第2話: 最初の任務

Gaiaコアの声が静かに消えた後、リリィは私をより静かな廊下へと案内した。そこにはカメラも、心拍センサーもなかった──少なくとも表面上は。私たちが近づくと、廊下の突き当たりの金属製の扉が自動的に開き、中央にホログラムテーブルが設置された半円形のブリーフィングルームが現れた。


「チームが待ってるわよ。」リリィはそう言い残し、立ち去った。「あ、それと……自分が一番賢いと思わないことね。」


私は部屋に入った。


中にいた三人がこちらに目を向けた。


一人目は、アフリカ出身と思われる長身の男。鋭い表情と頬を走る傷跡が印象的だ。制服には「Dr. クワメ・ンジョヴ – 法医学&爆発物」と書かれている。


二人目は、タブレットを手にしたヒジャブを纏った若い女性。彼女の手は休むことなく動き、目はデータの間を電光石火で移動する。「ナディラ・アル=ハキムです。古文書の解読と言語学が専門。よろしく。」アラビア語と英国訛りが混じった流暢な英語で挨拶する。


三人目は、銀髪で気だるげな表情の青年。片耳にイヤホンをつけ、小さなナイフをくるくると弄んでいる。


「白波エイタ。サイバーフォレンジックとナノテックセンサー担当。あんまり質問しないでくれよ。」椅子に横向きで座りながら言った。


私はうなずいた。「朝倉だ。専門は解剖学とバイオテクノロジー。」


クワメがゆっくりとうなずく。「日本の天才少年か。失望させないでくれよ。」


***


中央のホログラムテーブルが起動し、地球のビジュアルが投影される。座標は東ヨーロッパ、ベラルーシとウクライナの国境付近を指していた。


Gaiaコアの声が部屋に響き渡る。


「6時間前、旧超大国の極秘バイオテクノロジー研究所が全焼状態で発見されました。職員は全員死亡。しかし、一体の遺体だけ……異常が確認されています。」


映し出されたのは、人間の遺体。部分的に溶けているように見えるが、体内には未だ電気信号の流れが残っていた──死亡が確認されたのは二日前のはずだった。


ナディラが眉をひそめながら画面を見る。「これ……人間なの?」


「未確認の個体。GPSA武装解除決議(2028年)以前の軍事実験に基づく遺伝子改造の産物と推測されます。DNA構造はハイブリッド型で、既存の記録には存在しません。」


リリィが再び部屋に入り、補足する。


「興味深いのは、その指紋がレオニード・ヴァシュコフ教授と一致していること。彼は2029年に戦争犯罪で処刑されたはずのウイルス学者よ。」


私は身を固くした。


「遺体は死んでいるのに……神経組織はまだ活動しているのか?」


クワメがうなずいた。「だから君が呼ばれた。」


「特別調査班:イカロス作戦。任務:現地での遺体解剖、実験データの回収、そして潜在的な世界的脅威の特定。遺体の組織構造が完全に崩壊するまでの残り時間:42時間。」


Gaiaコアがブリーフィングを締めくくる。


「任務開始。」


私はもう一度、遺体の映像を見つめた。


適応する時間はない。訓練も、準備も。


ようこそ、GPSAへ。


***


私の宿舎はフォート・ハルモニアの後方区画にあった。騒がしい中枢から離れたこの部屋は、わずかだが静寂をもたらしてくれる。中には、セットアップされたばかりのラップトップと、現地任務用に準備された数個のバッグ──解剖器具、ノート、そしていくつかの小型技術機器が詰まっていた。


ベッドに腰掛け、準備したばかりの荷物を見つめていると、控えめなノック音が耳に届いた。


ドアが静かに開くと、リリィとナディラが入ってきた。いつもの重装備ではなく、どこかリラックスした様子だった。


先に口を開いたのはリリィだった。明るい声色に、微かな真剣さが混じっている。「出発前にプレッシャーで潰れないように来たの。アサクラ、これは大事な任務だからこそ、少し話さない?」


私は苦笑しながら立ち上がり、二人を迎えた。「ありがとう。考えることが多くてね……準備もたくさんあるし。」


普段は無口なナディラが少し微笑む。「心配しないで。私たち、ちゃんと支えるから。少しだけ肩の力を抜いて。」


私はうなずき、部屋にある2脚の椅子に二人を座らせた。空気が少し和らいだ気がした。


リリィが続けた。「チームのこと、どうやって動いているのか、気になるでしょ?新入りを受け入れるのは簡単じゃないけど……君には何かがあるの。」


私は苦笑しながら尋ねた。「何かって?」


ナディラは真剣な眼差しでこちらを見つめた。「無差別に選んでいるわけじゃない。君には本当に稀有な才能がある。バイオテック関連の記録も見せてもらったけど、感心したわ。」


リリィが小さく微笑んでナディラを見た。「でもそれで特別扱いはないわよ。現場で実力を証明してもらうから。」


私は深くうなずく。彼女たちが簡単には納得しないタイプなのはすでに分かっていた。「分かってる。がっかりさせたくない。」


「自分を追い詰めすぎないでね。」ナディラが優しく言った。「大変なのは皆同じ。協力して進めば、必ずうまくいく。」


リリィも言葉を重ねる。「迷ったり、不安になったら私たちを頼って。私たちはただのチームじゃない。仲間よ。」


その言葉に、私は少し驚いた。


重く感じた責任が、少しだけ温かさに変わった。


「ありがとう、二人とも。」私はそう言って、胸の奥にある緊張を押さえた。


リリィが立ち上がり、ドアへと歩く。「じゃあ、もう邪魔しない。準備してね、あと1時間で出発よ。」


ナディラも立ち上がり、出口で振り返る。「大丈夫。きっと乗り越えられる。恐怖に飲まれなければね。」


私は頷き、二人を見送った後、再び荷物へと目を向けた。


高鳴る鼓動と共に、任務の時が近づいていた。


***


短くも集中した準備を終え、私たちのチームはフォート・ハルモニアのメインハンガーに集結した。


私は待機室に入り、すでに装備を整えたメンバーたちの姿を確認する。


リリィ、ナディラ、クワメ、そしてエイタ。全員が先進機器を装着した防護服に身を包み、静かな緊張感が漂っていた。


「準備はいいか?」クワメが落ち着いた声で尋ねる。


「はい。」私は荷物を見やりながら答えた。


Gaiaコアの声が響く。「目的地への移動を5分後に開始。全装備の作動確認をお願いします。」


私は深呼吸し、胸の奥に溜まった緊張を吐き出した。


これは、ただの解剖スキルの試験ではない。


私の新たな人生の第一歩──世界の命運を左右するかもしれない任務の始まりだった。


重い足取りで、小型輸送機へと乗り込む。


全員が各自の席に着き、機内には静寂が支配する。


エンジンの低い轟音だけが、静かに心の奥を震わせていた。


だがその時、私は確信していた。


ここにいる全員が、ひとつの目的のために動いている──


この世界に潜む脅威を止めるために。

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