第16話 氷冷の馬鬼


 橋山とお菊が大店との取引きの為ネリタへと来ていると、街行く人々が瓦版を読みながら恐れ慄いていた。

 『何かあったんですかね?私達も買って来ましょうか!』

 お菊はそう言うと瓦版屋の元へと走って行った。

 現代と違い情報網が乏しいこの世界は、こうして号外新聞の様な瓦版や、人伝の噂話しで情報を得るしか方法が無い。非常に不便な物である。

 『橋山さん見て下さいよ!チルガの方で氷冷の馬鬼が出たって!』

 『チルガ?どの辺りだい?』

 『西の方ですね。フジンの大山の方ですよ。』

 どうやらお菊の話によると、元の世界の富士山のある駿河地方の事を言っている様である。

 『大勢の犠牲者が出たみたいですね…。何とか将軍様の軍隊により退治されたって書いてあります。大体出た時期が牛鬼と一緒ですね…。』

 『馬鬼って事は馬の顔をしてるって事だよな?』

 『はい、こんな感じの。』

 お菊はそう言うと瓦版を見せてくれる。そこには見事な馬鬼の絵が描かれていた。馬の頭に筋骨隆々な逆三角形の二足歩行に、大きな斬馬刀の様な大剣を持っている。

 『村どころか街までほぼ壊滅状態だったみたいですよ…。これはまた警戒が強まるかも知れませんね?馬鬼と揃いの牛鬼が行方知れずになってる訳ですから。』

 『こいつは牛鬼と揃いなのか?』

 『はい。炎熱の牛鬼と氷冷の馬鬼は揃いの悪鬼羅列として有名ですから。地獄の門を左右で守っていると言われています…。』

 『そんな大それた存在だったのか?あれが。』

 橋山がそう言うとお菊は苦笑いしながら頷いていた。


 確かにあのままあいつを暴れさせていたら、村どころか近くのネリタの街まで破壊しに来ていた事は間違い無いだろうな。それと同等の鬼を将軍様が軍隊使って退治したって事か。俺はもしかしてとんでもない奴を退治しちまってた感じか?


 橋山がそう思い至っていると、横でお菊がジト目をして見ていたのは言うまでも無い。


 『ね?だから言ったでしょ?牛鬼もそれ程に恐ろしい存在だったんですよ!それを橋山さんと来たらまるで葉虫を殺したみたいにあっさりと。』

 『そんな事を言われてもなぁ。多分運が良かっただけだろ。ちょうど動かないタイミングがあったからな?』

 『それでも一撃で倒す人がありますか?』

 橋山はお菊にそう言われてしまうと返す言葉も無かった。


 『しかしよお菊さん、そんな奴等が急に出て来てるって言うのは気になるよな。今までそんな話は聞いた事なかったんだろ?』

 『ええ、名前のある鬼が出たなんて話は私が物心ついた時から聞いた覚えはありませんよ。普通の鬼が出たって言うのはたまに聞く話ではありましたけどね?』

 『名前が付いてる様な鬼はそれ程に危険って事なのか…。何か嫌な予感がするな。』

 橋山が顎を摩りながらそう言うと、お菊も顔を強張らせながら頷いていた。


 もしかして俺はその為に異世界に飛ばされた可能性があるのか?俺に鬼退治をしろってか?神様よぉ。


 橋山は自分がこの世界へ来た事と同期する様に起こり出したその変化に、妙な胸騒ぎを覚えていたのであった。



 ◇◇◇◇



 『名前の着いた鬼か。私らがまだ若い頃の話だな前に聞いたのは。その時も確か牛鬼と馬鬼が揃いで出て来ていたな。あちこちでかなりの被害が出ていたよ。』

 『危険なのは名前の付いた鬼だけなのか?』

 橋山は馬鬼の話を聞いた夜、酒を酌み交わしながらお菊の父親に聞いていた。


 『いいや?他にも危険な妖怪は沢山いるさ。鬼だけが危険って訳ではないぞ?ただな、名前の着いた鬼だけはやはり別格ではあるんだ。その二つ名と共に個別に名前を付けられる程に、人的被害をもたらしたと言う事だからな。』


 なるほどな、炎熱やら氷冷やら二つ名付きがやばいって事か。まあセオリー通りの話ではあるな。


 『まあこの辺りには元々危険な妖怪自体が余り出てないからな。身近に感じないかも知れないが、他の地方では人が住めなくなる程に酷い場所も有るからな?妖怪をなめちゃあいけねぇって事だよ。それこそ昔話の悪鬼みたいな奴がいきなり現れる可能性は充分に有り得る訳だ。』

 『確かにそうだよな。現にこの地域には悪鬼って伝説級の鬼が出てる訳だからな。』

 橋山がしみじみとそう言うとお菊の父も酒を呑みながら頷いていたのであった。




 『橋山さん?何してるんですか?』

 『あ、お菊さんちょうど良いや、手伝ってくれ。』

 橋山が家の周辺の木々に護符を貼っていると、お菊が怪訝な顔をして見ていた。

 『それネリタ山の護符ですか?』

 『ああ、お琴ちゃんが外で遊ぶのに妖怪が出たら危ねぇからな。この辺りまで貼っておけば大丈夫だろ?』

 『ああ!それで護符を貼り歩いてるんですか?本当、お琴ちゃんに優しいんだから。ふふふ』

 お菊はそう言うと橋山から護符を受け取り木々に貼り付けるのを手伝ってくれたのである。

 『まあこの辺りは出ても小鬼くらいですからね。そこまで危険はありませんけど、お琴ちゃんくらいの歳ではまだ怖いですもんね。』

 『だろ?いくら弱い鬼とは言え、子供相手には危険な場合があるからな?用心しておくに越した事はねぇよ。本当ならでかい結界でも張れたら良いんだけどな。目立っちまうだろ?』

 『橋山さん、あの結界は流石にダメですよ?あんなのこの辺に張ってたら、そこら中で噂になっちゃいますからね?お役人が飛んで来ますよ。』

 『だよな?笑』


 橋山は実際に結界を試しては見たのだが、どうしても派手に視認出来てしまう為に却下したのであった。

 橋山とお菊が護符を貼り終えて戻ると、お琴が橋山の作った風車を回しながら走り回っていたのである。その様子を見て、二人は頷き合っていたのであった。



 


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