第3話: イカロス作戦、始動!
軍用輸送機が安定した高度を保ちながら南極の空を滑空する頃、窓の外には薄い氷霧がゆっくりと広がっていた。真っ白で冷たい世界が広がる一方、金属の腹の中にいる僕の胸は、妙に熱く感じていた。気温のせいじゃない。——あの夢が、また来たからだ。
* * *
夢の中。僕は中学校の裏庭にいた。五人の男子に囲まれて、まるで血の匂いを嗅ぎつけたサメのように、彼らは笑いながら僕を睨んでいた。誰かが僕を地面に突き飛ばした。
「検死オタクがまた妄想してんのか?ヒーローになりたいって?ハハハ!」
「GPSAに入れると思ってんの?たかが成績一位で?寝言は寝て言えよ、朝倉!」
当時の僕は、何も言い返せなかった。喉が乾いて、目が熱くなって、それでもGPSAの特集が載った雑誌をポケットに強く握りしめていた。
——夢だってわかってる。でも、なんでこんなに胸が痛いんだろう?
* * *
「おーい、起きろよ、天才くん。」
冷たい何かが頬に触れた。スプーン?それとも缶のフタか?目を開けた瞬間、僕はびくりと体を起こし、荒く息を吐いた。
「…白波……!」
目の前には白銀の髪をした青年——白波英汰が立っていた。兄貴をからかう弟みたいな満足げな顔で笑っている。
「安心しなって、朝倉。イビキかいてたから、もう十分寝たかな〜って思ってさ。」
「白波!」
鋭い声が飛んだ。数歩離れたところに立つのは——百合結月。両手を腰に当てて、鋭い視線でこちらを睨んでいる。
「今はふざけてる場合じゃないわ。」
普段は飄々としている白波も、このときばかりは子猫みたいにおとなしくなる。
「へいへい、キャプテン百合。わかったよ。あとで現地が寒すぎて恋しくなるなよ?」
白波は両手を上げて後ずさりしながらニヤリと笑った。
僕は結月を見る。その金髪は高くポニーテールに結ばれ、揺れるたびにどこかスローモーションのような錯覚を起こす。
「ありがとう、百合…」僕は小さな声で呟いた。
視線を再び窓の外に戻す。夢の残像か、彼女の視線の余韻か、心が少し揺れて——そして、僕の記憶は過去へと遡っていった。
* * *
去年の秋だった。高校三年生の前期、紅葉が校庭を染め始めた頃。
僕はクラスの隅っこでいつも一人、法医学のタブレットとノートに夢中になっていた。スポーツや恋愛、SNSが中心の高校生活の中で、僕は完全な透明人間だった。
そのとき——彼女が現れた。
百合結月。生徒会長、成績トップ、バレーボール部のエース、ディベートも強い。まるで少女漫画の主人公。誰もが彼女を見つめていた。
そんな彼女がある日、図書室で骸骨の解剖図を見ている僕の前に座った。
「あなた、朝倉くんでしょ?検死コンテストに出てた人。」
僕は返事ができなかった。罠かと思った。
「頭蓋骨を壊さずに切開する方法、教えてほしいんだけど。」
——その一言が、僕の世界を変えた。
* * *
「朝倉蓮。」
低く響く声に、我に返った。見上げると、そこにはGPSAのベテラン、クワメ・ンジョヴォが立っていた。手にはクリップボード。
「後部へ来い。確認したいことがある。」
緊張で背筋が伸びた。深呼吸一つ、心の準備をする。
金属の通路を進み、後部区画へ。そこには地図ホログラムと通信機器が並び、壁にはこう記されていた:
ICARUS作戦 —— 特別任務:凍結施設からの生物兵器確保
「座れ。」
命令に従って腰を下ろすと、ンジョヴォはじっと僕を見た。まるで手術前の医師のように、僕の可能性を見極めようとしている。
「GPSA内部では、お前がただの運のいい学生だと思ってる奴もいる。だが、俺は——実際の力を見たい。」
彼はタブレットを目の前に置いた。ホログラムに浮かぶのは、複雑な構造を持つウイルスの図。明らかに人工的に改造されたものだ。
「見ただけで、何がわかる?」
視線をスクリーンに集中する。RNAのパターン…非対称なループ…赤い点の配置…。
息を整え、口を開く。
「これはただのウイルスじゃありません。CRISPRのベース編集で操作されています。カットアンドペースト型じゃない。もし生物兵器なら——狙いは呼吸器じゃなく、視神経です。」
ンジョヴォの眉がわずかに動いた。
「続けろ。」
「最初の症状は咳や発熱じゃない。視覚障害——突然の失明です。殺すのが目的じゃない。兵士の戦意を、数分で奪うための兵器。」
静寂が広がる。そして——
「…ふむ。報告書に嘘はなかったようだな。」
ンジョヴォは立ち上がる。
「あと15分で到着する。覚悟しておけ、朝倉。お前の戦場は、機体の外にある。」
僕は静かに頷いた。
たとえ世界中に笑われても、夢は諦めなかった。その夢が、今、現実になる。
イカロス作戦が——始まる。
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