第15話 三四郎一家


 『お米さん。家で不便な事はねぇか?』

 橋山は洗濯物を抱えて出て来たお米へとそう声を掛けた。

 『あ!橋山様。おはようございます。不便なんてとんでもない!お琴と二人、快適に過ごさせて頂いております。』

 『お米さん。もうそんなに改まった言葉使いしねぇでくれよ。お隣さんなんだからよ。』

 橋山がそう言うもやはりどこか気が引けるのか、お米は困惑していた。

 『お隣さんって言うなら早く自分の家も作ったら良いじゃないですか。』

 するとお菊も洗濯物を持って出て来ると橋山にそう言って笑っている。

 『いや何かこう言うのは気が乗らないと中々手が付かなくてな。やり始めると早いんだけどよ。』

 橋山はそう言うと苦笑いをしていた。作ろう作ろうとは思っていても、行商やらもありそのまま保留になっていたのだ。


 そんな長閑な日常を過ごしていた昼下がりに、予期せぬ訪問者がやって来る。


 『おう、邪魔するぜ。』

 橋山達が畑仕事をしていると数人の男達が訪ねて来たのだ。

 『あれは…。』

 『お菊さん。何だ?知り合いか?』

 『この辺を縄張りにしてる三四郎一家ですよ。何の用だろう…。』

 どうやらお菊の話によるとこの辺りを仕切っているヤクザ者達らしい。

 男達は新築したログハウスなどを値踏みする様に見ながら何故かニヤついている。


 これは明らかに穏やかな展開ではねぇよな。


 橋山はそう察すると、向かおうとしたお菊の肩に手を置いて言った。

 『お菊さん。俺が話聞いてくるよ。』

 『え?大丈夫ですか?殺しちゃダメですよ?』

 

 おいおい。俺は殺人マシーンか何かか?


 そんなお菊の横を通ると、橋山は苦笑いしながら男達の元へと向かった。


 『何か用かい?』

 『あんたがここの旦那か?』

 橋山が要件を尋ねると、男達の中で一番立場が上らしい、派手な着流しを着て、日本刀を腰に差した長髪の男が歩み寄って来た。

 『親父さんは今仕事に行ってるから用があるなら俺が聞くが。どんな要件だい?』

 『お宅ら最近随分と儲けてるみてぇだな?だいぶ噂になってるが。冷凍魔法やらなんやら使うらしいじゃねぇか。』

 『まあそこそこ儲からせては貰っているかな。俺の魔法が役に立ってくれてるみたいでな。』

 『ほぉ?あんたがその魔法を使うって訳か。したら話は早ぇや。俺ら三四郎一家にも一枚噛ませてくれねぇか?』

 男はそう言うとニヤニヤしながら胸元からキセルを取り出し煙草を吸い始めた。


 まさに時代劇の悪役登場って感じだな。


 橋山はそう思うと何故か心が躍ってしまう。

 『一枚噛ませろとはどう言う事だ?ショバ代でも払えって事か?ここはお菊さんの所の土地だろ。ショバ代なんて発生しない筈だがな。』

 橋山が毅然とした態度でそう言うと、男は小指で耳を穿りながら舌打ちをしているのだ。

 見るとログハウスの入り口から、恐る恐るとお米とお琴が様子を伺っていた。

 橋山は常に他の男達の行動にも目を光らせており、既に体には身体強化魔法を行使している。

 『ショバ代なんて言ってねぇだろ?一口噛ませろって言ってんだよ。言ってる事分かるか?』

 『いいや?それだけではわからないな。具体的にどう言う事だ?』

 『俺らも人を出すからそのあんたの冷凍魔法で商売やらせてくれって事だ。分かるか?』

 『何でそんな事を受ける必要がある?今初めて会ったあんたらに言われて。』

 橋山がそう言うと男達の雰囲気が変わる。

 家を品定めしていた奴等がログハウスの入り口へと近付いて行ったのだ。

 橋山はそちらへ手を向けると、何の躊躇も無く氷魔法で氷塊を打ち込んだ。

 すると入り口に向かおうとしていた男達の足元に突き刺さったのだ。

 『うおッ!?』

 『なんだッ!?』

 男達はいきなり自分達の足元に突き刺さった氷塊にたじろぎ尻餅をついていた。


 『言っておくがそれ以上その家に近付いたら今度はまともに当てるからな?』

 橋山がそう言うともう一方の男達が、畑に居るお菊の元へと向かおうとした。

 すると橋山はまた手をそちらへと向けると、今度は土魔法で男達の足元へ弾丸の様な礫を何発も撃ち込んでいく。


 『あひゃぁッ!?』

 『なんだ!?なんだ!?』

 男達は足元をマシンガンで撃ち込まれた様に叫びながらその場で踊り狂っていた。

 『その人にそれ以上近付いたらそれが今度はお前らの身体に当たるからな?死んでも知らんぞ?』

 橋山がそう言うと男達はその場にへたり込んで泣き出していた。

 するとそれを傍観していた目の前の男が腰の日本刀へと手を掛けたのである。橋山はそれが抜き出される前に、男へ向けて衝撃波を放ったのであった。

 すると男は刀を抜く前に、くの字になったまま後ろへと吹き飛んでいきそのまま転がっていくと、ひっくり返ったまま動かなくなったのである。


 『大丈夫か?そっちが先に刀を抜こうとしたから、正当防衛だぞ?』

 橋山がそう言うと、男達がひっくり返って動かない親分らしき男を慌てて引き起こすと、そのまま一目散に逃げ帰って行ったのであった。


 『ちょっとやり過ぎたか?』

 『いいえ?あれくらいやらないと分からないでしょ。馬鹿達は。』

 『橋山のおじちゃん!今のは何?凄い魔法だったよ?』

 『もう大丈夫なんですか?』

 橋山とお菊が話していると、ログハウスからお琴とお米が出て来てそう言った。

 『取り敢えず大丈夫じゃない?あれだけやられてまた来たらそれこそ馬鹿でしょ。笑』

 『お琴ちゃん。あれはな?氷魔法と土魔法に風魔法だ。格好良かったろ?』

 『うん!凄く格好良かった!』

 お琴にそう囃し立てられた橋山は、満更でも無い顔をしてニヤけていたのであった。



 『なに?三四郎一家がそんな事を言って来やがったのか?』

 『ああ、要は俺達の商売に便乗して自分達も儲けさせろって事らしいな。どの面下げてそんな事を言ってんだかな。』

 お菊の父が帰って来ると、橋山は先程の出来事を説明していた。


 『派手な着流しに長髪の男ってぇと…多分若頭だな。あそこの親分はもう良い歳の爺さんだからよ。恐らく親分に無許可で小遣い稼ぎでも始めようとしたんだろう。三四郎の親分はそんな事にいちいち口出して来る様な男じゃねぇからな。』


 なるほどな。親分にしちゃあ歳が若いなとは思っていたが、そう言う事か。

 『で?また来ると思うかい?俺や親父さんが居る時なら良いが、女子供だけの時に来られると厄介だろ。』

 『ああ、その心配はいらねぇよ。三四郎の親分の所に話は直接出させて貰うからな。曲がりなりにもうちはここの地主だからな?勝手な真似されて黙っている訳にはいかねぇからよ。』

 『俺も一緒に行こうか?』

 『面白そうだから橋山さんも一緒に行ってみるかい?若頭がどんな反応をするのか楽しみだぃ。笑』



 翌日、早速橋山とお菊の父は、三四郎一家の元へと訪ねて行った。

 『ごめんよ。邪魔するぜ?』

 『三四郎の親分はいるかい?』

 橋山とお菊の父がそう言い入り口の戸を開けると。

 『ッ!?何しに来やがった!!』

 『ひッ!?ひぃぃッ!!』

 昨日来ていた男達が、蜂の巣を突いた様に大騒ぎを始める。

 すると奥の居間から白髪頭を綺麗に撫で付けた恰幅の良い男が顔を出して来た。

 『ああ、長五郎の旦那か。ちょうど良かったこれからそっち顔出しに行こうと思ってたとこだぃ。悪かったな?うちの若い衆が迷惑掛けた様で。』

 『ああ、話はこの橋山さんから聞いてるよ。どうせ若頭が勝手にやって来たんだろ?』

 『親分さん。若頭は大丈夫かい?刀抜かれちまったからちぃとお灸を据えちまったんだが。』

 橋山がそう言うと部屋の隅に逃げていた男達が震え上がっていた。親分はそれを見てカッカと笑っている。

 『ああ、あんたが噂の橋山さんかい。京助の野郎は腰を言わして寝込んでるよ。自業自得だ。構う事ぁねぇよ。悪かったな。迷惑を掛けちまって。女子供は大丈夫だったかい。』

 『お菊さん達は何も問題はねぇよ。ただお宅の若い衆達のやり方は誉められたものじゃなかったな。自分達の要件が通らないとなったら、女子供に手を出そうとするのは俺は絶対に許せないからな?』

 橋山はそう言うと震え上がる男達を睨み付けてやった。

 『いや、違いねぇな。橋山さんの言う通りだ。この通り。すまなかった。以後そんな真似は二度とさせねぇよ。』

 親分はそう言うと深々と橋山に対して頭を下げて見せたのである。その誠実な態度に橋山は感心していたのであった。

 無事に話の着いた橋山とお菊の父長五郎は、一家の元を後にする。


 『な?話の分かる親分だったろ?』

 『ああ、思っていた以上に出来た人だったな。まあ親分が出来た人でも下っ端があれでは先が思いやられるけどな?』

 『違いねぇな。これに懲りて若頭も少しは改心しするこったろ。』

 橋山が呆れてそう言うと、お菊の父も呆れて笑っていたのであった。






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