第32話 2回目の初体験。

 あたたかな光。柔らかい風。

 お姉ちゃんと一緒に歩いているだけで、世界は輝いて見えた。

 組まれた腕が心地いい。歩くたびに、地面に足が触れるたびに、心の中がとくん、とくんとノックされる。


「美味しいね」

「うん、とっても」


 公園にキッチンカーがとまっていて、それがクレープ屋さんだったので、迷わず購入して2人で食べた。昨日の文化祭では、とうとう一緒に食べることは出来なかったから、その変わり、というわけではないけれど。

 クリームが美味しくて、頬張っていたら私のほっぺにクリームがついて。


「美麗、ついてるよ」


 そういってお姉ちゃんが私のほっぺについたクリームを指ですくってくれて、そして、にこっと笑って自分の口の中に持っていく。


(あ…)


 なぜかそれだけで、私はたとえようもない幸せを感じていた。気持ちよくなっていた。私についていたものを、お姉ちゃんが…と思うだけで、これ以上ない悦びを全身で感じていた。


「次はどこに行こうか?」

「あのね、お姉ちゃん」


 私は目を輝かせてこたえる。


「行きたいところがあるの」

「うん、いいよ。美麗のいきたいとこに行こう」


 お姉ちゃんの手をとり、目的のお店へと向かう。今日は最初から、この店に行こうと思っていた。

 歩きながら、すれ違う人たちが私たち2人をちらちらと見てくるのを感じる。お姉ちゃんが綺麗すぎるから、どうしても目立ってしまうのだろう。お姉ちゃんの一挙手一投足は、美しすぎて、目を離すことなんてできない。


「ここが、美麗の行きたかった場所?」

「そうだよ…お姉ちゃんと一緒に来て、お姉ちゃんと一緒に選びたかったの」


 可愛らしい小物がたくさん並んでいるお店だった。さまざまなストラップが並んでいる。小さなくまさんのストラップや、キラキラした飾りのようなストラップ、その他、たくさん。


「お姉ちゃんと…おそろいのストラップが欲しかったの」


 恋人の証、が欲しかったの。

 ふと、文化祭の時の桃栗さんと柿沼さんのことを思い出す。執事服の二人、仲良く一緒にクレープを作っていた二人。その袖口からちらりと見えた白いブレスレット。時々、お互いが、自分でも気づかないうちに、愛おしそうにそれを触っていた。

 恋人同士のおそろいのアイテム。

 私はそんなものに、憧れる。


「うん、いいよ」


 お姉ちゃんが店に並んだストラップを何個か手に取って、じっと吟味している。自分に似合うものを考えているのかな?それとも、私に似合いそうなものを探してくれているのかな?


「これも可愛い…」


 隣にたって、私もそう言いながら、いろいろなストラップを手に取り、お姉ちゃんに見せて、つけて、遊んで。

 輝くような、暖かい幸せな時間が、そこにはあった。


「…本当にこれでよかったの?」

「うん、嬉しい」


 私が選んだのは、シンプルなストラップだった。二本の金属の棒が抱き着いているような落ち着いたデザイン。学校でお姉ちゃんがつけていたとしても違和感がなく、女子高生の私がつけていてもさりげない。なにより、シンプルだからこそ、ずっと使っていけそうだった。


「私、一生、つけておくね」

「一生って…」


 おおげさな、と一瞬言いそうになったお姉ちゃんが、そっと目を閉じて「そんなこと、ないね」と優しく言ってくれた。


 私は、幸せだった。心の中が、ぽかぽかしていた。


 楽しくお食事をして。

 楽しく買い物をして。

 楽しく街中を歩いて。


 そしてそのまま、私たち二人の間に、沈黙が流れた。


 しゃべりたいことがなくなったわけじゃない。お姉ちゃんと一緒にいれば、沈黙だって素敵な時間なのだけど、いま流れている沈黙はには理由があった。

 組んでくれているお姉ちゃんの手が、しっとりと濡れてきているような気がした。7月の暖かさのせいだけじゃなくて、少し小刻みに震えていることからも、お姉ちゃんが緊張しているのが伝わってくる。


 私たちは歩いた。

 一歩、一歩、少しずつ、でも確実に。

 ついたのは、お姉ちゃんが止まっているホテル。


 デートがここで終わるわけじゃない。

 本当のデートは、今から始まるんだ。


 ホテルの扉が開き、私をロビーで待たせて、お姉ちゃんはフロントの人に話しかけていた。


 とくん…とくん…どくん…


 私の心が、心臓が、動いている。お姉ちゃんの後ろ姿をみながら、私は何とも言えない気持ちになって、嬉しくて、でも怖くて、なんかいろいろな感情が混ざり合って世界がぐにゃりと曲がっていきそうだった。


 お姉ちゃんが、歩いてくる。


「許可、もらったから」


 そういって私の手をとり、2人でエレベーターにのり、エレベーターの数字が少しずつ上がっていくのを見て、2人とも黙ったまま、エレベーターを出て、ホテル内を歩いて、歩いて、部屋の前にいって、お姉ちゃんが鍵を使い、扉が開き、中にはいり、私を迎え入れて、扉を閉めた。


 手にしていた荷物を部屋の中の机に置いて、お姉ちゃんと私とで、2人で横に並んでベッドに座った。


 どくん、どくん、どくん。

 私の心臓の音。

 どくん、どくん、どくん。

 お姉ちゃんの心臓の音。


「お姉ちゃん…」


 私はお姉ちゃんの方を向いて、心を落ち着かせて、一緒に地獄に落ちる覚悟を決めて。

 いった。


「私を…めちゃくちゃにして…」

「…」


 返事の代わりに、お姉ちゃんがそっとキスをしてくれた。

 柔らかな、優しいキス。


「…ん」


 お姉ちゃんも興奮してくれているのが分かる…私だって興奮してる…すごく、すっごく興奮している…

 大人のキスって、気持ちいい。

 私は頭の中を真っ白にしながら、お姉ちゃんとずっとキスをしている。


(キスって、こんなに気持ちいいんだ…)


 もう頭の中がくらくらして気持ちよくて、何も考えられなくて、気持ちよくなっていくことだけを考えて。


「…ぷはぁっ」


 お姉ちゃんが唇を離した。


「んっ」


 また唇を奪われた。ううん、私は唇を差し出していた。

 さっきよりもっと、強く、もっと刺激的に、もっと本能に任せて。

 わざと唾液をこぼしながら、唇の感触と、舌の感触を混ざり合いながらぐちゃぐちゃにしていく。


 また唇を離す。

 お姉ちゃんの綺麗な顔に私の唾液がついて濡れているのを見て、私は嬉しくなって気持ちよくなって。


「あふぁっ」


 今度は自分からお姉ちゃんの唇を奪った。

 混ざり合って溶けあって気持ちよくって。

 キスしながら、お姉ちゃんの手が、私に触れた。


 どくん、どくん、どくん。


 心臓が直接触られてるみたい。

 お姉ちゃんに、心臓をわしづかみにされているみたい…私の心はもう、全部とらわれているのだけど。


 たくさん、たくさん、愛し合って。

 私は、溶けて。

 お姉ちゃんに、溶かされて。



 3年前を思い出す。


「私、頑張るから」


 想いを、伝える。


「3年前のこと、やりなおそう?」





「美麗」

「お姉ちゃん」

「…」

「お姉ちゃんの手で」

「私たち、地獄行き確定だよ」

「お姉ちゃんが連れて行ってくれるのは、いつだって、天国だよ…」



 がんばる


 あ

 ああ

 あ


 きもちい

 いのかな


 お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん


 すき



「あ」



 すきすきすき、だいすき、すき、ちょおすき

 あいしてる

 あいしてるひとに、


 もっとこわして



 すき

 だいすき


 お姉ちゃん、お姉ちゃん



 わたし


 しあわせだよ


 しあわせだよぉ

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