さんを見つけたかったのは…美麗のためなんかじゃなく、本当は、美麗と綾奈さんを合わせたくなかったからなんじゃないだろうか?


 そんな思いが、ぐるぐるぐるぐる頭の中をめぐりまわっていて、つらくて、そんなことを想うこと自体が、つらくて。


『お姉ちゃんと、恋人になりました』


 このメッセージを見た時、ちょうど、文化祭最後の花火大会が始まった時だった。

 花火の音を聞きながら、私はだまってメッセージを見ていた。

 花火の音が、うるさかった。

 周りの幸せそうな声が、うるさかった。


(美麗と一緒に、花火を見る約束だったのに)


 約束。大事な約束。

 楽しみにしていた、約束。


 花火の音。

 何度も何度もなる、花火の音。


(美麗もこの花火の音、どこかで聞いているのかな)

(綾奈さんと一緒に)


 祝福を告げる花火の音。

 私には何を告げてくれたのだろう?


『お姉ちゃんと、恋人になりました』


 また、メッセージを見る。

 部屋の中。

 月曜日。

 文化祭は終わってる。


『お姉ちゃんと、恋人になりました』


「おめでとう、美麗」


 誰もいない部屋のなかで、そうつぶやく。

 これは本心だ。美麗と綾奈さんが付き合ったから、おめでとう、って言ったわけじゃない。美麗が嬉しそうだったから、おめでとうって言ったんだ。


 私は、美麗が好き。

 美麗も、私が好き。

 間違いない。私と美麗は、相思相愛だ。

 嬉しい。


 私は、美麗が好き。

 美麗も、私が好き。

 私は、美麗を愛している。

 美麗は、綾奈さんを、愛している。

 綾奈さんは、美麗を愛している。


 私は…私は?


 枕をぎゅーっと抱きしめる。強くつよく、私の心がねじ込まれるように。


「美麗、大好き」


 声に出す。


「美麗、愛してる」


 声に出す。

 返事は来ない。


 今日は月曜日。

 文化祭の代休。

 私は今日、美麗の家に行かなかった。


 美麗は今、出かけているのだろう。

 綾奈さんと。

 …恋人と。


(思うな)

(思うな、私)

(思っちゃ、駄目だ)


 私は美麗のことなら、何でもわかる。

 たぶん、美麗よりも正確に、美麗のことを理解している。


 初めて会って恋に落ちて。ずっと初恋で。

 自分のことを考えている時間より、美麗のことを想っている時間の方が、ずっとずっと長かった。


(美麗は今日、綾奈さんに抱かれる)


 いやだ。

 いや…いやだ…やっぱり、いやだ…。


 分かってる。こんなこと考えちゃいけないって、分かってる。

 美麗が好き。美麗の笑顔が好き。

 笑ってる美麗が好き。


 美麗は綾奈さんに抱かれたら、絶対に、最高の笑顔になる。

 世界一の笑顔になる。


 私の大好きな美麗が、世界一の笑顔になってくれる。

 美麗は幸せなんだ…それが私の、幸せなんだ。


 いや…いやだ。


「やっぱり、つらいよぉ…」


 泣いちゃいけないのに、涙が出てくるのが、どうしても止められない。

 枕に顔を押し付けて、涙がこぼれないように、こぼれた涙をぬぐうように、ぎゅっとぎゅっと抱きしめる。


 美麗が好きだから応援したいし。

 美麗が好きだから、美麗が他の人に抱かれているのがつらい。


 どっちも本当の自分の気持ちだから、どっちにも嘘がつけない。


「私じゃ駄目なの…私なら、私なら絶対に…」


 駄目だって分かってる。分かっているのに、脳がそれを拒否したがっている。

 美麗の初恋と私の初恋。どっちが重いかなんて分からない。愛の重さなんて、比べようがない。

 でも、いっこだけ、はっきりと分かっていることがある。


(私が美麗に恋に落ちた時)

(美麗はすでに、綾奈さんに恋に落ちていた)


 美麗と綾奈さんは実の姉妹だから、絶対に結ばれない…はずだった。

 美麗と綾奈さんは実の姉妹だから、誰よりも早く、会っていた。


(綾奈さんより先に、美麗に会うなんて、無理だもん)


 美麗が生まれた時から、綾奈さんは美麗の傍にいたんだ。

 時間じゃ絶対に勝てないんだ。


 私、頑張ったよね。

 誰か、褒めてよ。

 かみさま、褒めてよ。

 私、頑張ったよ。精一杯、できるだけ、頑張ったよ。


 だから神様、ご褒美をちょうだい。


 美麗の笑顔。

 私の宝物。


(駄目)

(想像しちゃ、駄目)

(駄目、駄目、駄目、駄目、駄目)


(ベッドの上に美麗がいて)

(その隣に、綾奈さんがいて)


「いやだよぉ…」


 つらいよぅ。私がそこにいれればいいのに。私がそこに、いたかったな。


「明日になれば」


 明日になれば、復活するから。

 絶対絶対絶対、美麗を少しでもほんのちょっとでも刹那でも悲しませないから。


(だから今日だけは)


 泣かせて。






 火曜日。

 朝。


 マンションの前に立つ。

 インターホンを押す。


 扉の前に立つ。

 扉を開ける。


 セーラー服姿の美少女が出てくる。

 世界で一番大好きな、世界でただ一人、私が愛している人。


 笑顔。

 最高の笑顔。

 幸せそうな美麗の笑顔。

 心溶かしてくる、美麗の笑顔。


「美麗、おはよう」

「古都巴、おはよう!」


 大好きな人の、キラキラ輝く目を見て。


「美麗、おめでとう」


 そういって、私は、笑った。

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